52話 『3歩進んで』
===1日後 [メフィル城] 医務室===
「メルオンさん!!!」
医務室の扉を叩き割るかの如く、数十メートル先からでも聞こえそうなほど大きな音を立てて開く。
あの後ネーア、メリィ、アレル、兵士の4人は大国によって手配された船に乗った。
そして大国のあるグレードライア大陸へ着くと、即座にアレルの魔法で王都へと飛び、そこで彼とは一旦別れ今に至る。
先にルーダス王に会った方が良かったのだろうが、そこは兵士が気を効かせてくれた。本来そのような権限は無いのだが、まああの王様のことだから大丈夫だろうということでネーアはその言葉に甘えることにした。
「……嬢ちゃんか、戻ったんだな。すまねえ、みっともねえ所をみせちまった」
ベッドに横たわるメルオンが力なくそう言う。
彼は顔、そして上裸の上に包帯をぐるぐる巻きにされており、その声も相まって傷を見ずともその痛ましさが伝わってくるようだった。
ネーアはその姿を見ていてもたってもいられず、すぐさま駆け寄って掛け布団から出ている片手を握る。
「そんなことないですよ!それより大丈夫なんですか……!?」
昨日まで自分だって相当な目に会っていたにもかかわらず、ただひたすらに目の前の大男に心配の目を向ける。
「ああ、体の方はしばらく大人しくしてりゃ問題ないそうだ。ま、派手に斬られたから傷は残っちまうけどな……嬢ちゃんは無事エルクシルを手に入れられたのか?」
「え、あ……はい!この通り五体満足、無事に帰ってきましたよ!」
本当は色々あったし話さなければならないこともあるのだが、今は余計な心配をかけまいとして笑顔で誤魔化して見せる。
これにメルオンは表情を緩めて「そうか」と短く返すと、ベッドわきのイスに腰掛けたネーアから見て正面――備え付けの窓へと顔を向ける。
「君のことだ。このことを聞きつけて真っ先にここへ来たんじゃないのかい?陛下は寛大なお方だが、それではオレも申し訳が立たんのでな……先に行ってきてくれないか。少し考え事もしたい」
「あ……はい、すみません。じゃあせめて、これ持っててください!」
ネーアはそう言って腰から短剣を外し、メルオンへ手渡す。
その大男の手に剣が渡った瞬間、取り付けられた宝石が淡く光を放ち、メルオンの体を癒し始めた。
「これは……!!――シンノの野郎、確かに護身用つって注文したが、イキなことすんじゃねえか。ありがとう、ありがたく預からせてもらうよ」
どうやら護身用というところまでは注文したものの、その詳細なところまではその剣を造った本人――シンノに任せていたらしい。
そんな驚きと嬉し気な表情を見せるメルオンにネーアはホッと一息つくと、イスから立ち上がって一言だけ残す。
「じゃあ、行ってきますね。くれぐれもお大事に」
「ああ」
メルオンは、今できるだけの笑顔でネーアを送り出した。
もちろん変な心配をかけないためなのだが、ネーアもメルオンに心配をかけまいと接していたのがわかったからだ。
詳しいことはまた後で聞けばいい、きっとネーアもそれを望んでいる。
今はその時ではないということだ……メルオンは自分にそう言い聞かせながら、ただただ窓越しに見える澄み切った青い空を見上げ、小さく口を開いた。
「グルッド……お前は」
その方向――〝元〟大国騎士団長グルッド・プランソンが住む家のある方角を、ただひたすらに眺めながら。
===[メフィル城] 王座の間===
「急がせてすまないね」
「いえ、滅相もないです!こちらこそ、私情を優先させてしまって……申し訳ないです」
王座の前、ネーアは跪きながらルーダスの後に続く。
ルーダスは側に構えている数人の家臣を外に出させると、ネーアに顔を上げさせて口を開いた。
「気にしないでくれ、家族なら当たり前のことさ。……それはそれとしてネーア殿、どうしてわたしが君をここに連れて来たかわかるかい?」
「い、いえ……」
言われてみれば、メルオンが瀕死というだけでわざわざ王直々に連れ戻されるものか。
彼の安否が心配でそんなことは気にも留めていなかった。
ルーダスは王座から降りネーアの元にしゃがみ込むと、懐から一つのぼろ地図を取り出し、それを広げて見せる。
その使い古されたような地図上には赤い丸が3つ、そして黒い丸が2つ記されていた。
「早い話。主な理由はネーア殿、君の保護のためだ。この地図を見てほしい。実は君らがこのメフィルを去った後、魔王達とも協力して残りの世界の果てを探させていたんだ。聞くところによるとあと3つだったね」
「そ、そんなことが……!なんだか尚更申し訳ないですね。ははは…」
「何、これはわたしたちが勝手にやったことだよ。気にしないで欲しい……しかし正直、我々も拍子抜けするほどあっさり3つ見つかってしまってね、何かしら敵対国なんかに仕組まれている可能性も鑑みて、安全が確認されてから君には紹介するよ。……して」
ルーダスはその表情を強張らせ、黒丸を指さしながら口を開く。
「つい先日……全然違う場所にもう2つ見つかったんだ。これはアルフェトラに兵を向かわせた直後の報告だった。そしてレルレの行動がより活発化したのもこの1、2週間程度のこと。メルオン殿の話によれば、何故だかわからないがレルレは君のことを狙っているようなんだ。君の保身のためにも、この新しく現れた2つの世界の果て……これについて何か知っていることがあったら、訪ねたい」
「はい……その」
ネーアはルーダス達の手際のよさに驚きと感心をひしひしと感じ取りながら、自身がアルフェトラで経験したことがらを管理者、世界樹のことを中心に話す。
そしてあらかた話を終えると、ルーダスは頭の中を整理するように腕を組み、しばらくの間目を閉じて考えた。
「つまり、この新しく表れた世界の果ては言ってしまえば〝延長戦〟ということでいいんだね。決して新しい願いが増えたとか、他に誰かがこの世界に召喚されたというわけではないと」
「は、はい……。後者についてはボクでは何とも言えませんけど、願いはそのまま……のハズです」
「ふむ……」
世界の果ては現状、ネーアかメリィがくぐらなければ消えることはない。メリィに関しては、もともとこの世界の住人であるが故、世界の果てに入って効果があるのかまだ未確定だ。
他にも不確定要素を抱えたまま、そんな中で2つも増えたのだ。
あと5回、5つの世界の果てを消すために、ネーアがどれだけ苦労することになってしまうのか。それを考えそうになるだけでも、ルーダスは多大な罪悪感を抱かずにはいられなかった。
冥界の霧の開発はまだ始まったばかり。時間が有限である以上、これの完成を待ってくれともいえない。
「気になることはある、が……今の段階では、まだ動けないか……」
「へ、陛下?」
「いや、こっちの話だ。貴重な情報、感謝するよ」
今は彼女をレルレの手から守ることが最優先、そして必ず捕まえて聞き出さねばならない。
レルレはネーアと、そして世界の果てに関する何かを知っている。
ルーダスは強張った表情からネガティブな思考を取っ払い、改めてネーアにそのまなざしを向けた。
「ネーア殿、もうひとつだけ……急な質問だがいいかい?」
「あ、はい。何でしょうか……」
一体何を言うつもりなのかと、ネーアは少し覚悟をし、肩に力を入れる。
その緊張した姿をみたルーダスはまた少しばかり申し訳ないという気持ちになりながら、できるだけ力を抜くようにして言った。
「君は〝温泉〟というモノは好きかい?」
つづく
突然になりますが次回あたりで3章が終わり、「間章」を挟み、そのまま4章へと続く形になります。
間章はそこまで長くならないつもりではいますが、少し会話が多めになる(ハズ)ので描写に注意してるうちに長くなったりするかもしれません。
しかしこの作品、自分で書いてて各章の締め方がすごく難しい……。
1章も2章も結構無理やり締めちゃって、3章こそはと思っていたけど今回も……毎回プロットから脱線してるせいもあるんですが、次章へのネタを入れているうちになんかこうモヤモヤしちゃってる感じがするんですよね。4章こそは……(フラグ)




