51話 『暇を持て余した観察者の遊び』★
グルッドの心臓部に当てられたレルレの右手がかすかに魔力の光お帯び始める。
全魔力を使い果たし立っているのもやっとなグルッドは、その絶望と自身への怒りに満ちた顔をつまらなさそうなレルレに向け、溢れるばかりの涙を流しながら口を開く。
「スマン……皆、オレが無力なばっかりに……!!スマン……!!メルオン、どうか、どうかコイツを……!!!」
「……最期までつまらない男だな、君は。」
レルレは冷たい目をグルッドに向けてそう言い捨てると、彼の胸から手をひいた。
目を見開いて膝をついたグルッドが、訳も分からずその絶望の眼差しで彼女を見上げる。
「君をこの世界から排除するのは造作もない。でもね、今君を殺してもあの方の手を煩わせるだけ、労力の無駄というものさ」
「き……貴様、何を……――」
自身への怒りも忘れ、ただただ深い絶望に染めた顔でレルレの腕をつかむグルッド。
それはまるで駄々をこねる子供のようにみじめで、戦意の一切合切を失ったその目はまるで奴隷のように死んだ目をしていた。
「生き恥を……オレに、生き恥を晒せと言うのか……!!!いやだ……やめてくれ!!せめて、せめて今殺してくれ!!オレは、オレは……ああ…ア……!!」
レルレは黙ってしがみついてくるその腕を払い、体勢の崩れたところを更に蹴り捨てる。
そのまま倒れて放心状態になってしまったグルッドの腰から愛剣の鞘を取り上げ、一度左手に持ったままの剣を鞘に納めると、レルレは再び駐屯地のある方へ目を向けた。
そして鞘に入ったままの剣に魔力を込め、まるで試し斬りでもするかのように駐屯地にめがけてその剣先を向ける。
ある程度――そのテント群まで届くであろう魔力が溜まるのを感じ取ると、フリスビーを投げる要領で剣を引き――――勢いよく空を斬……
ガキィン!!!
「……おやおや」
魔力の刃を飛ばすはずだった剣は振り切る前にそれ――メルオンの大剣に阻まれた。
決死の表情でその剣を受け止めるメルオンは、額に汗を流しながら言葉と腕にに力を乗せる。
「重てぇなチクショウ……!!――オラァ!!」
その掛け声とともにレルレが振るった剣を弾き返す。
弾かれたグルッドの剣が大きく宙を舞い、5m程離れた場所に真っ直ぐに突き刺さる。
同時にメルオンは再び地に膝をつき、貫かれた腹部を手で押さえるが、そこからは包帯越しにだらだらと血が漏れ続けていた。
対するレルレは弾かれた剣には見向きもせず、ただただ意外という顔でメルオンを見つめていた。
「……へぇ、君はいいね」
「ゼェ……ハァ…そいつはどうも……!」
先程防いだ1撃。
あれでも相当の体力を持っていかれてしまった。正直もう立つ力も残っているかわからない。
下手に気を抜いたらすぐに意識を持っていかれかねないという状態の中、相変わらずけろりとしているレルレが膝をついているメルオンに合わせるかのようにしゃがみこむ。
そして彼の肩にそっと手を置き、先程までの冷たい表情が嘘のように優しくなる。
「〝アレ〟と違って今亡くすには惜しい。君、名前は?」
「……メルオンだ」
「そうか。じゃあメルオン君、一つ取引しないかい?これに応じるなら、君のその傷を治してあげよう」
優しい顔を笑顔に変えて、レルレがそう言う。
メルオンは意識を保つので精一杯な頭でなんとかその意味を理解しようとする。
「取引……だと?」
「何、君ならたやすいことさ。あのコ……ネーアちゃんを僕の元へ連れてきてくれないかな」
「!!??」
こいつは今なんと言った?
ネーア……嬢ちゃんをこいつの元へ連れてこいと言ったのか?一体何のために!?
思いもしない要求に、ただでさえ限界の頭が余計に付いていかない。
しかし今それを考えても仕方がない―――なぜならそんな質問、答えは一つしかないからだ。
「そんな事……呑むワケ、ないだろう……!」
そんな要求に応じるくらいなら死んだほうがマシだ。
家族を敵に売るなど、男として、一人の人間として絶対にあってはならないのだから。
文字通り死を覚悟して喉から振り絞った言葉。
しかしレルレは再びメルオンが思いもしない行動をとる。
メルオンの言葉に不満を示すどころか、笑顔のまま彼の頭を「よしよし」と撫でたのだ。
今の姿勢を保つのもやっとでそれを拒むことすらできないまま、メルオンは何を考えているのかわからない魔人の顔をじっと見る。
「うんうん、それでいい。もしも今のを呑んでたら、僕は君を失望するところだったよ」
「何、言ってやがる……」
「文字通りだよ、僕はあのコに興味がある。でも君がこの状況で、保身のためにお仲間を売るような畜生だったら嫌だなーって思っただけさ。」
どこまで本当でどこまで嘘なのか。
うすら不気味な笑顔を絶やすことなくレルレはそう言った。
視線をメルオンから先程弾かれた剣の方へ向け、そのまま数歩歩いてそれを拾い上げる。
レルレはその剣を鞘から抜くと、まるで付き合いの良い友人に冗談半分でハサミを突き立てるかの如く、メルオンの鼻先に突き立てた。
「ゴメンね、殺しはしないよ。でもこのままじゃ君たち、回復したらまた追ってくるだろう?鬼ごっこをするのは嫌いじゃないけれど、今は僕にとっても都合が悪くってね」
「――――ッ!!?」
レルレはちらりと近場の岩陰に目を向けた後、鼻先に向けている剣先を少しだけ右上に寄せる。
そして「ザン」「ザン」と、斜めに一振り、それを返すようにまた斜めに斬り上げ、血塗られた片手直剣からぽたぽたと滴る血が彼女の頬を染める。
「が……は……ッ……」
血反吐と共に、ここまで必死に留めていた意識が一気に遠ざかり、メルオンはその場に倒れた。
レルレはそれを見届けると最後に一振り、血を飛ばすように空を斬る。
そうして懐から布を取り出して残りの血を拭い、剣を鞘に納め、腰の空いているホルダーに収める。
「そこの君、心配せずとも殺しはしないからこの人を運んでおやり」
レルレは顔を退屈そうに戻し、先ほどちらりと目を向けた岩陰に向かって言う。
しかしそこから誰かが出てくることはなく、小さな物音を立てた後はだんまりであった。
「……わかったわかった、僕はもう行くよ。せっかく生かしてあげたんだ、このまま追ってきてもいいけど、どちらの方が利口かよく考えて行動してね」
やれやれとそれだけ言い残し、レルレはその場を立ち去る。
それからしばらくしてその姿が見えなくなったころ、そそくさと岩陰から姿を現した兵士は、メルオンを担ぎ、放心状態のグルッドをなんとか立たせて支えながら、応急処置のために道具がある駐屯地のテントへと足を運んだ。
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「処置を済ませた私は、ひとまず城へ報告を兼ねてお2人を運び込みました。それから間もなく貴女を城へお連れするようにと拝命され、ここに参った次第です」
一連の流れを説明し終えた兵士の顔には、無念と後悔……そして、情けない自身への怒りがあらわになっていた。
室内が重苦しい空気に包まれる中、ネーアは即決とばかりにその場で立ち上がる。
そして腰掛けた膝の上で破裂しそうなほどに握りしめられた兵士の拳に、そっと自身の華奢な手のひらをかぶせた。
「わかりました。ごめんなさい、こんなこと話させてしまって……急ぎましょう」
「いえ、そんな……」
ネーアのその言葉にこたえるように、兵士は体の力を落とす。
兵士が立ち上がるのを少しばかり支え、ネーアはその目をアレルへ向けて頭を縦に振った。
「アレル。ごめん、お願いしていいかな」
「……ケッ」
「アレル、また顔赤くなってるよさ」
「ッるせぇクソ団子」
メリィとアレルの兄弟漫才にも似た何かに、少しばかり緊張していた表情筋が緩む。
なんだかんだ言いながらアレルも立ち、次にリリーの方へと顔を向けると、少し気まずそうに口を開く。
「えっと、リリー……ゴメン、色々と」
「いいのですよ。その代り、また近いうちに顔を出してください。まだまだお話したいですから」
「あ、あはははは……」
兵士1人いるだけでここまできっちりするものか。
苦笑いをしながらもその言葉を重く受け止め、許しをくれたことに感謝する。
そして3拍ほど目を閉じ、これから自身の前に広がっていくであろう光景に覚悟を決める。
力を込めて再び目をひらいたネーアは、改めて兵士、アレル、メリィの3人に顔を向け、頭をうなずかせる。
最後に一礼リリーにしたあと、手を振り返してくるリリーに再度笑顔で返し、「よし」とその部屋の扉へと足を向けた。
「行こう」
個人的にも気になることがある。
なぜレルレが自分に興味を抱くのか、そしてもう一つ……あの時、管理者に言われた言葉。
どうにもそのことはロクでもないことで繋がっている気がしてならなかった。
女の勘はよく当たると言うらしいが、一応中身が男である自分には効果はないと信じたい。
そんなことを祈りながら、ネーアは前に進む。
つづく




