50話 『招かれざる訪問者』
「メルオンさんが……重傷って、一体どういうことですか!?」
静寂を破り、ネーアが声を荒げる。
改めてよく見てみるとやってきた兵士もあちこちに包帯を巻いており、ここまでくるのもやっとというような様子であった。
「申し訳ありませんが詳しくは移動しながらお話します!さあ急いで!!」
兵士がネーアの腕をつかみ、引っ張りながらに言う。
ネーアが困惑の表情を隠せずに兵士の顔を見る。
するとアレルがネーアを引っ張っている兵士の腕を掴み、彼を睨みつけて口を開いた。
「待てヨ‥‥‥テメェがホンモンの兵士なのは匂いでわかる。移動だったら途中……あっちの大陸つけばオレの魔法でショトカしてやるからヨ、最低限何があったかくれぇ言えや」
「アレル……」
ネーアが不安と感謝を一緒くたにした顔でアレルを見ると、アレルは「フン」と目をそらして兵士の腕を放した。
結構強めに握っていたのか、兵士は少しばかり痛そうなそぶりを見せてから頭を下げ、説明せんとする。
「で、ではお言葉に甘えまして……事は3日前、我々大国騎士団が『レルレ』の手掛かりを調査していた最中のことです。訳あって団長がメルオン殿をお呼びしたのですが―――」
===3日前 [グレン荒野] 大国騎士団駐屯地===
※42話から続き
「これは私の私念だ。アザ持ちの末端である我々がヤツに叶うかは分からん。だから無理にとは言わない……が、もし力を貸してくれるというのならば、この手を取ってくれ」
グルッドは拳を固く握りしめ、仲間たちの亡骸を哀れむ。
そしてメルオンに手を差し出し、力強くそう言った。
これにメルオンは言葉を返すことなく、数秒間じっとグルッドの顔を見つめる。
そして彼の差し出す右手へと自身の手を動かし―――
――パチン!。
「―――!!」
大きな音を立て、メルオンは差し出してきたその手をはたいた。
グルッドは顔を俯かせると、少し残念というような、しかし仕方ないと重く受け止めるような表情をして、後にはたかれた手を見ながら口を開いた。
「そうか、無理言ってすまない。ありが―――」
「そうじゃねえだろ」
「――!」
メルオンは腰に装備したポーチから手鏡を取り出しグルッドに顔が映るようにして見せる。
グルッドがそれを見ると、メルオンはどこか寂しそうに言う。
「お前、今自分がどんな顔してたかなんて鏡見てもわかんねえだろ……?その顔はよ、これから死にに行く兵士の顔だ。お前が覚悟を決めてるんなら止めはしねぇ。だけどな、お前のそれは覚悟じゃねえ、ただの怒りだ。そんな感情に振り回された状態で何ができるってんだ?わざわざ敵さんにその剣渡しに行こうとしてるような奴を止めねえわけにはいかねえだろ」
「し……しかし!」
「協力はする。しかし焦るな、今はまだその時じゃねえ。手掛かりさえつかめればそれでいいんだ。死に急ぐようなことするんじゃねえって言ってるんだよ。今のお前はこの国の騎士団長だぞ。オレとコンビ組んでた頃とはわけが違うだろう、お前の命がお前だけの物じゃないってこと、ちゃんと頭に置いとけ。」
手鏡をしまい、グルッドの片手剣が収まっている鞘に触れて言った。
メルオンはじっとグルッドの目に真剣な眼差しを送り続けると、グルッドはため息とともに肩の力を落とす。
「やはり敵わないな、お前には……。すまなかった、確かに頭に血が登っていたようだ。そろそろ定期報告の時間だろう、メルオン。お前にも来てほし―――痛!?」
「感心しないな……せっかく僕にお力添えしてくれようとしてたのに止めちゃうなんて」
「……がはっ!!」
「―――ッ!!!?」
メルオンの口から血が吐き出される。
グルッドは痛みを感じる腹部に目を向けてみると、そこにはメルオンの体を貫通し、自分の腹にも深々と突き刺さった一振りの刀があった。
『霊刀 草薙之叢雲』。かつてアザ持ちの一人が肌身離さず持ち歩いていた神器である。
「ふむ。しかしゴツイ男2人を串刺しにしても面白くないね。」
声の主はそう言って2人から勢いよく刀を引き抜く。
メルオンとグルッドは声にならない悲鳴、そして血反吐と共にその場に膝をつき、メルオンの陰に隠れていた優しい目をした女性の姿が露わになった。
「き……貴様は……レルレ!」
「おやおや、また懐かしい名前で呼んでくれるね。王剣のグルッド君」
「……ヤツがレルレ……気配も……何も感じなかったぞ……!」
グルッドに続いて、メルオンが傷口を手で押さえて言う。
レルレの右手に握られた刀、そして腰に下げた細剣を見たグルッドは、自身の剣の柄を握りしめ、今にもプッツンとして飛び出していきそうであった。
「やめろグルッドッ……!!」
「ッ……わかってる……!!!!」
どうにか理性を保ち柄を握る手を震わせているグルッドのところに、レルレがそっと歩み寄ってくる。
そして握っていた左手を彼の目の前に差し出し、開いて見せた。
わざわざ煽るように見せた手の中にあったもの……それは人間の右耳だった。
それを見たグルッドは、そこで初めて自分の右頬から大量に血が流れていることに気が付く。
咄嗟についさっきまで耳があったその場所を、「ぐじゅ」と生生しい音を立てながらおさえる。
するとレルレはにっこりと微笑みながらその耳をあらぬ方向――駐屯地のテントが張り巡らされている方へ放り投げた。
そしてそれが落ちた先―――グルッドが向けた視線の先には、血で染まった駐屯地の姿があった。
見る限りの兵士は一人残らず殺されており、全員の耳から出た血によって荒野が真っ赤に染め上げられている。
「……き……貴様あああああああああああああああああ!!!!」
案の定、激高したグルッドが我慢しきれずに勢いよく剣を抜く。
ステップを踏み軽々とこれを避けたレルレは、近くに膝をついているメルオンのことなど気に留めることもなく、怒りに任せて振り回される剣を避けながら、後ろへ後ろへとグルッドを誘導していった。
「グルッド!!…がふっ!」
メルオンがグルッドを止めるべく声を出そうとするが、大声を上げるほど余力がない。
せめて死なないでくれと祈りながら、傷口に携帯していた包帯を巻き、グルッドとレルレが向かった方向へと足を運んだ。
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「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ふぁーあ……軽いな、そろそろ飽きてきたや」
アドレナリンが大量に分泌され痛みも忘れて大暴れするグルッドの剣を、レルレはあくび混じりにひょひょいと避けていく。
わざと後ろが壁になるところに移動し、怒りに任せてひたすら剣をふるっているグルッドが大技を仕掛けてくるように誘導する。
「しめた!!喰らえええええあああッッ!!!!」
グルッドはまんまとその誘いに乗り、体中の魔力を籠めた一撃をレルレのいる岩壁めがけて放つ。
魔力の刃が分厚い岩壁を斬り刻み、大きな音を立てて崩れ落ちていき、そうしてもくもくと生じた砂煙が辺り一帯を包み込む。
砂煙が落ち着いてようやくグルッドの姿かたちが確認できるようになったころ、その表情は怒りから絶望へと変化していた。
軽々と片手でグルッドが振るった剣を支えているレルレが、また「ふぁー」と軽いあくびをしてから口を開いた。
「キミは本当につまらない……それでもアザ持ちかい?話にならないな」
「ッッ――――!!!」
憎くて憎くてたまらない。
力いっぱい押し込もうとしているのに、己の握っている剣がピクリとも動かないのだ。
こんな女型魔人風情に、部下や同胞の仇に全く歯が立たない。
絶望に満ちたその表情には、己の弱さに対する怒りも含まれていた。
「もういい、君はこの世に不要だ。」
レルレは短くそう言うと、開いている右手をグルッドの胸元に添えた。
つづく




