5話 『初めての人里 その3』★
―前回までのあらすじ―
ネーアの胸の中は聖女様のような包容感
ミネルバの町は大国といくつかの小国の国境に位置し、貿易町として盛んな町である。
「うう……なんかスース―する………恥ずかしいし」
初めての場所で。
仕方ないにしろ女装をさせられて。
しかもよりにもよってスカートって……割と気が気ではない。
「でー、寝てるときの話をするんだったな」
しかしそんなネーアの思いなど何も知らないメルオンは、歩きながらネーアに話しかける。
「今回の仕事帰りのことだ。この町のすぐ近くにある平原に、メリィと君が倒れてたのを見つけてな。その時は他にも一人仲間がいたんだが、オレが家に連れて介抱してたんだ。嬢ちゃん、5日も寝てたんだぞ」
「5日!?そんなに経ってたんですか!?……それはメリィもこうなりますね……」
メリィが泣き喚いていた真意を知って羞恥心そっちのけで驚くネーア。
寝ていたといえば、一つ気にになることがあったのでメルオンに聞いてみる。
「メルオンさん、ボク裸で倒れてたって言ってましたよね。こっちに来て、気を失うまでは確かに服を着てたはずなんですが……。何かご存じないですか?」
「ぬ、そうなのか?オレが見つけたときは言った通りだ。心当たりというわけではないが、何かあったのは間違いないのだろうな。例えば……」
メルオンはネーアの頭に乗っているソレを見る。
「スライムの体はなんでも溶かすと聞く。本当に無害なのか?そのスライムは」
ネーアはそれを聞くと「あぁ……」と顔を引きつらせながら納得する。
つまりは力を暴走させていたスマに吸収された時に服が全部溶かされたらしい。
スマが小さくなるのがもう少し遅かったら完全に消化されてしまっていたかもしれなかったのかと思うとゾッとする。
「多分、大丈夫だと思いますけど……何かあったら責任はとります………大丈夫、だよな?」
『ニャ~、なんだか不思議なとこだニャ~。見てて飽きないのニャ~♪』
肝心のスマさんは町の景色にご執心だ。
よほどのことがない限り大丈夫だと思いたいが。ああ、少し心配になってくる。
―と、そうこうしているうちに一つ目の目的地に着いたようで、メルオンは少し先を走ってその《店主》と何やら話している。
しばらくすると、メルオンがネーアの方を向いてOKサインをしたので急いで駆け寄った。
「さ、本題の町案内だ。最初はここ、武器屋[ひのき]。こいつは店主にしてオレの親友のシンノだ」
「オス!噂は聞いてるよー。絶世の美女が裸で倒れてたってな!紹介に上がった通り、ワイは武器屋やってるシンノ!よろしく!!あ!こいつとは幼馴染な!」
シンノはニッコニッコながらメルオンの背中をバシバシと叩いて自己紹介する。
武器を扱ってるだけあってそれなりに力が強いのか、叩かれてるメルオンは次第によろけ始める。
「あははは…ネーアです。よろしく……」
(こういうテンション高い人、ちょっと苦手だなあ)
「ゲホッゲホッ……ったく怪力め。なあシンノ、例のブツはできてるか?」
「ん?ああ!アレな、バッチリだぜ!!ちょっと待ってろ」
そう言うと、シンノは奥に入ってなにやらゴソゴソとしている。
しばらくして2本の武器を手に戻ってくると、メルオンとネーアに1本ずつ手渡した。
メルオンに大剣、ネーアに短剣を渡したシンノは自慢げに武器の紹介を始める。
「メルオンのはいつも通り!パワー特化で前回よりも切れ味マシマシだぜ。そんでもってお嬢さんのはちっと特別製だ!ま、使ってみれば分かるよ~!」
「使ってみればって……ええ…というか、どうしてボクの分まで?」
ネーアはシンノを不思議そうに見つめると、シンノはメルオンの背中を叩いて答える。
「メルオンの奢りだってよ!オーダーメイドしてくれって言われちゃってさあー!!すっかりお嬢さんにご執心だよコイツー!ヒューヒュー」
「ヒューヒュー!」
ニヤニヤしながらメリィも続く。
「痛いッ!おい!やめろっつの!!!……まあ、概ね言う通りなんだがな。これからどうするかは知らんが、護身用には何か持っておかないといかんだろう。コイツの腕は確かだ、貰っておくといい」
「あ、ありがとうございます……その、本当に」
一言お礼を言って懐に短剣をしまう。
メルオンとシンノ、メリィは拳をぶつけ合って挨拶をすると、メルオンはネーアの方を向きかえって「さて」と気持ちを切り替える。
「次の案内前に少し寄り道したいんだが、いいか?」
「あ、はい。全然かまいませんけど」
「よかった。こっちだ、ついてきてくれ」
そう言うと、メルオンは大通りをまっすぐ、そこそこ大きな神殿が見える北の方へ進んでいった。
===[ミネルバの町]神殿===
神殿は町の中心、4つの大通りが集束する様な位置に建てられている。
中へ入っていくと、何やらザワついているようだった。
「すっげー……!」
が、そんなことよりもヨーロッパらしいデザインの神殿に心底感動するネーア。
景色を堪能しながらメルオンの後をついていくと、なにやら女性を象った像の元にたどり着く。
そこにいた神官らしき人物とメルオンが話しをしていると、しばらくして振り返ってネーアを呼んだ。
「ど、どうかしたんですか?」
「ああすまない、ちょっと聞きたいことがあってな。神官殿、彼女に見せてやっても大丈夫ですかな」
神官はネーアを怪しそうに睨みつけると、頷いて像の裏へ回る。
「……こっちじゃ、ついてきなさい」
神官の後をついていくと、そこには隠し階段があった。
思わず「おぉ・・」と声を漏らすネーアに対して、メルオンとメリィはかなり険しい表情で階段を下りて行く。
あわててネーアもついていくと、階段を下りた先には厳重に封鎖されている扉が。
「さておぬし……ネーアと言ったか。おぬしにはちとこの先にあるモンを見てもらう。事と次第によっては……いや、見せた方が早かろう」
そう言うと、神官は鍵を開けて中へ案内する。
そこは円形の小さな部屋になっており、まさにRPGに出てきそうな聖地といった場所だった。
そして、その中心には何やら怪しげな黒い渦が一つ。
「ネーア、君はこれに見覚えはないか」
メルオンは真剣な眼差しでそう質問する。
無論、この世界に来てから今までそんな怪しいものを目にする機会などなかったので、ネーアは横に首を振った。
「いえ、全然…」
「オイラも初めてみるのさ、ネーアと一緒にいたオイラが保証するのさ」
「そうか…。実はこの渦はオレが君を見つけたのとほとんど同じ時間に突然、この部屋に現れたそうなんだ」
メルオンがそう言うと、神官は難しそうな表情をネーアに向ける。
「聞くところによるとおぬし、どこからかこのフォグラードに召喚されてきたそうじゃが……召喚魔法には術者の強い思念が反映されるという。もちろん、この渦がおぬしと関係があると決めつけるわけではないが、何か心当たりはないかの」
「心当たり……?」
術者の強い思念。ということはメリィの方が怪しいと思われるのだが、ネーアも向こうの世界で魔法陣を描いていたのでどちらも術者ということになるのか……。
そんなことを考えながら、当時切に願っていたことを思い出してみる。
「テスト――」
そうネーアが呟いた瞬間、黒い渦が大きくうねりだした。
「……決まりじゃの」
神官はその目をギラリとさせてメルオンの方を見やる。
額に汗を伝わらせながらメルオンが頷くと、神官はネーアを指さして言った。
「この渦は恐らくじゃが〝世界の果て〟と呼ばれておるモノじゃ。おぬしには今からこれに飛び込んでもらう!」
つづく