47話 『身に覚えのないもの、体は覚えている何か』
「ハァ……ハァ……ハァ……」
あの不思議な少女を追いかけてどれだけ走ったか。
建物のシャッターはほとんどしまっており、人気もない不思議な大通りまで来て、とうとう完全に見失ってしまった。
「本当に女かよ……足速すぎだろ……」
これでも一応運動部員の端くれ。そんじょそこらの少女に追いつけない訳はないと思ったが、全然かなわなかったことに男としてのプライドが少々傷つく。
大きく息切する体を落胆させていると、ふと左腕に着けている腕時計が目に留まった。
そして「あーーーー!!!」と、先ほどまでの息切れがウソだったかのような大声を上げ、元来た道を振り返って走りだす。
「もう昼じゃないかよ!!遅刻どころの騒ぎじゃないぞコレ!!!」
本当に一体何時間鬼ごっこをしてたのか!
大急ぎで、夢中で走ってきた見覚えのない大通りを駆け抜ける。
とにかくそれだけに夢中で、この時ボクは全く気が付いていない。
――いつの間にか腰から生えている、一本の尻尾のことを。
===[アルフ城] 医務室===
「ネーア!ネーア!!」
メリィがネーアの手を握りしめながら大きく叫ぶ。
数分前、彼女の尻尾が突如をして淡い光を帯び始めた。今はその耳が徐々に光を帯びていき、最後には体全体がそうなって、消えてしまうのではないかと気が気ではなかった。
アレルは言葉を発しこそしないものの激しく激高しているように見え、このままネーアが消えてしまったら城ごと破壊してしいそうだ。
「2人とも落ち着いて……ていうのは無理があるかな。辛かったら外で待っててもいいよ?」
「……―――」
リリーの言葉の後、アレルがそっと立ち上がって後ろ――扉の方を向く。
「オイラは残ってるさ!こんなところで見捨てられないさ!!」
「……チッ」
小さく舌打ちを残し、アレルは外へ出て行った。
それを優しいまなざしで見送ったリリーは、右斜め前――ベッドの上でなおもネーアの手を握り続けているメリィの頭を撫でながら口を開く。
「ありがとう。君は優しいコだね」
その言葉にメリィはぶんぶんを首を横に振った。
そして両目に涙をためながら、顔をうつ向かせる。
「違うよさ……オイラのせいで、オイラの身勝手なお願いのせいでネーアはこんな目にあってるのさ!オイラが……オイラがこんなところで手を放したら、ネーアにあわせる顔がないのさ!!」
「……そっか」
憂いの顔を見せたリリーは、ネーアの胸に当てた手を額に移し、意識を集中させる。
すると彼女の手がほのかに白い光を帯びてきた。
「メリィ、ネーアの手を絶対に放さないでね。この光……徐々にだけど、自分の実体を認知し始めて、少なからず今見ている〝夢〟に違和感を持ってるってこと。君のその手が、彼女を救い出せるかどうかの分かれ目になる……!」
メリィは握る手に一層強い思念を込める。
「よくわかんないけど、わかったのさ!オイラ、絶対放さないのさ……!!」
===[ルネレディア王国] 首都メフィル 大門前===
「はぁ……はぁ……」
ようやくたどり着いた。
数十メートル先に大きな門を見た、ボロボロの軽鎧を纏う兵士は、そう言わんばかりに苦渋に満ちた顔を涙で濡らす。
「早く……早くこのことを、陛下に……!!」
ゆっくりと、確実に。
気を失いそうになりながらも、頬を滴る涙を血と混ぜ合わせ、気を確かに保ちながら進んでいく。
そして―――
「おい!貴様!どうした!?おい!!」
門の前まで来て倒れてしまった兵士に、門番兵が駆け寄って声をかける。
ボロボロの兵士は力を振り絞って門番兵が差し出してくる手にしがみつき、その恐怖に満ちた顔を向け口を開いた。
「へ、陛下に……!!陛下に、早…く……!!!」
「わかった!わかったから今は口を開くな!!その傷では先に医務室へ行った方がいい!俺が肩を貸す」
門番兵が汗をたらして言うと、ボロボロの兵士はより一層恐怖の色を濃くして、プルプルと首を横に動かす。
「ダメだ……それでは……!!今、すぐ……に…………」
そこまでで力尽き、兵士は気を失う。
門番兵はすぐに生死を確認し、安どのため息をつくと、大門の隣―――厳重な鉄の扉から、城の医務室まで彼を運んで行った。
===午後2時半 謎の大通り===
「ハァ……!ハァ……!!」
明らかにおかしい。
あれからどのくらい経ったのか……あまりにも景色が変わらなさ過ぎて時間間隔も分からなくなってきた。
体力の限界も来て膝に手をつき、目下に出来上がっている小さな汗の水たまりに写る自分を見つめると、ボクは、その身に起こっていることにようやく気が付く。
「は?……なんだこれ、ケモミミ?それに……尻尾!?」
確かに今自分で口にした通りのものが写り込んでいる。代わりにもともとあった位置の人間の耳がなくなっていて、髪の毛がいつもより茶色がかっているような気もする。
そしていつの間にか水たまりも大きく、この空間全体に広がっているようだった。
「色々おかしい……なんだ、これ……」
この一か月感じ続けていた違和感。
その正体が、おぼろげながらも見えてきた気がする。
あの日――あの魔法陣を描いた日に、やっぱり何かあったのだ。そうだとしなければ、たった今自分の身に起きている現象は説明がつかない。
そしてその何かしらあった記憶を丸々引き抜かれ、翌日の朝、何もなかったかのように自身のベッドで目覚めた。
「つっても……結局どういうことなのかさっぱり……」
これからボクはどうすればいい?
この状況から察するに、ボクは今無限ループの迷宮の中にでも閉じ込められているのだろう。
先ほどから周りの風景が一切変わっていないのだ。商店街の大通りからこの何もない大通りまで、そこまで時間がかかったはずはないのだから。
まずはこの場から抜け出す方法を考えなければ始まらない。
『――すぐ』
「―――!!」
殺風景な大通りに、女性のような声が響く。
ボクはあたりを見回してみるが、これと言って怪しいものがあったり、誰かがいるわけではないようだ。
『――を――まっ―ぐ』
雑音が混じって中々聞き取ることができない。
しかし今はこれ以外に縋ることのできるものもない。
じっと耳を澄まし、全神経を向けていく。
『うし―ろーまっすぐ――』
「後ろを……まっすぐ?」
聞こえた声の通り、後ろ――先ほどまで少女を追っていた方向を向く。
流石に走る体力は残っていないので、できるだけ速めに、早歩きを意識して足を動かす。
まっすぐ ひたすらまっすぐ。
「―――痛ッ!?」
歩いていくと、身体が軋むような痛みに襲われた。
しかしそれでも尚、謎の声は『まっすぐ』と、ひたすらに進むことを催促してくる。
言う通りにひたすら進む。
またしばらく歩いたころ、気のせいか、視線がいつもよりも低くなっている気がする。
そして何故か、少しばかり肩も重くなってきている気がした。
「‥‥‥‥‥」
怪しい。
偶然迷い込んだとは思えないこの空間。そしてそれを認知した途端に語り掛けてきた謎の声。
流石に出来過ぎていると思った。
なおも声は響いているが、このまま言う通りにしてもいいのかという疑念がわいてくる。
他に頼るものもない。しかしこのまま進んで行ったらどうなるかわからない。
自分の体に異変が起きているのは間違いないのだ、しかし確認しようと首を下に向けようとすると、コンクリートで固められたかのように動かなくなる。
「……休憩しよっか……な……!?」
今誰がしゃべった?
明らかに自分の声ではない声が、この空間に鳴り響いた。
いい加減これはマズイ。そう思い、休憩がてら足を止める――――すると。
ズドン!!!!!
一瞬、ほんの一瞬だけ強力なGを感じ、辺りを見ると、そこは真っ暗闇の空間になっていた。
「……は?」
訳が分からない。夢なら早く覚めてくれ。
本気でどうしようもなくなってしまい、ただただそう思う。
<また会ったな?小娘よ>
そして今度は神話にでも出てきそうな、そんな神々しい老人の声が、その真っ黒の空間に響き渡った。
つづく




