45話 『平穏と異常と違和感と』
「おいテストどーだったよ?」
高2最初のテスト週間が終わった帰り道。
短髪眼鏡の少年――谷田が、左隣を歩くツンツン頭の成瀬へ問いかける。
「言わなくてもわかてんだろ?全滅だよ!」
成瀬は胸を張り、鼻を天狗にして言った。
それを聞いた谷田は大きくため息をついて成瀬を指さして言う。
「自慢げに言うな……成瀬お前せめて平均とれるように努力しろよ、頑張れよ」
「オー!ノーッ! おれの嫌いな言葉は、1番が〝努力〟で、2番目が〝ガンバル〟なんだぜーッ」
「いやあ……ボクですら今回平均は固かったぞ?お前全滅って相当ひどいな」
頭を抱えて悲鳴を上げる成瀬に、ボクは追い打ちをかけるようにそう言った。
なんの変哲もないいつもの帰り道。
今日はこのままボクの家で期末テストに向けた勉強会兼反省会を開くことになっている。
1学期は期末までが短いから範囲も狭い。その分しっかりやっておけば高得点を狙えるチャンスなのだ。
「ほら成瀬、立ち止まってないでさっさといくぞ。時間は有限!」
ボクは髪をかき上げるようなしぐさをしてそう言った。
そしてその無意識に出てきてしまうしぐさにハッとして、動いてしまった左手を眺める。
(まただ。なんだこれ……まるで女みたいじゃないか)
何故だかはわからないが、この一週間程度で何度もそういうことがある。
「ん?どうした?」
「何でもない。急ごうぜ」
心配そうに言う谷田に、また無意識にでた笑顔と共にそう返すと、まるで何かから逃げるかのように走る。
なんてことはない。身体に別状はないのだから。
何か喪失感に襲われるのをそうやって誤魔化し、足早に自宅へと帰っていった。
===[霊峰エトナルスタ] 泉 ===
「――ゲホッゲホッ!」
妙な圧迫感に息苦しくなり、メリィは目を覚ました。
寝起きの頭を精一杯働かせて、自分が今どんな状況かに置かれているのかを確認する。
そのためにひとまずは、この何かに挟まっている状況から抜け出そうと必死に身体を強張らせた。
「ふんーー!!ふんさーーー!!」
―――スポン!
まるでビンから栓を抜いたかのように、勢いよくそこから射出される。
どうにか壁に激突する直前で体のバランスを取り戻すと、改めて辺りを見回した。
「ここどこさー?……綺麗なとこさー」
光り輝く泉と大きく太い枝。
神秘的なその広間に見惚れながら、メリィはどのような状況かにいるのか考えようとする……が、そこで自身の目に飛び込んできたものを見て、大きく気を取り乱す。
「ネ……ネーア!?」
泉の前。
ネーアは左手を泉の中へ入れた状態で、うつぶせになって倒れていた。
メリィはすぐさま駆け寄ってネーアの体を揺さぶり起こそうと必死になる。
「ネーア!起きるさ!!ネーア!ネーア!!」
どれだけ強くゆすってもピクリともしない。
メリィはどうすることもできずに涙していると、何やら遠くで物音がしたのを聞き取る。
こんな時に敵が、アサギが襲ってきたら。
最悪の想定が頭を駆け巡り、メリィの小さな体は硬直してしまう。
徐々に近づいてくる音を聞き続けて約1分。永遠にも感じるその時間を経て、その音がついに小道を抜けてこの場所にたどり着いた。
「ンだココ……」
「アレルー!!驚かさないで欲しいさあ……」
メリィはアレルに飛びつき、アレルは飛び込んできたメリィの角を片手で受け止めて口を開く。
「おマエらこンなとこにいたのか……で、何してンだ?」
「!!そうさ!!ネーアが!ネーアが動かないのさあ!!!!」
「―――はァ!?」
倒れているネーアを指さしてメリィが叫ぶと、アレルは大きく取り乱して彼女の元へ駆け寄った。
そしてうつぶせになっている体を仰向けに直すと、体温、脈を診てからメリィを睨みつけて言う。
「生きちゃアいる……なンでこンな事になッてやがんだ」
「そ、それがわかんないのさ。オイラも起きたらこんなことになってて……」
「チッ!!つッかねェ……」
そこまで言ったアレルはネーアの体に向き直り、そのまま何やら口をごにょごにょとしだす。
不思議に思ったメリィは首をかしげてじっとアレルを見ると、彼はその視線から逃れるようにネーアにまたがり、覆いかぶさった。
「あ、アレル?何してる……さあ!!!???」
気になったメリィはアレルの顔をのぞき込むと、そこにはネーアの頭を抱え上げ、その唇に大胆な口づけをしているアレルの姿があった。
彼の顔はかなり真っ赤に染まっており、目をぎゅっと瞑って何かに集中している。
「―――ッ!!!!」
そのまま数分、アレルがネーアの唇から顔を上げると、彼の顔には理解できないとばかりの唖然とした表情が浮かび上がっていた。
「……白団子、テメェ本当になンも知らねえんだな」
「え?も、もちろんさ?」
深刻そうな声でそう言うアレルにメリィは戸惑いながらも答えると、アレルは地面に置いている手を握り締め、歯を食いしばりながらつぶやく。
「どーなってやがる……コイツの体ン中はマ晶石の限界超えてマ素だらけだった。それに、この感じ……まるで魂がどッかいっちまったみてェな…………クソ!!」
最後に大きく怒鳴りあげ、握った拳を地面にたたきつける。
そしてネーアの体を担ぎあげ、背中に背負うようにすると、メリィの頭を片手で持ち上げて、来た小道へと足を運ぼうとする。
「あ!?アレル!?一体どうしたさ!!何がったさ!!」
当然、訳の分からないメリィはアレルにそう言うと、焦り顔のアレルはできるだけ急ぎで小道を小走りにしながら口を開いた。
「わッかンねェよ!!わかンねェけど、このままにしといたらアブねえ気がする!!急いで戻るぞ!」
小道を抜け岩だらけの外へ出ると、アレルは魔力を解放し、頭の中に大樹を思い浮かべる。
そして力いっぱい岩肌を蹴ると、その場所へと向かって一直線に飛んで行った。
「…………」
アレル達が出てきた小道のすぐ上、平たい岩壁に垂直に立っているアサギは、彼らを見送ってから地面へと飛び降りる。
そして彼方へ見える大樹に目を向けると、懐から小さな、小汚いリボンを取り出して口を開いた。
「召喚者を世界樹へ導き、彼の者に接触させる……エルクシルはその為に必要なカギの一つだ。すべては彼の者……中心世界の管理者を打ち滅ぼし、あの方を奪い返す為に」
===6月中旬 4限目の最中===
「じゃー34ページ5行目から、成瀬君」
「へーい」
成瀬は教科書を持って立ち上がると、指定の場所から文章を読み上げる。
なんの変哲もない、いつも通りの国語の授業だ。
ボクはそんな授業の最中でも、窓際の席から外の景色でも見て何かを探している。
(……なんなんだろうな、ホント)
あの時から。
中間テスト初日の朝から、どうにもずっと落ち着かない。何と言うか、自分は今こんなことをしている場合ではない気がするのだ。
それが一体どんなことなのかは皆目見当もつかない……が、確かに何かが足りない気がするのだ。
何故なのだろうか。
テストの前日にまた、自身の黒歴史を塗り替えるようなことでもしてしまったからか?
あの時は中々に傑作だった。
ノリノリで魔法陣を描いてたらいつもボクの部屋の前、2階の屋根を通りかかるネコがしゃべっているように聞こえたんだ。
まあ、結果的には何も……。
「…………そういえばあの後、どうなったんだっけ」
つづく




