44話 『さようなら』
「……中心世界……だよな」
変な夢を見ていたかと思ったら、気が付けばその場所にいた。
もはや3回目ともなれば冷静に辺りを見ることもできる……まあ、相変わらず真っ暗闇であることに変わりはないのだが。
(この何もない空間に本当は……)
管理者に奪われた者たちの存在が漂い、埋め尽くされているらしい。
一体何が目的で人の存在なんて奪うのか。
とにかく謎だらけなヤツの正体も暴いてやりたいところだが……そう簡単にはいかないのだろう。
しかしそれはそれ。そんなことなどどうでもよくなるほどの問題が一つできてしまった。
「また、願いが何かもわかんないまま来ちゃったなあ……ていうか、今回は世界の果て全然関係なかったハズなんだけど……?」
おかげで願いを全部叶えてから残り3つの渦を消化するという計画もおじゃんだ。どうやら是が非でも存在を奪いたいらしい。
しかし今回はなんというか、回数慣れというだけではない冷静さがある。
おそらく前回……次は無償で話を聞いてやると宣告されていたのが大きいのだろう。
となれば次はそうもいかない。今回でできるだけ情報を引き出さなければならない。
そうと決まれば善は急げだ。
「管理者……いるんだろ、でてこいよ」
真っ黒な、空なのか天井なのかも分からない上を仰ぎ、その名を呼ぶ。
「…………」
が、それらしき声は聞こえてこない。
いつもは勝手に出てくるくせに、こういう時は無視か?
なんとなく煮え切らない気持ちになりながら、出てこないなら仕方がないと辺りに気を向けてみる。
蜘蛛戦で発揮できた新しい能力。〝魔力操作〟がここでもしかしたら役に立つかもしれないと思ったのだ。
「―――」
目を瞑り、魔力を広範囲に薄く広げるようなイメージをする。何か障害物があればそこだけが浮き彫りになる、素人でもできる簡単な探索テクだ。しかし……
(おいおいおいおいマジか?どこもかしこも〝人だらけ〟にしか感じられないんだが!?)
魔力を伝わって感じるその形は、空間一杯に広がる人間の群れ。
まさに言われた通り、奪われた人の存在や記憶で埋め尽くされている。
例えるなら今のネーアは、ずーーーっと都心部の人ごみの中心に立ち尽くしている状態だ。
試しに目を瞑ったまま前に足を踏み出してみる。
するとどうだ。目の前の気配が、まるで意思でもあるかのように避けるのだ。
「いよいよ気味が悪いなあ。下手したらボクもこの中の仲間入りってことかい……いや、もう何割かは仲間入りしてるのかなあ。ははははは……―――!!」
しばらく歩いていると、他よりも明らかに大きな影、そして寒気を感じる。
といってもその大きさは3メートル程度、思っていたよりは小さかった。
「おでましかい――!」
<ぬし。随分と荒らしてくれたようだな>
何もない空間に絶対者の威圧感が響き渡る。
以前までと違い、その声はあきらかに怒っているようだった。
「荒らすって、なんのことだ……!?」
あからさまに感じる厄介ごとの匂いにうんざりしながら、一応心当たりを探ってみる。
といってもある訳はないのだが。
というかなにを荒らしたって言うんだ?
<魔に堕ちし者だけでなく、原初の罪を背負いし者の記憶にまで触れるとは、これは万死に値する罪であるぞ>
「は!?ちょっと待ってって!!さっきから何を言って……罪がなんだって!?」
いくら落ち着いていようともそんなに意味不明なことを言われては流石に困る。
記憶に触れたって?そんな赤の他人ともどこの馬の骨とも知らない人の記憶なんていつ……
「いや。……魔王と……聖女?」
ハッとして口からこぼれたその単語。それ以外に考えられない。
しかしそれが荒らすこととどんな関係があるというのか。どちらもこちらとしてみれば不可抗力というやつだ。これに何か責任を取れというのならば全力で抗議せざる負えない。
<然様―――しかし、やはりぬしは面白い。大罪のうち2つを見事に引き抜くとは、俄然ぬしに興が涌いた。どれ、約束通り一つだけ望みを聞いてやろうではないか>
恐ろしいほどの威圧感を一変させてて管理者がそう言った。
ここに来てから気になることがまた山ほど出てきてしまったが、まずはこれだけはダメもとで聞いておかなければならない。
仮にこれさえ叶うのならば、他なんてどうでもよいのだから。
「ボクを元の世界に……さっきまでいた世界じゃないぞ。ちゃんと元々いた世界に返すことはできるの?」
<…………>
(だんまりか……)
姿が見えないだけにどのような反応を示しているのかが非情に気になるところではあるが、まあこのように無言になるということは、そういうことなのだろう。
まあそれは大方予想通りだ。気を取り直して本当に聞きたかったことを聞き出そうと口を開こうとした時だった。
<―――よかろう>
「やっぱりダメだy……は!?」
一瞬頭の中が真っ白になった。
今よかろうといったのか?気のせいではなく?
あっさりと出てきたその言葉に喉を詰まらせてしまう。何といえばいいのかわからなくなってしまった。
<――ただし、一つだけ条件を提示させてもらおう>
「条……件……?」
<然様。――召喚から現在に至るまで、すべての記憶を我に差し出せ。それが条件だ>
「なッ……話が違うじゃないか!!」
無償で聞くんじゃなかったのか?
それとも何か?聞くだけは聞いてやる。実行するのなら贄を出せとかいう屁理屈か?
いずれにせよふつふつと怒りが沸き上がってくる。
一度交わした約束を破られるというのは理不尽を突きつけられるよりもずっと腹が立つのだ。
文句の一つでも言ってやろうかと言うところにまた、管理者はそのエラそうな口を開く。
<不満か?どうせ帰るのだ。あちらの世界での記憶など、あっても邪魔になるだけではないのかね>
「うぐ……」
確かに言う通りだ。
帰ってしまえばあの世界であったことと言うのは全く無意味なものになるだろう。
それどころか、下手したらもっとあの世界で何かしたかったとか、変なことまで考えかねないのだ。
どうせ帰ってしまうのであればそうだ。
そのくらいは自分のためにしても……いいのかもしれない。
提示された条件を肯定するような考えが頭の中に出てくると突然、足元に真っ白な魔法陣が浮き上がる。
その魔法陣には確かな見覚えがあった。――そう、あの時、自分で描いたものと同じ召喚魔法陣だ。
「これは……」
<契約は成した。―――また会おう>
その管理者の言葉を最後に、辺りが光に包まれる。
だんだんと視界が白く染まっていく中、ボクは何か走馬灯のように今までの思い出がフラッシュバックしていた。
メリィとの出会い。
世界の果てに接触して味わった理不尽な扱い。
あの幻想的な城や冒険者ギルド。
メルオンをはじめとした町の人々。
わずか数秒の間であったが、次第にその記憶が薄れていくのを感じた。
「……スマには申し訳ないこと、しちゃったかな……メルオンさんにも、まだ恩返しできてないし……」
こんな時になって初めて、フォグラードに対する未練が次々と頭をよぎる。
大切なものはいつだって失うときになってから、もしくは失ってから気が付くものだ。
どちらにしろ手遅れであることは変わらない。
しかし何がどうあれ、元の世界に帰れるというのはうれしいことだ。そう言い聞かせて目を閉じる。
――そんなボクの目には、溢れ出るばかりに後悔の涙が零れていた。
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ジリリリリリリリリリリリリリ
月曜日の朝、6畳間に目覚ましの音が響く。
ボクは乱暴に目覚まし時計を叩き止めると、重い腰を上げて机に歩み寄る。
そして大きなため息をつきながら、卓上カレンダーを手に取って呟いた。
「はぁ……今日からテストかぁ」
つづく