43話 『世界をつなげる樹の話』
「まあまあそんなに緊張すんなって!隣座る?」
泉の前に胡坐をかき、水を小ビンにすくいながら青年が言った。
ネーアはいきなりの遭遇に戸惑いながらも、最低限距離を保ちながら口を開く。
「そんなわかりやすい誘いに乗るとでも?500万の首、《アサギ・ヒノデラ》……―――ん?」
黒い青年を見ながらその名前を口にして、初めて彼が何者なのかを察する。
なぜならその青年が身に着けていた装備……装束には、日本男児たるもの必ず見覚えがあるはずだからだ。
頭こそさらけ出しているが間違えようもない。確かにファンタジーの世界でもたまに見かけるが……この世界にも存在しているとはすごく驚きだ。
そう、この見た目、名前の雰囲気は間違いなく――
「忍者……!!」
「お?」
ネーアは慌てて左手で口を押さえる。
感極まってつい口が滑ってしまった。
「何々オレらのこと知ってるの?一発で言い当てられたのは初めてだよ」
口をふさいだままぶんぶんと首を横に振る。
忍者とは何か、謎が多いが故ネーア自身具体的にはわかっていない。
青年――アサギの口ぶりからして、この世界に置いてもそれは変わらないのだろう。
身構えるネーアに対して、座り込んでいるアサギが手招きをして言う。
「そーガチガチすんなって!戦う気はないよ、こっちきて昔話でもしようぜ」
見たところ武器を持っている様子はない。
ネーアは警戒をしながらも、ゆっくりとアサギのいる泉の方へと歩み寄る。
「綺麗……」
足元の光り輝く泉は本当に神秘的だ。
その周りだけが緑豊かで、蛍のように青白い光が宙を舞っている。
これが王道のファンタジーならHPMPが全回復しているところだろう。
そんな泉に見惚れていると、少し離れたところで相変わらず胡坐をかいているアザギが口を開いた。
「姉ちゃん、〝世界樹〟って知ってるかい?」
「え?……ま、まあ一応は……?」
世界樹。ああ知っているとも。これもファンタジーにはゆかりがあるものだ。元ネタは北欧神話だったか……ユグドラシルとか言われたりもするな。
しかしモノによって中がダンジョンであったり、なんだか色々な世界とつながってたりとややこしいものだ。
「その様子だと、名前くらいは知ってる……てとこかい」
アサギは泉の中心から出ている枝の葉をむしり、水の入った小ビンへ丸めて突っ込みながらそう言う。
彼の言っていることは大方間違っていない。この世界における世界樹と言うものがどのような役割を担っているのか知らないのだから、ひとまずここは頷いておくことにした。
「今からもう何千年も昔の話だ。正確な年数などわからなくなってしまうほど昔、大樹なんかよりも何倍も大きな、雲にさえ届く巨大な樹があった。そしてその樹は世界の人々を見つめ、あらゆる富と加護をもたらしたと言われている」
ネーアは思わず聞き入ってしまう。
昔話をするアサギの顔はどこか切なく、そしてまたどこか寂しげであった。
「そしてある時、ひとりの人間の女が禁忌を犯した。それは世界樹のふもとに聳え立つ門――時が来るまで決して立ち入ってはいけないとされる門を開けること。その女は私欲で世界樹の中へ入り、その先にあるものを知った」
アサギがそこまで語り終えると、心なしか広間に漂う光の光度が増している気がする。
しかしそんなことに気を止めることはなく、目の前の枝をじっと見つめながら、彼はまだ話を続けた。
「先には広大な真っ暗闇の空間が広がっていたそうだ。女は1人、その門をくぐり二度と帰っては来なかった。……そして禁忌を侵された世界樹は死に、同時にこの霊峰が出来上がった」
「……―――?」
「どういうことかって顔してるな。……岩になっちまったのさ。霊峰エトナルスタは言っちまえば世界樹の遺骸。このぶっとい枝はその残り香……ここに世界樹があったっていう唯一の証拠さ」
じっと聞いていたネーアは、ここに来てようやく一つの疑問が浮かんでくる。
そして同時に、何か既視感のようなモノと寒気を感じた。
「どうして、今そんな話を?というかなんで知ってるのそんなこと……」
「――――」
今度は何か、咎人でも見るかのように少しだけ首を回してネーアを睨み、「ふっ」と苦笑いを浮かべてから首を前へ戻し、低い天井を仰いで口を開く。
「―――さあな!気まぐれじゃないか?」
アサギが空元気のような声でそう言うと、また悲壮感ただよう表情で、小さくつぶやいた。
「……いずれ知ることになるさ。姉ちゃんが〝この道を進む〟ってのなら、いずれ絶対に知らなきゃいけなくなる……〝聖女の罪〟ってやつをさ」
「へ?今なんて……」
その声はほんとうに小さく、上手く聞き取ることはできなかった。
大事なことを言っていた気がしたので、ネーアはその部分を聞こうとしてアサギに近づこうと一歩踏み出す。
瞬間、目の前にいたはずのアサギが姿を消し、ネーアの首筋に刃物――クナイらしきものが突き付けられた。
「なッ――――!!!」
「今、気を許しただろ。ダメだよ忍者相手にそんなことしちゃあ」
ネーアの後ろからアサギがそう耳元で言った。
迂闊だった。
こういう話を聞くとつい夢中になってしまう。
ネーアは自分の不注意を後悔し、自然と冷や汗がでてくる。
「安心しなよ。言ったろ、戦う気はない……オレはこれでも無駄な殺生は好かないタイプなんだ」
「何を言って……!!」
こんな体制で言われても全く説得力がない。
メリィを抱えたままじゃロクに動けもしないし、こういう時にやっぱりこいつは起きる気配が微塵もない。
一体どうしたら。こんな時、せめてアレルがいてくれたら……。
「―――!!」
そう言えばアレルが遅い。
彼のことだから心配でもしてすぐにこちらを追ってくるものだと思っていたが……。
「彼に助けを請おうとしても無駄だよ」
「は……!?」
心を読まれた?
焦りと戸惑いが増し、汗の量も増えてくる。
「そこの小道は条件が揃わないと開かないようになっててね、どうやってもあいつは来ないよ」
気のせいか、そういうアサギの声はものすごく怒っているような気がした。
しかしすぐにそんな声も元に戻り、何もなかったかのように続ける。
「そんなことよりさ、エルクシル飲んだかい?オレとしちゃそっちの方がよっぽど大事なことなんだけど」
本当に何なんだこの男は。
どうして今そんなことを効くのか訳が分からない。
しかし答えなければこのままどうなるかわかったもんじゃない。
仕方がないのでその場で頷くとアサギはなぜか首筋のクナイを下げた。
「そうか。安心しなよ!アレは間違いなく本物だぜ……そしてそれなら、オレに課せられた任務も終了ってワケだ」
「は!?さっきから本当何言って―――!!!」
――トン。
そう言って後ろを振り向こうとしたその瞬間、首に来た衝撃を最後にネーアはその場に気を失った。
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『いつまで続いてんのこの道!いい加減飽きてきたんだけど!!』
これは……夢……?
自分のものではない声が、無邪気な少女の記憶の映像が頭の中に響いてくる。
『あら!アンタ誰?世界樹の中の人?』
何の悪びれもなく、少女は上から目線でものを言う。
相手の顔は見えないが、闇の中に座るその男……老人らしき人物は、初めてみる少女をじっと見つめている。
『何とか言いなさいよ!私はエトナ!おじいさん、アンタの名前は?』
つづく