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42話 『余興の終わり』

 視界をふさぐほど大きな深紅の糸の集合体が、ギュルルルルルと大きな回転音を立てながらネーアに迫ってきている。

 ネーアは足を止めることなく、右手に持つ短剣、そして空いている左手に力を集中させて拳を握り、ひたすら前を見て足を動かす。


「大樹の加護を受けし聖霊よ 風の加護を受けし霊験を 我が魔命を糧として発現せん」


 詠唱と共に、左手に澄んだ碧色の光が宿る。

 それを体の前へ持っていきばっと手を開くと、ネーアの前に半透明の大きな紋章が浮かび上がった。

 大きな鳥のような、しかし木のようにも、はたまた天使であるかのようにも見える不可思議な紋章に、深紅の大糸が激突する。


 ぶつかり合う大きな糸と紋章。

 大きな音を立てながら、しかし一方的に、まるで吸収しているかのように大糸が紋章の中へと消えていく。

 そして糸が完全に消え去るのと同時に紋章も崩れ去り、露わになった大蜘蛛の腹部にネーアの剣が深く突き刺さる。


「はああああああああああああああ!!!」


「ふっぐぅぅううおおおおおおおおおおお」


 そのまま体を真っ二つにするように上へ斬りあげると共に、大蜘蛛――オーバード・プライクタラテクトは大きな悲鳴を上げ、黒いモヤとなって消滅した。



「………はっ!?」


 短剣も魔力の光を失いもとに戻ると、ネーアはたった今目を覚ましたかのようにハッとして自身の左手を見る。


(ボク、あれから無我夢中で……なんだろう、さっき無意識に出てきた呪文みたいなの……)


 左手に微かだが熱が残っている。

 効力を失った2つの魔法は、先ほどの紋章を出すときに一緒にそちらの方へと力が流れてしまったようだった。


「魔法、なのかな。でもボクこの世界の魔法なんて知らないし……と、そうだ2人」


 ネーアはこのことをひとまず置いといてメリィとアレルの元へ駆け寄る。

 アレルの顔色はだいぶ回復していたが、まだ解毒は終わっていないようだった。


「メリィ、どう?」


「待って、もう少しで終わるのさ」


 そう言うメリィの真剣な顔には、幾筋も汗がのびている。

 そのままおよそ5分、ようやく解毒の魔法を解除したメリィはへろへろとその場に倒れてしまった。


「だっ大丈夫!?」


 ネーアが慌てて腰を下ろし小さな体を支えると、一呼吸おいてメリィはアレルのただれた足を見て言う。


「久しぶりに集中したらちょっと疲れただけなのさ、大丈夫さ……でもごめんだけどこの足はオイラじゃ治せないさ。多分、上級のすごい魔法でも治せるかわからないのさ」


 すごく申し訳なさそうに俯くメリィに対してネーアは慰めようと彼の頭に手をやろうとするが、先に男の手がメリィの頭上に添えられた。

 ネーアは「おっ」と声をあげて上を見る。

 そこには照れ顔で目をそらし、前を見ているアレルの姿があった。


「大丈夫だ……ありがとな」


「アレル……意外と素直だね」


 ネーアはしんみりとした表情でそう言うと一変、イタズラ顔になって一言添えた。


「ッるせえ!……行くぞ」


 足の怪我などなかったかのように立ち上がり、アレルはさっさと前へと歩き出す。

 ネーアとメリィは顔を合わせて緊張していた表情を和らげると、疲れているメリィを抱きかかえるようにして後を追った。




 ===[ルネレディア王国]グレン荒野中央部 大国騎士団駐屯地===


「おいおいマジかよ……」


 メルオンがそこへ着いて目にしたもの。

 それは長方形の布で覆いかぶされたものの集団――兵士たちの亡骸だった。


「残念ながらマジだ。この一週間でここに派遣された500人のうちピッタリ250人。半数がやられた。そして」


 そう言いながら騎士団長――グルッド・プランソンは亡骸の一つへメルオンを案内し、布の顔の部分をめくって見せた。


「こりゃ、お前……!」


「被害者は全員、綺麗に右耳だけが削り取られている。この前お前たちが見たものもこれと同じと見て間違いないだろう。討伐証明かはたまた気味の悪い趣味か……依然としてヤツの手掛かりはつかめないままだ。」


 メルオンは数日前、例の耳に関することで異変があったからということでメフィル城へと呼ばれた。

 そこで犯人がデルスタン魔王国元魔人兵長レルレであることが改めて、滞在していた魔王側近のバタシによって説明された。

 そして神出鬼没な彼女の対策を練ると共に、被害があったグレン荒野に何か手掛かりがないかということも含めて駐屯地へ赴いた矢先、待ち受けていたのが死体の山だったのだ。


「裏切り者の兵長か……一体何が目的でこんな事を。それに」


「バタシ殿が信用しきれない……だろ?」


 グルッドがそう返すと、メルオンの肩を叩き、天を仰ぎながら続ける。


「あの方はああ見えて、そんじょそこらの人間よりよっぽど誠実なお方だ。それに元来、魔王によって感情を与えられた魔人(ゴーレム)と言うのはウソをつかないらしい。まあ、あの話し方では、信用を得るのは相当難しいだろうがな…………だからこそだ」


「グルッド?」


「だからこそ、レルレの狂気とも言える行いは止めなければならない。感情、本能のままに動くヤツをこのまま放っておけば世界を滅ぼしかねん。……メルオン、お前を呼んだのは他でもない、この私なのだ。お前にだけは言っておかねばならないだろう」


 不思議にグルッドを見るメルオンに対し、グルッドは腰に下げた剣の鞘へ手を持っていき、その顔をまるで仇を前にしているかのような表情に変えて言った。


「恐らくヤツは……レルレは《アザ持ち》を2人、既に殺している。被害者の傷跡に、それらしき斬り口を見つけたのだ。だから同じアザ持ちである私たちが、ヤツを止めなければならないのだ!!」


 グルッドは拳を固く握りしめ、仲間たちの亡骸を哀れむ。

 そしてメルオンに手を差し出し、力強く言った。


「これは私の私念だ。アザ持ちの末端である我々がヤツに叶うかは分からん。だから無理にとは言わない……が、もし力を貸してくれるというのならば、この手を取ってくれ」


「…………」


 メルオンは言葉を返すことなく、数秒間じっとグルッドの顔を見つめる。

 そして彼の差し出す右手へと自身の手を動かし―――


「―――!!」


 大きな音を立て、メルオンは差し出してきたその手をはたいた。




 ===[霊峰エトナルスタ]2時間後===


 時は既に夕暮れ時。

 地上の風景はすでに豆粒同然、しかしその道はまだまだ続く。

 山頂付近と言うからには日をまたいで行かなければならない。そのためにそろそろ休憩ポイントが欲しいところなのだが、相変わらず岩壁に囲まれた一本道が続いている。


「あー疲れた……もう水筒もからっきしだ……し?」


 ネーアは重たい足を動かしながらそんなことを言うと、前方左側に見える壁に違和感を感じる。

 坂道を登るために身体が上下運動をすると、そこの壁だけがまるで1ドットズレているかのようにちらちらとしているのだ。


「アレル!これ……」


「あ!?足止めてンじゃねェ!はよしろや!」


「いや、ここ変なんだって!ちょっと見てみるよ!」


「は!?テメエ待て!オイ!!」


 ネーアはアレルの言葉を気にせずにその壁へと手を伸ばすと、その手が壁の中へと吸い込まれていく。

 しかし何かに入って行っているような感覚はなく、そのまま腕、体、足。全身を壁の中へと通していった。


「あの壁は幻覚?……隠し通路か何か?」


 その壁を越えた先は、人ひとりがやっと満足に通れる程度の小さな通り道になっていた。

 ネーアはその道を、疲れて寝てしまったメリィを抱えたまま進んでいく。


「―――!!」


 1分も歩かないうちに、小さな円形の広間へと到着する。

 広間には小さくも光り輝く神秘的な泉と、そこから一本の太い枝が顔を出しており――。


「やあ、また会ったね」


 黒ずくめの装備に身を包んだ青年が、ネーアを待ち構えていた。






 つづく

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