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39話 『あいらびゅー?』


「はあぁぁぁああ!!!」


「死ねエァ!!!!」


 ネーアとアレル。

 2人の剣が大きな金属音と共に交わる。

 アレルは開いている右手をネーアの首元に持っていきそのままぐっと首を絞めつけた。

 ネーアは歯を食いしばり首元の腕をどうにか放そうとしながらも、右手に握る短剣はじわじわとアレルの片手剣に圧されてくる。


「死ね!死ね!!死ね!!!」


 まるで何かから逃げるかのように、もしくは自分自身に言い聞かせるかのように叫ぶアレル。

 叫び声と共に首を絞める力もどんどんと力を増していくと、ネーアは膝をつき、剣は交えたままに押し倒されるような形になった。


 アレルの刃も迫り、ネーアの顔にいよいよ触れようかと言うところで、ネーアは力を振り絞って彼の顎をめがけて右足を蹴り上げる。

 アレルが体制を崩し、なんとか膝をつきながらも起き上がったネーアは、追い打ちをかけようと逆手持ちしている短剣を左手に持ち替え、右手で拳を作ると、アレルの顔面めがけて殴りかかる。

 それをアレルは避けようとはせず、頭突きをするように自ら拳に突っ込んだ。


 ネーアの拳はそれに弾かれ大きくのけ反る。

 すかさずアレルは左手に握る剣を斬り上げると、慌ててネーアは意図的に後ろへ倒れこむようにして避ける。

 が、ギリギリ間に合わなかったのか、ネーアの右頬に一筋、短い切り傷と共に鮮血が流れる。

 ネーアは倒れる勢いを利用してバク転で距離を取ると、頬の血を拭った。


「あっぶな……!この体の身体能力に感謝だなあ……でもやっぱ……」


 単純な力では鍛えているアレルに叶わない。

 ならばやることはただ一つだ。

 力で叶わないのなら、相手の力を利用してやるしかない。


 短剣の自動治癒で頬のキズが癒えると同時に、アレルも地を蹴り、高速の一撃を入れにくる。

 これは一種の賭けだ。

 失敗したら本当に身体を真っ二つにされかねない。逆上したアレルが放つ殺気は本物だ、寸でのところで手を止めるようなことはまずしないだろう。


 まずはアレルの動きを見て、できる限り正確に剣の軌道を予測する。

 ものすごい速さで繰り出される一撃だが、辛うじて見れないほどではない。

 アレルは夜の闇のせいもあり、あまり速く動きすぎると正確にネーアの体を補足できないのだ。

 夜でも自身の目が利くことに深く感謝しつつ、頭をフル回転させて体を動かす。


 魔力と殺気を込めたシンプルな突きが、ネーアの心臓部をめがけて放たれた。

 ネーアはこれをスレスレでかわし、アレルの懐に入り込むとともにその腕の根元を掴む。

 そのまま勢いを利用して投げ―――ようとした瞬間、勢いの乗った膝蹴りがネーアの鳩尾に深く入った。

 その勢いで飛ばされたネーアは、数メートル後ろに飛び背中から地面に着地する。


 そして腹部を抱え倒れたネーアをその手ごと踏みつけ、アレルは彼女の首元に剣を突き立てた。

 真顔で、しかしその瞳にだけは狂鬼じみた殺気を露わにしてネーアを見下ろすその姿は、言うまでもなく勇者とはかけ離れている。

 今の彼を形容するのならば、悪の大魔王の方が大いにお似合いだろう。


「いい加減くたばれ。クソアマ」


 最後に短くそう言い、アレルはネーアの心臓を一突きしようと手を動かす。


「やめろぉーーー!!!」


 が、そこになって遠くで見ていたメリィが初めて声を上げた。

 アレルが一瞬手を止めた隙に、2人の間に入りネーアの盾になるように手を広げる。

 眉間にしわを寄せ、小さな目は必死に涙を我慢してアレルを睨みつけた。


「……テメェも自殺志望か?アァ!?」


「見てられないさ!!このままじゃ本当にネーア死んじゃうさ!!!」


 メリィは震えながらも精一杯アレルに叫ぶ。

 アレルは「チッ」と舌打ちをし、メリィの角に剣を押し付ける。


「だから殺スッつッてンだろ!!部外者はすッこンでろ!本当に殺……」


「好きな人にそんなことしちゃダメさーーー!!!!!」


 メリィは目をぎゅっと瞑り、先程の精一杯を十二分に上回る程の声で叫ぶ。

 先程の叫びや金属音よりもずっと大きな声は、夜の平原に大きく響き渡った。



「…………?」


 脳天を一刺しされる覚悟で叫んだメリィは、何も起こらないことを不思議に思って目を開ける。

 そこには剣を震わせて虚ろな目をしたアレルが、顔を真っ赤にして立っていた。

 後ろのネーアを見てみると、こちらはメリィの言葉が理解できずにぽかんとしている。


「メ……メリィ?何言ってるの?」


「え……だから、好きな人に乱暴するのはよく……」


「だああァああああアアあああアアァァああああアあぁァあ!!!」


 アレルがメリィの頭を鷲掴みにし、衝動のままに剣を突き立てる。


「アレルッ!!!!!」


「―――ッ!!!」


 ネーアが〝止めろ〟の意を込めてその名を叫ぶと、アレルは正気に戻って手を止めた。

 が、ネーアの顔――哀れみにも似たその顔を見て、再び顔を真っ赤にする。

 今の彼には、彼女の顔がものすごく、さながら少女漫画の如く美化されて映っていた。


 アレルは逃げるように目を逸らして剣を下すと、後ろを向いて座り込んでしまう。


「……アレル?」


 ネーアは心配して横から彼をのぞき込む。

 するとアレルはまた目をそらして大きな舌打ちの後に小さくつぶやいた。


「……しばらく1人にさせろ」


「あ、うん……。この近くに廃小屋あるみたいだから、そこにいるよ。ほら、行くよメリィ」


 ネーアはそう言って、メリィと共に遠方に小さく見える小屋へ歩いていった。

 平原のど真ん中で胡坐をかいているアレルは、ポケットに大事に入れてあるソレを握り締めただ一言、「クソッ」と吐き捨ててじっとしていた。




 ===数分後 アルフ北平原の廃小屋===


 辛うじて雨風が防げる程度の小さな廃小屋。

 その中は本当に何もなく、木くずが散乱しているだけで、身長170cmの人間が3人、辛うじて横になれる程度の広さだった。


「こんなとこ誰が使ってたんだろ……」


「小さい上に何にもないさ」


 小屋に入った2人は、ひとまず散らばっている木くずだけ拾い集め、小屋の外に捨てる。

 一通り綺麗になったところで、壁際に胡坐をかいたネーアがメリィに問いただすように口を開いた。


「で、メリィ?さっきのはどういうつもりなのさ」


「さっき?どういうことさ?」


 自分が何を言ったか自覚してらっしゃらない!

 久しぶりにメリィに呆れに似た何かを感じながらネーアは続ける。


「だからさっきのだよ。誰が誰のことを好きだって!?」


「アレルがネーアのこと好きなんだよさ。なんかそんな感じがしたさ!」


「そ……そんな感じ?」


「なんとなくそんな感じがしたさ!!」


 ご丁寧に胸を張って繰り返すメリィに、ネーアはあきれ果てる。

 深いため息の後にもう一度メリィを見直し、再度重い口を開いて言った。


「あのなあ、毎度毎度言うけどメリィ。お前ボクの正体わかってるだろ?よくそれでそんなこと言えるな?」


「正体さ?」


「ボクは元々男だろ!?確かに今の体こそ女になっちゃってるし、この前は少しだけ精神を体にゆだねたりもした。でも今は違うでしょ、ボクは男だ!それをわかっててあんなこと言ったんだろ!?」


 丁寧に説明してやるも、メリィは相変わらず首をかしげている。

 その口からは、ネーアも呆れを通り越して感心してしまいそうなセリフが飛び出してきた。


「へ?ネーアって男なのさ?」


「…………は?」


 いやいや待てそれはおかしいだろ。

 お前は向こうの世界でボクの声を聞いているはずだ。猫越しに姿を見ていてもおかしくない。


「ボクのこと向こうの世界で見てたんだよな?知ってるはずだよな!?」


「うーん……オイラが見て聞いてたのは魔法越しでノイズがひどかったから、そこまでハッキリ聞こえてたわけじゃないのさー、オイラ、ネーアが男だったなんて知らなかったさ!」


 この世界に来た時以来、メリィをぶん投げてやりたい感情に襲われる。

 でもまあ、本当に知らなかったのならそれはそれで仕方がない。

 この件は水に流してやることにしよう……ただ。


「そういうわけだから、ボクは精神的には男なんだ!あんなところでアレルがボクのことどうこう言われても困るんだよ。そういう趣味はないからな……メリィ?」


 聞いているのか聞いていないのか。

 メリィはゆっくりとネーアに近づいていき……胸をぐいぐいと押し始めた。


「男ということはこれは……向こうの人間は男でもおっぱいあるさ?むうー」


 だめだ耐えろ。確かに男と言ったのだ。頭の弱いこいつが間違った解釈をするのも無理はない。

 再度説明しようとしたところにメリィは胸から股下へと移り、今度は股間をぱんぱんと叩いた。


「やっぱりネーア女の子さ?オイラよく――――」


 ネーアは言い終わる前にメリィの頭を鷲掴み、天井に空いた穴から力いっぱい放り投げた。





 つづく

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