38話 『弱っちィヤツ』
「…………」
「…………?」
2人の間にしばし沈黙の時が流れる。
メリィが2人の顔を交互に見ながら首をかしげると、我慢しきれなくなったアレルがその乱暴な口を開く。
「ッンだよ!ソイツと合流できたンだからさっさと行けヨ!!」
「え?いや、そのー……ボク人を探してるんだけど……」
「知るかヨ!!用がねエンならさっさと行けッての!」
何故だかどんどん機嫌を悪くしていく。
そして落ち着きなく貧乏ゆすりをしながら、辺りをきょろきょろと探し人でもいるかのように見ている。
どうやらアレルもだれかを待っているようだった。
「あ、アレルも誰かさがしてるの……?」
意を決して聞いてみる。
アレルは何を言っても機嫌を悪くしそうで話がしづらいのだ。
「あ!?お前にはカンケ―ねぇだろ!」
ほら怒ったー。
苦手意識が消えないその少年に苦笑いのままで返答しようとすると、彼のポケットに何か入ってるのが見える。
「ねえアレル、それ……」
「あ?ンだよ」
ネーアがポケットに入っているソレを指をさして言うと、彼女の肩につかまっているメリィが口をはさんだ。
「アレルは指名手配犯を捕まえるために女王様に呼ばれたんだよさ。それはその手配書なのさ。さっき教えてくれたさ」
「え、それって……」
まさかと思いネーアは手配書を取り出してメリィに広げて見せる。
するとメリィは驚いたようにそれを指さして言った。
「これ!これだよさ!なんでネーアが持ってるさ!?」
「あー、やっぱりそっかー……」
リリ―は助っ人を会えばわかると言っていた。
どうしてアレルと知り合いなのを知っているのかは知らない。
が、メリィのこの反応。つまりはそういうことなのだろう。
ネーアはやれやれと頭を抱えた後、相変わらずキョロキョロと落ち着きのないアレルへ手配書を向けて口を開いた。
「はぁ……アレル、貴方の探し人はどうやら目の前にいるみたいだよ」
「は?…………アァ!?」
アレルは視線をネーアに向け、その手配書を見たとたんに大きく動揺したようなそぶりを見せる。
「て、テメェ!それ何処でッ……!!」
「そんなに声荒げなくてもいいじゃないか……リリ――女王様に頼まれたんだよ。エルクシルの代わりにこいつ捕まえてこいってさ」
「ハァ!?じゃ、じゃあオレぁテメェと2人でッ……」
怒りというにはあまりにも冷静で、しかしかなり動揺の色を示しているアレルに対して、ネーアが発した単語で思い出したかのようにメリィがネーアの肩を揺らす。
「ネーアネーア!エルクシル買えたさ!?」
「ああ、そういえばそうだっけね。買えなかったんだけどさ、まあ色々あってこれの報酬の前払いってことで1本もらったんだよ」
「じゃあ!力は戻ったのさ!?」
「うん、たぶんね」
「やっさー!!!」
「や……やっさー?」
ネーアに魔物と話す力が戻ったことを知ったメリィは、両手を大きく上げてそう言った。
「……ッざけンなヨ……」
が、大喜びのメリィとは裏腹に、ネーアは前から殺気にも似た、ただならぬ気配を感じる。
「あ、アレル……!?」
「テメェと2人で500万の首捕ッて来いだア……?こンな弱っちィヤツと2人で!?冗談じゃネェ!!オレア帰る!」
「え!?ちょっと!!!」
アレルはその言葉を最後に、地面を蹴り大きく飛び上がると、屋根の上をトントンと飛んでいく。
彼が蹴った地面は石畳が30センチほどえぐられていた。
「いっちゃったさ……」
「ほんっとやりにくいなあもう……メリィ、今アレル北に行ったよね」
「え、うん。多分そうだよさ」
ネーアは「あーもう!」と頭を掻きながら言うと、メリィに目配せをして急いで北へ向かって走り出す。
その顔には焦りと不安の色が濃く現れている。
「どうしたさ!そんなに急いで!」
「アレル、ひとりで霊峰行く気だよ!今から突貫するなんてどう考えても危険すぎる!!止めに行かないと!……それに」
「それにさ?」
走りながらネーアは歯を食いしばる。
そして遥か北、まだ見えない町の北門のある方向へ目を向けると、言葉の一つ一つに闘志を込めて言った。
「弱っちぃって言ったこと、訂正させる」
「ふえ?」
「アレルはボクのことを弱っちィヤツって言った。確かにまだそんなに強いわけじゃないよ!でもさ、あいつがボクを見る目……あれはか弱い女性を、〝護るものを見る目〟だった。ボクはそれが許せない。頭ごなしにそう決めつけられたままじゃ黙ってられないよ」
ネーアは力強くそう言うと、ひたすらに北口へ向けて走るスピードを上げていく。
メリィも必死にそれを追う。
首都アルフは港がある南を除いた東西北に各一つずつ大扉が設けられており、必ず検問が行われている。例え時の勇者といえどそれを無視して飛び越えていく様なマネはしないだろうと信じて、2人は必死にアレルを追っていった。
そして
「……――いた!!」
北門の前には、意外としっかり検問を受けているアレルの姿があった。
しかしその表情には明らかに焦りと苛立ちが色濃く表れている。
アレルはその大門が開けられた瞬間飛び出すように走って町を出ていき、ネーア達も大急ぎで後に続き、大門をくぐった。
===アレルが町を出てから10分===
「…………」
アレルは右手に手配書を握り締め、ひたすら北へ走っている。
どうしてこんなに焦り急ぎ、ウソをついてまで1人で行こうとしているのかは自分でもわからない。
そんな気持ち悪さが、アレルを最高潮に苛立たせていた。
「――アレルー!!!」
「ッッ!!!!」
そんなところに、聞きたくもない声がアレルの耳につく。
どうしてだ?どうしてここまでイラつくのか。
無視していけばいいその声にどうしても反応し、足を止めてしまう。
そして振り向いたアレルは、追いついてきたその女――ネーアに向かって罵声でも浴びせてやろうかと口を開ける……しかし
「帰れ!!」
「嫌だ」
本来言おうとしたことは全く別の言葉が、アレルの口から自然と漏れた。
が、その言葉もむなしく、ネーアは切り捨てるように否定する。
ネーアは眉を顰め、真剣な目をアレルに向けて言った。
「また、その顔だ」
「ア?」
「ボクはネコ科の人獣だからね。夜でもアレルの顔、よく見えるよ」
「何が言いてエ!!ハッキリしろ!!」
額に血管を浮き上がらせてアレルが叫ぶ。
するとネーアは自身の腰……短剣の柄を持ち、それを引き抜くと、そのままアレルへ刃の切っ先をを突きつけた。
丁度そこで追いついてきたメリィは、ネーアが短剣を抜いているのを見て驚愕する。
「ネ、ネーア!?どうなってるさ!?」
「ごめん。メリィはそこで見てて――アレル、剣を抜いて」
「アァ!?だからなンだってンだ!?」
意味が解らない。アレルはそう言わんばかりに怒りを言葉に乗せる。
ネーアはアレルが握りしめてクシャクシャになった手配書に一瞬視線を落とし、口を開いた。
「お前はボクのことを弱っちィヤツだって言った。頭ごなしに、そんな〝辛そうな顔〟で!!」
「―――ッ!!」
アレルは、その言葉を受けて自身の表情筋がどうなっているのかを改めて確認する。
苛々の反面、その表情はとても悲しく、子を置いて死地に赴く父親の様な表情になっていた。
「アレル、剣を抜いて――決闘しよう」
その申し出をするネーアに対して、アレルは歯を食いしばりながら言い捨てた。
「……ッだらねェ……付き合ってられッかヨ」
そして剣を抜くことなく、振り返って北へと歩き出す。
―――が、一歩を踏み出したところに一閃、アレルの右頬に一筋の切り傷が刻まれた。
アレルはすぐ右後ろまで迫っていたネーアの右腕を掴み、強く握りしめる。
その痛みに「痛ッ」と顔をしかめるネーアを横目でにらみつけ、殺気をあらわにして口を開いた。
「ッぜエな‥‥‥そンなに死にたきゃァ望み通り殺してやらァ!!」
「―――!!」
アレルの殺気の勢いに気おされ、ネーアは一旦距離を取った。
そして彼が剣を抜いたのを確認すると、改めて短剣を前に構え相対する。
直後、月明かりが照らす平原に、大きな金属音が鳴り響いた。
つづく




