33話 『約束された夜』
===[レイファル平原]ミネルバの町から西に約40km地点===
「ここらで休憩だ。いったん降りてくれ」
御者が馬を止め、客席のネーア達に言った。
辺りはすっかり夜……丁度夕飯時を過ぎたくらいの時間だろうか。
この先は森になっているため、この場で一夜を過ごすことになった。
「ところで、こんなこと聞くのは野暮かもしれんが……嬢ちゃんたちはどうして西に?」
御者は淹れてきた茶をネーアとメリィに渡して言った。
「えっと、アルフェトラ精霊国までお薬を買いに……」
「アルフェトラ!?………そ、そうか君ら亜人だもんな。あそこにわざわざ出向いてってことはエルクシルかい?よかったら帰りもうちの馬車使ってさ、土産話聞かせてくれよ!」
ごく一般的な人間である御者は、お宝でも手に入れたかの如く目を光らせている。
ネーアの知るエリクサーやエリクシールと言った万能薬と言えば、ゲームの中盤~終盤やらで手に入る高級品、はたまた神話における不老不死の薬であったりするが、どうやらこの世界におけるエルクシルなる万能薬も、それと同等の価値があるらしい。
まあ、大陸外に持ち出せないほどのものだ。それも当たり前であるのだが。
「は、はい。それは構いませんけど……顔、近いです」
興味津々に話を持ち掛ける御者は、鼻息を肌で感じれるほどネーアに近寄ってがっついていた。
「ああ、すまない今はなれでゅふん!」
「で、デーアびどいよざ……」
あまりに鼻息を荒くしていたもので、御者がいいきる前に、メリィを掴み御者との間にサッと挟みこむ。
結果御者は途中で変な声が出て、メリィは御者の汗をかいた額に厚いキスをすることになった。
この間わずか0,3秒。
「……と、それよりもだ。食器持ってきてなかったな、取ってくるからもうちょっと待っててくれ」
今ネーアとメリィの前には、たき火の上でぐつぐつとスープが煮えている。
しかし肝心の食器が手元になく、ただただじっと、そのコンソメ色の液体を眺めることしかできない。
そして10分。ぐうぐうとお腹の音が漏れ始めた頃、御者が戻ってきた。
「遅くなって済まない。どこに入れておいたかド忘れしてしまってな」
「いえ―そんな……??」
「御者さん、なにももってないさ?ボケちゃったさ?」
戻ってきた御者の手には、メリィが言う通りなにもなかった。
一つ違いがあるとすれば、食器の代わりに一振りの剣が腰にさげられている。
「いやァ、そろそろかと思ってね?」
「そろそろ……?――――」
御者の言葉の後すぐに、頭が重くなるのを感じる。
次第に体の自由が利かなくなりはじめ、ネーアはその場に倒れてしまった。
同じく飛んでいたメリィも、ふらふらとしてから地面に倒れ意識を失ってしまう。
「こ…これ……は!?」
「なーに心配するな、そのうち動けるようになるさ」
御者はそう言いながら、倒れたネーアの腰に付けられたポーチをあさる。
「なんで…いつから……!?」
抵抗しようにも体の自由が利かない。
ならせめて相手の情報を引き出そうと、浮かれ気味の御者に問いかける。
御者―――もとい夜盗の男は顔にかぶった皮を脱いで口を開いた。
「ついさっき、茶もってきたとこだよ。安心しな?ホンモンなら馬の裏で気持ちよく寝てっからよ!オレぁ〝あの人〟に言われてアンタら待ち伏せてただけだからな……それよりエルクシル買いに行くってんだ!嬢さん金もってんだろォ?こいつはいい仕事引き受けたぜ へへッ」
ポーチから取り出した金を全部自身のポケットへ突っ込むと、立ち上がって指をパチンと鳴らした。
すると、どこからともなく共謀者とみられる2人の男が姿を現した。
素顔を出したとげ頭の男は、2人にネーアとメリィの腕を持ち上げさせると、ネーアの顔によってニヤケ面を晒している。
「よく見りゃ中々の上モンじゃねえか譲さん。このまま売り飛ばすか一発ヤっちまうのも悪くねェ……ケケケケッ!!」
「お頭ア、ズルいっすよー俺等にもやらせてくださいよ!」
「ッ―――!!」
ネーアの動かない体が萎縮する。
このままでは西に……ましてや元の世界に帰ることすら叶わなくなる。
「わーってるわーってる慌てんなって……さーてどっちがいいかなお譲さん。オレらと気持ち―コトするかこのまま眠りにつくか……時間はまだまだあるからゆーーっくり選びな?ケケケケッ」
「―――――!!!」
どうにかしてこの場を切り抜けなくては!
幸いとげ頭とその仲間らしき2人は油断しきっている。
両腕は、背後のデブ男に片手で掴まれて宙吊り状態。
しかしどこか少しでも動くところはないか、体中を必死に模索する。
耳――は動いても仕方ない
首――反応なし
肩――反応なし
腕――掴まれてる
手――微動、動くに値するほどではない。
腰――反応なし
脚――反応なし
足――手と同じ
メリィと違い意識はそれなりにはっきりしている。が、それだけに今置かれている状況が鮮明にわかってしまって仕方がない。
終わった―――恐怖よりも先にそんな諦めの言葉が脳裏をよぎる。
―――ピクッ
「!!」
身体の力を抜いたその時、以前はなかった、まだ使い慣れていない部分が動くのを感じた。
尻尾――正常
しかしどうする?
尻尾は明確に自分で動かしたのがメフィル城での一回きり。
それなりに凡庸性はあるがそこまで力が強くはない。
「……そこなら、届く…か?」
「ん?なんだお嬢さん?命乞いか?よく聞き取れなかったぜ」
とげ頭は相変わらず油断しきっている。
この状況を切り抜けるにはどうにかして3人を倒さなければならない。
……絶望的だ。尻尾をいかに振り回そうとも、身体の自由が利かなければまともに戦うことすらできない。
―――が、やるしかない。やるしかないなら…
「賭ける、しか…ない」
後ろのデブ男にも気が付かれないようにそっと、そっと尻尾を上に持っていく。
同時に目の前のとげ頭はネーアの体をジロジロと舐めまわすように見る。
一度堕ちかけはしたが、中身は健全な男子なネーアにとって屈辱でしかないその視線に耐えつつ、ゆっくりと、ただゆっくりと尻尾にのみ意識を集中する。
―――そして
「うん、やっぱここで頂いてから売っ払おう!」
「―――――ッッ!!!!」
とげ頭がネーアの服に手をかけようと動かす――と同時に、デブ男の片手……ネーアの腕をつかんでいた右手が宙を舞った。
とげ頭の目の前を飛んだ手が通過し、地に落ちる。
同じくして再び地に倒れたネーアの尻尾には、一匕の短剣が握られていた。
「オ……え˝…?お……俺の手??・‥‥お、おわああああああああ!!」
斬られたことに気が付かなかったデブ男は、自身の手が無くなってしまったことに少し経ってから気が付く。
そして遅れてきた痛覚と共に悲鳴を上げ、その場に腰を抜かしてしまった。
「て、てめえ!!なにしやがった!?」
とげ頭が剣を抜き、少しばかり焦りの表情を見せる。
同じくしてネーアの顔にも焦りと不安の表情が浮かび上がり、突きつけられた剣をじっと見つめる。
「さて……これからどうするかなあ……」
2対1、しかもネーアは尻尾しか動かないという大幅なハンデ付き。
自然と尻尾に力が入る。
―――すると、短剣にはめ込まれた小さな宝石が微かに輝きを放ち始めた。
つづく
3章は前書きあとがきあっさりめです(`・ω・´)ゞ




