32話 『西へ』
===[ミネルバの町] 神殿===
「こんにちはー」
「こんにちさー」
ある天気のいい日の昼過ぎ。
ネーアとメリィは神官に呼び出されて神殿まで赴いていた。
「よく来たの。こっちじゃ、ついてきなさい」
2人は言われるがままに神官の小さな背中について行く。
前回神殿を訪れた時はその建築様式にばかり目が行ってしまったが、漢字の『中』のような形をしているこの神殿の内部、意外と入り組んだ形をしている。
が、中心にある聖女像は神殿内のどこからでも見えるような形になっていて、壁ではなく特徴的的な石造りの柱が群を連ねている。
そんな聖女像を眺めながらしばらく入り組んだ神殿内を歩いていくと、最奥……神官が使用しているらしき部屋までたどり着いた。
神官はそのまま鍵のかけられた部屋を開錠し、中に案内する。
「し……神官さん?」
カギを閉めて部屋を密閉すると、神官はその険しい表情をネーアに向けた。
「ネーアよ、わしの杖を持つのじゃ」
「え……?あ、はい」
ネーアは神官が差し出した杖を受け取る。
すると杖に備えられた宝玉が光り、竜雲が姿を現した。
竜雲はネーアの周りをくるくると飛び回る。
しばらくそうした後、最後にネーアの目の前で何やら首をかしげて神官の隣に飛んだ。
「―――……」
その神官は、じっと、深刻な問題を目の当たりにしているかのようにネーアの顔を睨みつけている。
そしてコクコクと竜雲の方を向き頷くと口を開いた。
「ネーア、やはりおぬし……〝聞こえとらんな〟」
「え?…聞こえないって……何が、ですか?」
「ネーア、耳遠くなっちゃったさ!?」
えらいこっちゃと目を丸くするメリィに対し、じっと聞いている竜雲の顔は、どこか寂しそうであった。
「そうじゃないわい……竜雲は今おぬしの周りをまわりながらこう言っておったぞ。『大変だったみたいだな、大丈夫か、どこか悪くないか』とな……まあ、これは要約じゃが。その様子じゃと、あのスライムの声も聞こえんのじゃないかの」
「そ…それは大変さーー!!!」
「――――ッ!…」
何故?どうして?―――いつから!?
ネーア自身、最近スマが何も言わないと思ってはいた。
その割にはスマはずっと不機嫌で、最近は頭の上に乗ってくることも少なくなっていた。
今日も家に置いてきてそのままなのだ。
「で、でもボク……何もしてないですよ!?なのになんでこんな…」
「安心せい。理由はわかっておる」
ネーアの疑問に即答で神官が述べると、パチンと指を鳴らし一つの紙切れが現れる。
その紙切れをネーアに見せ、神官は言った。
「こやつの名は《レルレ》。魔王が治める国〝デルスタン〟の魔人兵長だった女じゃ」
その紙に描かれた肖像は、とても優しい目をしたセミロングヘアの女性であった。
肖像の上には指名手配の意を示す単語、そして下には100,000,000Eという懸賞金。
「いちおッ……!?」
「1億エトナさーー!?」
「こ、この人とボクに何の関係があるって言うんですか!?」
先ほどから的外れなリアクションをするメリィに冷や汗をかきながら、神官は咳払いのあとに話を続ける。
「4世のヤツがわざわざわしだけに教えたのじゃ。穴倉でおぬしと同じ容姿の女が現れたことは言ったな?……それはこやつの能力の一つ。そしてどういうわけかはわからぬが、おぬしから〝魔物と話す力〟を封じた」
神官は改めて手配書をネーアに渡し、その手を長く伸びたヒゲに持っていった。
「そ、それじゃあボクはどうしたら……?こんな人倒すなんてとても……」
「ウム。倒すのはまだ無理じゃ……そこで、ここミネルバよりはるか西の大陸に《アルフェトラ》というエルフ族が治める国がある。そこに伝わる〝霊薬エルクシル〟を手に入れるのじゃ。その薬は万病に効き呪いや封印術の類にも効果があるという。その品質が故現地でしか入手できぬが、そこでなら少数は市販されておるとも聞く……どうかね」
エルフの国。
ああそそる、そそりますとも。ファンタジーの定番ですもの―――しかし、昔からエルフというのは人が嫌いとか、そう言うイメージが固まっている…そんな懸念がネーアの頭を駆ける。
「えっと、そのー…その国は、なんていうか……よそ者とか、その‥‥」
「ん?なんじゃ、はっきりせい」
「何か不安さ?」
「エルフと言うとボクの故郷では人間嫌いなイメージがありまして……」
その一言に神官はキョトンとしてしまう。
竜雲とメリィはあからさまに笑っている。
いい加減メリィを殴りたくなるのを抑えているところに、神官はその杖でネーアを指して口を開いた。
「確かにエルフは人間の匂いが苦手と聞く……しかしおぬし、人獣族じゃろう?亜人属は別じゃ。むしろ亜人属の観光スポットとしても有名なくらいじゃぞ?アルフェトラは」
「そ…そうなんですか!?」
たしかに言われていれば今は人間ではない。
いらぬ心配に少し恥ずかしさを感じながら、ネーアは一つの不安を口にする。
「と……いうことは今回はメルオンさんは………」
「ウム。すまぬが今回はメリィとおぬしの二人で行ってもらうことになるじゃろう。大変じゃろうがそんなに大した用事にはならんと思う…大丈夫かの」
「オイラにお任せさ!絶対ネーアは治るのさ!!」
「は‥‥はい!大丈夫、です!たぶん」
正直かなり不安だが、この程度の不安はもう慣れっこだ。
自分にそう言い聞かせてネーアは神官に言葉を返した。
すると神官は微笑を浮かべて頷くと、背後の扉の鍵を開いた。
「よろしい。すまんかったの、この話はレルレのやつのこともあって他に聞かれるわけにはいかんかったんじゃ……メリィ。特におぬし、メルオン以外に口外するでないぞ?」
「わ…わかってるさ!オイラ、これでも口は堅い方さ!!」
「ほ、ほんとにぃ…?」
ネーアは、眼を細くして疑いの視線をメリィに送る。
しかし今回の件に関してはメリィに比はない。
立場上ついてきてもらうしかないので、文句は言わないことにする。
2人はそのまま神殿をでて、すぐに準備をする為に帰路についた。
===[ミネルバの町]翌日 停留所===
事情をメルオンに話したネーア達は、停留所で馬車を待っている。
まずは西に約100km。1日かけて港まで行かなければならない。
メルオンは他に仕事ができたらしく、話を聞いた後すぐに町を出て行った。
「エルフの国かあ……いよいよファンタジーらしくなってきたなぁ」
「オイラも西に行くのは初めてさー、ご主人にいっぱいお土産買って帰るさ!」
「そうだね、神官さんもゆっくりしてきなって運賃と余分にくれたし、ちょっと観光してこようか」
「賛成さー!!」
2人がワイワイとそんな会話をしていると、遠くから馬の足音が聞こえてきた。
程なくして停留所に到着すると、御者が下りてきて2人の元へ駆け寄る。
「あんたらだね。〝エートス港〟まで2人で7万だ!運賃は先払いで頼むよ!」
ネーアは神官から預かった運賃を支払い、ギルド通いの1週間で癖になってしまった笑顔を見せる。
その笑顔に一瞬御者が頬を赤くして固まってしまうが、すぐに御者台に戻って口を開いた。
「よ‥‥よし、乗りな!嬢ちゃんの笑顔にこたえられるように、全速力かつ最高の乗り心地でお送りするぜ!!」
こうしてネーアはメリィと2人西へ発った。
目指すはエルフの国、アルフェトラ精霊国。
そこではじまる、一つの希望と絶望の幕開けへと―――。
つづく




