番外編 『勇者様は機嫌が悪い』
===魔王とバタシを連行した後―――お昼過ぎ===
「ふあーーあ………ア?」
アレルが目を覚ますと、全く知らない場所にいた。
辺りは暗く、天井は1m程度。両手を伸ばせるほどの横幅もなく、縦も身長170cm弱のアレルがなんとか収まる程度の長さ。
「ム?今起きたような声がしたの」
そして壁の向こうからすごく嫌いな人物を連想させる声。
その数秒後、バタンという大きな物音とともにアレルの左から突如として光が入り込んでくる。
いきなり入ってきたその光に目を細めると、今度は左手を何者かに引っ張られてそのままそちらへ倒れ込んだ。
「ってェ………ンだよ一体……」
「なんじゃ寝ぼけておるのか?ならば一発‥‥‥」
ゴツンッ!!
「いッてえええ!!!」
小さな少女の手から放たれたげんこつとは思えない鈍痛とともに、アレルは悲鳴を上げる。
そしてそこで、改めて自分がどこにいるのかという疑問が沸き上がった。
見えるようになった目で自身がいる場所を見てみると―――それは明らかに冒険者ギルドのカウンタ―裏……事務所であった。
が、カウンターのシャッターはすべて閉められており人気はない。
「起きたようだの?」
そしてさっきから勇者様であるアレルを粗末に扱う鈴の音のような声の主……ギルドマスターのミイルは何事もなかったかのように話を進める。
「起きたら今日も雑用じゃぞ?ギルドは今日休みじゃが、雑用の仕事はたっぷりあるでな。たっぷりと♡」
まるで悪魔のような笑みを浮かべながら、その少女は小さな手でアレルに掃除用具を押し付ける。
「ア!?っざけンな!!オレぁもうこんなトコゴメンだっつうの!!!」
逃げるようにしてカウンター出入り口に走り出すアレル。
が、すぐに見えない壁にぶつかってその場に倒れ込んでしまう。
「《空域》――視界任意の場所に空気の膜や塊を作る。空を削って小さい空間を作ることも可能――妾の魔法じゃ。便利じゃろう?さっきまで寝とったおんしの寝床も、この魔法でつくったんじゃぞ?」
「アぁ・・・・?」
気になってさっきまで自分が寝ていた方を見る。
そこには何か空気の窓のようなものが浮いており、横開きになっているソレの奥は真っ黒な空間になっているようだった。
「そいや、オレなンでこんなトコに……」
「ぬっふっふー……気になるか?おお?」
アレルに掃除用具を押し付けながら、ミイルがぐいぐい顔を寄せる。
やる気のなさそうなジト目をキラキラとさせて押し寄ってくるミイルに、アレルは苛立ちを通り越してため息をこぼす。
そして押し付けられている掃除用具を手に取って言い捨てた。
「アーもう!!やりゃイイんだろやりゃあ!!!」
「んむんむご苦労♪そいじゃあ、やりながらでいいからの。ちゃんと聞いておれよ」
アレルが鬼のような形相で手を動かし始めると同時に、ミイルは上機嫌で数時間前の出来事を語り始めた。
===早朝 メフィル城門===
「朝早くからご苦労様です勇者様。確かに、身柄をお受けしました」
「んー……じゃー頼ンだわー」
バタシ達の身柄を番兵に引き渡したアレルは、敬礼する番兵に背中を向け手を振る。
夜が明けたとはいえ早朝も早朝。どうにかして寝床を確保したいアレルは、そのまま城下町をフラフラと千鳥足でさまよう。
「あーネミ……どっか……どっか寝れるトコ…」
段々と意識も朦朧として限界も感じるも、だだっ広い城下町……中でも城がある北町は宿が少なく、そのうえどこも常時満室ということで全然見つからない。
大都市の道端で寝るわけにもいなく、ひたすらフラフラと、眠気に負けて倒れるのを待つような状況が小一時間続いた。
しかし城からひたすら南に2km。ゆっくりゆっくりと歩いてきたころ……アレルは小石に躓くと同時に前倒しになり、動かなくなった。
「全く、どこへ行くのかと思えばこんな道の……しかも大通りの真ん中でぶっ倒れおるとは……」
朝の散歩中にアレルを見かけてずっと後をつけてきたミイルは、いてもたってもいられずアレルの元へ駆け寄りそうつぶやく。
そのまま魔法を使って自分より図体の大きいアレルを持ち上げると、うつ伏せになってて見えなかったその口が開いた。
「………ネー…ア……」
「む」
自分の雑用係から漏れたギルドで大人気の女の子の名前。
少しばかり不快に感じたミイルは、彼を空気の球体で上下からプレスする形にしてギルドへ連れ帰った。
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「―――というわけじゃ」
「オイ待て、最後のはなンだ」
アレルはモップを持つ手を止め、威圧的に少女へその言葉を放つ。
「手を動かさんか。妾はウソなどついておらんぞ?」
「そういうこと言ってンじゃねエ!なンでオレがあのクソアマの名前出スってンだヨ!!!」
ぶんぶんとモップを振り回すアレル。
ミイルはこのままでは仕事にならないとため息をもらす。
アレルの足元まで歩み寄ってモップを取りあげると、その柄を彼に向けて口を開けた。
「おんし、あの娘のこと好きなんじゃろ?」
「はッ……」
ミイルが言った直後、アレルの顔が見るからに赤く染まる。
その顔は、さながら返り血を浴びた鬼のように恐ろしい形相になっていた。
「はァ!?なッ……なンでオレがあンな弱っちィ女に惚れるってンだ!?王サマに護衛しろッて言われただけだ!!勘違いすンじゃねェヨ!!!」
顔と顔をほぼゼロ距離まで寄せてミイルにそう言う。
そのミイルは鬼のような勇者の顔を見ると、臆するどころか、笑いをこらえられず吹き出してしまった。
腹を抱え笑い声をあげると同時に、その鬼顔のほっぺたにビンタを加えてやる。
「ッてエ!!てめえこのクソババ……」
「ふっはハハハハハ!!は!はは!腹が痛いわい!!あー……その反応見たらだれだってわかるぞ!!ははッ‥‥‥はー腹いた……」
「こんンンの……」
アレルは鬼のような形相からさらさにしわを増やして拳を強く握る。
我慢ならずにそのままミイルに向けて殴りかかるが、案の定空域によるバリアで弾かれてしまった。
「何をムキになっておる。異性に恋をすることなど、何も恥ずかしいことではあるまいて♡相手が亜人であろうと、法に問題はないぞ?んん?」
「だからちげエっつってンだろ!!」
顔を赤くしながらもかたくなに否定するアレルを見て再び笑いがこみあげてくるミイル。
短気なヤツほど弄り甲斐があるというものだが、らちが明かなさそうなのでこれ以上は我慢しておくことにする。
「わかったわかった。その様子じゃ仕事も手に着かんじゃろ……もういいからちっとまっとれ」
ミイルはそう言い残して、横長い長方形の事務所奥……自分の机へ向かう。
そこでなにやらごそごそとモノを漁ると、アレルの元へ戻ってその右拳を差し出した。
「……ンだよ一体」
「いいから受け取りんさい」
そう言って無理やりアレルの左手に押し付けると、その左拳の中から黄色の光があふれだす。
アレルが手を開くと、そこには手のひらサイズの宝石が一つ。
輝きを放つその宝石は綺麗な楕円形をしており、中には小さなタネのようなものが埋め込まれている。
「……!。こりゃあ…ババア!コレをどこで」
それを訪ねようとミイルの顔を見ると、彼女はムスッとしてじっとアレルを見つめていた。
「ババアなのは認めるがのう?あんまりババアババア言うんじゃないわ。流石に傷ついてくるんじゃい!!」
そう言うと、ミイルは力いっぱいアレルの弁慶の泣き所めがけて拳を繰り出す。
「ッてエ!!」
すぐさま反撃しようとするアレルだが、間髪入れる前にミイルが口を開いた。
「妾の家宝みたいなもんじゃ。あの娘に渡してやるといい」
「家宝だア?ツッたッてコレは……て、なンでアイツにやらなきゃいけねエんだよ!!!冗談じゃねえ」
アレルは宝石をズボンのポケットに突っ込んでプイッとそっぽを向く。
その顔は、微かにだが照れているようにも見えた。
ミイルはバレないようにクスクスとしてから、アレルにもう一つ封筒を差し出した。
「それとは別に、こいつは1週間分の駄賃じゃよ。それ渡すんが嫌ならこいつでなんか買ってやんな?」
「だからなンでもカンでもそこに結び付けンじゃねェよ!!!…調子狂うッての……たく」
先ほどよりもさらに照れを隠しながら封筒をぶんどる。
あからさまにニヤニヤしているミイルにかなりの苛立ちを感じながらも、攻撃しても意味がないのはいい加減分かっているので、一言だけ残して出ていくことにする。
「ンだ……その………じゃあな」
「なンじゃあ~素直じゃないのう♡」
「―――ッッッ!!!!」
最後までニヤニヤしてそう答えるミイルにやっぱり耐えきれず、一発だけお見舞いしてさっさとギルドの外へと走っていく。
最後まで癪に障るババアだと思いながらも、なぜかそこまで悪い感じはしなかった。
ギルドを出てひたすら大通りを南に走る。
そして数分ほど全力疾走したところで、ある店が目に留まった。
「!………ここは…」
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――そして翌日。関係者での謁見。
(……いつ渡せッてンだよッたくヨオ…)
アレルはそんなことばかり思っていた。
昨日偶然目に留まったアクセサリーショップ。そこで宝石をネックレスにしてもらったのだ。
結構いい感じに装飾を施されていてアレル自身も気に入っているのだが、そのことが気になりすぎて目の前でされている話が全く頭に入らない。
冥界の霧とか言うなんかスゴそーなモンを扱ってる。
そのくらいしか頭に入ってこなかった。
そしてなにやら話が終わったと思ったら、ルーダス王とネーアが握手しようとしている。
「ッ……」
なぜか無償に腹が立った。
そしてそこにメルオンが割って入ると、何やら言い出してから和解したようなそぶりを見せ、とうとう二人が握手をする。
それがなかなかいい笑顔で、何故だか知らないが本当に腹が立った。
いつまでもこの光景を見ていたら柱の一つでも破壊しかねない。
「‥‥オレ帰る」
そう一言だけ言い残し、アレルは王座の間を出ていくことにした。
直後にルーダスが止めた気がするが気にしない。
一体何なんだこの気分は!胸糞悪い!!
アレルの中には、そんな不快な感情と、胸が締め付けられるような気持ち悪さだけが頭の中を這いずりまわっていた。
「結局渡せなかッたな」
王座の間を出て、左手に握ったネックレスを見ながらそう呟く。
―――そして直後、顔を真っ赤にしてネックレスを投げ捨てて言い放った。
「ッッじゃねエだろ!!なンであのババアの思うまま動いてる!あーもうホンッッット胸糞わりイ!!!」
「――――……」
しばらく沈黙したあと、そそくさとネックレスを拾ってポケットの中に突っ込む。
「チッ……」
一回だけ、嫉妬にも似た舌打ちをして、アレルは城の外へと向かっていく。
別に好きなわけじゃない。
〝ウマそうな匂い〟がする。アレルにとってネーアとは、ただそれだけなのだ。
しかし彼は、まだその匂いの正体を知ることはない。
彼がそのネックレスを渡せるのも、もう少し先のお話。
おわり




