31話 『馬車に揺られて』★
―前回までのあらすじ―
かえる
===[グレン荒野]夕方===
城を後にしたネーア達は、どうにか馬車を確保して荒野を行く。
向かい合うように4人乗りになっているその馬車は急いで探した割には引きがよかったようで、なかなか快適な乗り心地であった。
「……結構大変だったな」
ため息混じりにメルオンが言う。
窓にうっすら写る自身と荒野の代わり映えがない景色を眺めながら……その一言が、この一週間での素直な感想だった。
「そうさー……でも、一番大変だったのはネーアさ。……オイラたちなんて比にならないくらい大変だったはずさ」
「そうだな。嬢ちゃんに比べたら、オレらの疲労なんてないも同然だ……」
向かい側で1人、静かに眠ているネーアを見ながらメルオンとメリィはそんな会話をする。
ネーアはたまにその耳をぴくぴくとさせたり、尻尾をゆらゆらとさせたり、窓辺のスマとともにとても気持ちよさそうに眠っている。
あまりの無防備さに少し不安になりもするが、ようやくゆっくり羽が伸ばせているとなれば仕方がない。
「なあメリィ。帰ったら嬢ちゃんの歓迎会でもやらねえか」
「んふお!?ご主人、いきなりどうしたさ!」
驚きのあまりおかしな声が出てしまったメリィ。
メルオンは目の前に寝ているネーアの頭を擦りながら口を開く。
「譲ちゃんがただいまを言うのはウチじゃない……でもよ、ちゃんと自分ち帰るまではウチに帰ってくるんだ。そこがいつまでも〝お邪魔します〟じゃ、休むにもちゃんと休めねえ。だからよ、帰るまでの間、ちゃんと家族として迎えてやりてえんだ」
「家族かー、そしたらネーアはオイラの妹さ!」
メリィが自慢げに胸を張る。
メルオンはそれを見て苦笑いで返してやった。
「ペットの妹か?面白い家族構成だなそりゃ」
視線をネーアの寝顔に戻して、苦笑いを子を見守る親の顔に変える。
そのまま馬車の低い天井を仰ぎながら、そっと語り掛けるように言った。
「ちゃんと迎え入れてやる。そしたらここに居てもいいんだって、もっとオレらを頼っていいんだぜって言うのも……ちったあわかってくれんだろうよ」
「………だといいさ…オイラも頑張るさ!」
「あんまり大きい声出すんじゃねえよ。起きちまうだろ?……だが、決まりだな」
「合点あいさーっ」
メルオンとメリィは拳を合わせて合意の意を示す。
2人が目と目を合わせてニッと笑顔を見せあったとき――
「メルオンさん………メリィ……ありがとう……ボク…むにゃむにゃ」
ネーアの口からそんな寝言が漏れる。
2人は驚いてその綺麗な寝顔を凝視してしまうが、また笑顔に戻って見合う。
今度は男同士で見せるいたずらな笑顔ではない。
心から大事なものに向ける、そんな決意と愛情が詰まった笑顔で。
====数時間後====
「……――ふあぁ……」
ネーアが目を覚ますと、外は真っ暗・・・・荒野の真ん中で月明り以外に灯りになるようなものはなく、窓から見た星空はとても綺麗に輝いていた。
「………すごい……綺麗な空―――ねえ、メルオンさ……」
前に座る大男に声をかけようとするが、最後の1音を発音する前に言葉を止める。
メルオンは窓辺に寄りかかって、メリィはメルオンの膝の上で。
2人とも何かやり切ったようないい顔で眠りについていた。
「そうだよね……2人とも疲れてるはずだもんね。この数日のボクなんかよりもずっと、気を使って……メルオンさんにはこれ以上迷惑かけないように、もっとしっかりしないと。な、スマ」
聞いているかわからないそのスライムを撫でながら、自身の決意を改めて口に出す。
最初は精神が壊れかけた。
その次は心がポッキリと持っていかれた。
もとの世界に帰るためには、何より自分自身がしっかりしなければならない。
メリィは自分なりに責任を取ろうと動いてくれるようになっている。
あとは自分自身の心を、ちゃんと保たなければならない。
こればかりは自分で何とかしなければいけないのだと、澄んだ星空を見据えながらネーアは自分に言い聞かせる。
―――と、足元に何やら違和感があるのに気が付く。
「ん………?あれ、こんなの乗り込んだ時にあったっけかな」
3人の足元……約1畳弱の狭い床には何枚か紙が落ちていた。
ネーアはそれらを拾い上げて空いている隣の席に置く。
そのついでに御者から毛布を貸し受け、メリィを覆ってしまわないようにメルオンの膝の上にかけた。
「よっと。これでよし―――ん」
毛布を掛けたときのわずかな風がそうさせたのか、隣に置いた紙の1枚が少しずれて、2枚目に書かれている文字が少しはみ出る。
ネーアは少し気になってその1枚を抜いて、内容を見てみる。
そこには、ネーア・ラウルスティン歓迎会という大きな文字と、下にプログラムのように書かれた数項目の見出しが書いてあった。
「これは……メルオン……さん?」
これ以上は手を出さない方がいい気がしたが、残りの紙2枚にも手を出してみる。
その2枚は各々メリィとメルオンからの手紙になっており、メリィの手紙には長々と召喚に関する謝罪文と、出来ることなら何でもするという意の言葉。
メルオンの手紙には、改めて家に歓迎するということと、もう家族なんだから遠慮はするなという意のこもった文章が綴られていた。
「―――――……」
2人とも、遠慮なく頼ってくれという意の内容だった。
そして全てを読み終わった後、いつの間にかネーアの頬には一筋の雫が伝っていた。
「―――………グスン」
鼻をすすって、泣いているのをごまかす。
早く帰りたい。
それはこの世界に来た時からずっと思っていたことだ。
しかし同時に、自分はこの世界に居てはいけないとも思っていた。
自分がいたら迷惑がかかると、だから一刻も早く帰らなければならないと。
だからこそ、この世界に居場所をくれたその手紙は、ネーアの心に響いてしまった。
帰るまではここに居てもいいんだと、もっと頼ってしまってもいいんだと。
せっかく決意を固めたのに、その意思が揺らいでしまう。
「これじゃ……また、帰りたくなくなっちゃいますよ……」
ネーアは、顔と一緒に2枚の紙もくしゃくしゃにして、それで顔を覆い隠す。
2人を起こさないよう、必死に、声を出さないように。
「……ありがとう…………」
声にならない声で、精一杯のお礼を込めて。
満天の星空の下、3人と1匹を乗せた馬車はひた走る。
もう一つの、帰る場所へと揺られていく。
第2章 災禍の渦と勇者の伝承 完
第3章につづく