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召喚されといてなんだけどおうち帰りたい  作者: かんむり
第2章 災禍の渦と勇者の伝承
28/80

27話 『〝ただいま〟を言うところ』★


『なー○○。なんかお前、最近静かだよな』


 見慣れた……今はもう懐かくなりつつもある通学路の路地。

 短髪眼鏡の少年――谷田が顔にモヤがかかった少年にそう言った。

 その様子から見て登校中だろうか、少し後ろを行く成瀬は少し元気がない。彼は登校中が一番憂鬱なのだとかいつだか言っていた。


『ん……そうかな?いつも通りだけど』


『谷田ー、考えすぎだろー……はぁーもう!早く放課後カモーーーン!!』


 谷田の言葉にその少年と成瀬が答える。

 谷田は少し立ち止まって少年の顔をのぞき込むと、少し悩まし気な表情ををして口を開いた。


『お前さ、もしかして最近―――――』


 =========


 ここまでで、私の頭の中に流れてきた映像がプツリと途切れた。

 記憶にないやり取り……ただ覚えていないのか、管理者に奪われたのか……はたまた本当に知らないのかは分からない。

 でもいい加減あのモヤがかかった少年が私なのはわかった。


(なんで、今更、こんな………)


 今となってはどうでもいい光景。

 二度と見ることはないだろう光景。

 ――もう、見るのを諦めた景色。


 そう、諦めたのだ。元の世界に帰ることは。

 願いがなんだ、世界の果てがなんだ、もう私には関係ない。


 この世界で生きていくんだ。

 それなりに楽しいこの世界で、それなりに名を上げて、できればそのうち結婚して、子宝にも恵まれて…………幸せになれれば私はもうそれでいいんだ。


 もう嫌なんだ。

 苦しい思いをするのがじゃない、そんなことは生きていれば必ずあることだから仕方がない。

 先が見えない戦いを、先に絶望が待っているような戦いを避けて何が悪い?

 分かってくれだなんて思わない。

 私が帰るのを諦めたということは、足元に転がっているスマも帰れないということ。

 褒められることじゃないのは自分が一番よく解ってる。でも仕方ないじゃないか。

 私はただ、普通に生きたいだけなんだ。


「もぅ………ヤダよ……」


 私の口から、そんな悲痛の声が漏れた。

 そのすぐあとに、肩にかかる微量の重さを感じ取る。

 チラっとだけ、涙にぬれた目を後ろへ向けてみると、メルオンが私の肩に手を置いているようだった。

 視界がゆがんでその表情まではよく見えない大男が、微かに口を開く。


「嬢ちゃん……なんて言うか、その」


 ああ、この人は哀れんでいるのか。

 そう思ったとたんに、頭が冷めた気がした。


「グズ。放っといて……ください……もう、いいんです」


 冷静に、しかし咄嗟に出た言葉。

 しばらくすればいつも通りの笑顔になれる。そういう意味の言葉だった。

 ――しかし


「―――――ッ!!!」


 メルオンは肩の手に力を込めて無理やり私を彼の方へ向かせ、そのまま押し倒す。

 彼は何とも言えない表情だった。怒っているような、でもすごく悲しんでいるような。それら感情のすべてを押し殺して、歯を食いしばって私の目を見ていた。

 それから逃げるように、私は合った視線を逸らそうとする。


「目を逸らすな!!!!」


 大きい手が私の顔をメルオンに向ける。

 私はどうにか、その時出来る精一杯の笑顔で彼に言った。


「な……なん、ですか……私なら、大丈夫ですから………」


「大丈夫なわけあるか!!!!!」


 その声にわたしの体は萎縮する。

 その時始めて、私はメルオンが怖いと思った。

 同時に、余計に自分が女になったということを思い知らされた。


「一体あの時、穴倉で何があったって言うんだ!? あの時からだよな!? 嬢ちゃんは変わっちまった!! 急にギルドに入りたいとか言い出して、そんな〝ウソッぱちの笑顔〟振りまいて!!! ギルドの連中たぶらかして!! 本当にどうしちまったんだ!!」


「や……妬いてるんですか?」


 どうにかしてこの状況を脱したかった。

 もういいじゃないか、なんでそんなに突っかかってくるんだ。

 私はもう、その時のことは忘れたいんだ。


「ああそうだな、それもあるかもしれねえ。だがそうじゃないのはわかってるよな!? そんな何かを悟ったような……いや、〝諦めた〟ような顔して何もありませんなんて言わねえよな!!??」


 ああ、何なんだこの人は。

 私を虐めたいのか?

 どうだっていいじゃないか。


「メルオンさんには…………関係、ないじゃないですか……」


「関係ないわけないだろ!!!!!」


 その声に、私は再び萎縮する。

 同時にメルオンは私の顔を持つ手に力を籠めた。

 その彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいるようだった。


「あの時嬢ちゃんに何があったかなんて知らねえ!! でもな! オレは君の保護者だ! 親が子供を心配しねえわけねえだろ!? ・・・怖いんだよ。オレもメリィも、嬢ちゃんに何かあるたびに、どうしようもないくらい心配になっちまうんだよ!!! メリィはオレの比じゃねえ!! あいつはこの数日ずっと、君のことを気にかけてた! ずっとだ!! 夜も眠れずに、自分のせいなんじゃないかって、責任があるんじゃないかってずっと!! 〝今一番辛いのはあいつだ!!〟」


「一番……辛い?」


 メルオンが放った最後の一言が、私の頭の中に幾重も響いてくる。


 誰が、一番辛いって……?

 あの白団子が?


「…………ふざけるな……」


 そもそもあいつが元凶なんだぞ!? それが一番辛いだって!? 笑えない冗談もほどほどにしてくれ!

 そんな気持ちが、さっきまでの恐怖が、全部怒りに代わって増大する。


「いきなりこんな体にされて!! 右も左も分からないのに理不尽な状況押し付けられて!!! そのせいで色々大事なもの奪われて!! 挙句の果てに帰れる保証なんてどこにもなくて!!!」


 止まりかけていた涙が再び溢れ出るように流れる。

 掴まれていた顔を起き上がる勢いで振りほどき、同時にメルオンはのけ反った。

 そしてメルオンの目を至近距離で睨みつける。


「――だったらこのままこっちで生きていくしかないじゃないですか!! 一体私が何をしたっていうんですか!? なんで私がこんな目に会わなきゃいけないんですか!? 助けられるんなら助けてくださいよ!!!!! 私の苦痛が! 苦悩が!! この苦境が!!! メルオンさんに何がわかるって・・・」


「―――――わっかんねえよ!!!!」


 言い終わるのを待たずにメルオンが叫びを上げる。

 うっすらと浮かんでいた涙が一筋の雫となって私の膝上に落ちた。


「嬢ちゃんがどんな状況で! どんな思いして! どんなこと背負ってんのかなんてわかるわけねえだろ!? 大事なモン奪われて!! どこにいるかわかんなくなって!! どうしたらいいかもわかんなくなって!! そんなのわかんねえよ!! 助けられるんなら助けてえさ!!!」


「じゃあ――!!!」


「でもな」


 私が反論しようとしたところで、メルオンがまた口を開く。

 しかしそこにはさっきまでの力強さはなく、彼の目には幾筋にも涙が伝っていた。


「ネーア。君は今、それすらも拒んでんだ。わかんねえならわかんねえなりに、オレたちを頼ってくれよ……!なんだっていい!例え先に絶望が待ってようが、オレたちがついてる。それが支えになるかはわかんねえ。でもよ、諦めたらそこで全部なくなっちまうんだぜ……?今まで積み重ねて来たものも、大事な思いも、嬢ちゃんが奪われた大事なものも、全部なかったことになっちまう」


「でも、私は……」


「〝ただいま〟を言うまでが遠足だ」


「―――!!」


「さっきも言ったけどよ、嬢ちゃんがどんなに苦しいかなんてわかんねえ。でも嬢ちゃんにはちゃんと帰るところがあるだろ?オレん()じゃねえ、ちゃんとした帰る家が」


 私はそこで、彼の胸の中に泣き崩れた。

 メルオンは私を抱き、頭を擦りながら続ける。


「途中で立ち止まっちまってたら、本当に帰る場所が分かんなくなっちまう。何回迷ったっていいじゃねえか。迷って迷って、それでもちゃんと前に進んで。そのたびにオレたちが精一杯支えるからよ……もう一回、目指してみねえか……嬢ちゃんの、本当にただいまを言うべき家に向かってさ」


 立ち止まりたくもなる。

 先が見えない……その大部分は真っ暗な道を行くくらいなら、立ち止まってしまった方が楽だ。

 でも、立ち止まった先が楽でも、楽しいかはわからない。

 さっきみたいに大きなトラウマが押し寄せて、一気に絶望の淵まで落ちることだってある。

 諦めたって幸せは保障してくれない。むしろ逆の方が大きいくらいだ。


 それなら、その小さい、針の穴に糸を通すような希望でも、精一杯頑張ってみよう。


 頑張った結果が暗いのだったら、その時こそは仕方がない。

 今は長い道のりの半分も行っていないんだ。

 先の闇を考えてもそれは可能性であって、同時に光にも変えられる可能性でしかない。

 足を止めたら、そこで全部おしまいだ。


 ―――だったら私……いや、ボク(・・)は……――


挿絵(By みてみん)


 =========


 ひとしきり泣いた。

 メルオンさんたちはずっとそれに付き合ってくれて、気がつけば日が出かかっていた。

 ボクはだしきった涙を吹いて、彼の顔を見る。


「もう、大丈夫そうだな」


 彼は笑顔でそう言う。


「……はい。ご迷惑、おかけしました。ありがとうございます」


「フムゥ。想定より少しばかりぃ?時間を要しましたがそれでも、任★務★達★成!ご苦労さまですぅ」


 ボクの後ろで長男――バタシが言った。


「結局何かしンねえケド……用が済ンだんならかえんぞ。ねみい」


 バタシの隣で、アレルもあくびをしながらそう言う。

 ボクとメルオンさんは立ち上がり、高台の先―――その朝日が昇る地平線を見ると、バタシとアレル、それからメリィも続いてそちらに目をやった。

 ボクはスマを拾い上げて、定位置に乗せる。


「いい景色だな」


「…………本当に」


 足を止めたらそこで全部おしまいだ。

 だったらボクは精一杯、必死にあがいてみよう。

 次に足を止めるのは家に無事帰った時。

 何度迷ってもいい。笑顔で〝ただいま〟を言うために、今は前に進むんだ。



 暁に誓ったその言葉を、ボクは一生、忘れることはないだろう。





 つづく

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