20話 『月夜に貫く』★
―前回までのあらすじ―
ネーアさんはよく飛ぶ
「ガアアアアアアアア!!!!!」
穴倉の奥から、ネーアが発する雄たけびが響いた。
メルオンとメリィは奥に向かって大急ぎで穴倉内を駆けている。
「おい!今のそうだよな!!」
「たぶん!!結構近かったよさ!」
「急ぐぞ!!!」
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――ドゴォン!!!
理性を失っているネーアは両手のマ素でできたツメを何度も何度も大ぶりに振り回す。
アレルはマ素を吸収するために全てを受けて立っている。
そのためマ素は確実に吸収していたが、同時に徐々に徐々に、その体に傷を刻んで行っていた。
「ガルルルルル……」
「こンのクッソアマァ……これじゃキリねぇぞ!」
(クソ!剣捨てちまッたの失敗だったなァ……今のままじゃ持たねェ)
アレルが捨て身で受け続けて少しづつネーアを纏うマ素は少なくなっている。
が、それでも尚マ素は溢れ出て欠けた装甲を補い続け一向に消える気配がない。
それを見かねたグルッドは手を貸そうと一歩前へ出る。
「ガァ!!」
「ぬっ!?」
――と、どれにすぐさま反応してネーアがグルッドの方へ襲い掛かっていった。
「あンのバカッドオ!!」
アレルの口からそんな罵倒が飛び出てくる。
アレルは壁際にいる2人の方へネーアがいかないようにわざと大げさに動き、攻撃を自分に誘導させていた。
2人がいくら頑張ってくれようともマ素を吸収しない限りネーアを止めることはできない。
そしてネーアを止められても先ほどの謎の人物が再び現れるかもしれない。
この戦闘で2人を消耗させるわけにはいかないと、アレルなりに考えて戦闘に挑んでいたのだ。
その意思を神官はおおよそ見てわかっていたようだが、大国の騎士団長ともあろう者が理解せずに動いたことに対してアレルは怒りを覚えてしまった。
そしてネーアが繰り出した黒いツメがグルッドめがけて振り下ろされる。
グルッドは咄嗟に腰の剣を抜き身構えた―――が、その剣にツメが届くことはなかった。
「おいおい……騎士様は女の子にその剣向けんのかよ?なあグルッド」
「ネーア!しっかりするさ!!」
寸でのところで駆けつけたメルオンが、メリィの支援魔法を受けてネーアの攻撃を受け止めていた。
受けながらメルオンは遠目にアレルの方を見る。
すると彼が剣を持っていないことに気が付き、その周辺を見やって剣があるかどうかを確認した。
「め、メルオン……お前何故」
「そんなこと言ってる場合か!!グルッド、気づかれちまったからには動けよ!〝剣〟だ!!」
「……!わかった、世話かけたな」
グルッドが剣・・・アレルが投げ捨てたそれの方へ向かって走るのと同時に、メルオンはネーアの大きな手首を両手でつかむ。
掴んだ手がさらにツメを立ててメルオンの腕をえぐり、振りほどこうともう片手が脇腹に飛び込んでくる。
そのまま脇腹から胴体を捕まれ、キリキリと締め付けられてメルオンの顔がゆがむが、お構いなしに視線をアレルの方へ鋭く見据えて叫ぶ。
「ガフ……アレル走れ!!!」
「――!……チィ!!」
アレルはその声に応じてメルオン達の方へまっすぐ駆けだした。
動き出したのを見ると、メルオンは指の合間から垣間見えたネーアの顔を見る。
「辛いだろう。今、楽にしてやるからな……うぅうウオオオオオオおおぉ!!」
そう言ってメルオンは、思いっ切りネーアを上へめがけて放り投げた。
その勢いで彼女の手はメルオンから放れたが、腕からの出血が激しくその場に座り込む。
「今だ!グルッド!!」
決死の思いで声を上げ、グルッドに合図を送る。
「ああ!!アレル!受け取れェ!!!」
グルッドは続いて拾い上げた剣をアレルに向かって投げ、自分自身もアレルと交差するように走った。
アレルがグルッドの投げた剣を受け取り、それを走りながら構える。
するとその剣に月から一筋の光が伸び、発散する光となって刀身を包み込んだ。
走っている二人が丁度交差するタイミングでグルッドが腰を落とし、アレルを上に上げる踏み台としての役割と務める。
―――そして
「ぅおオオらあああぁぁァアアあぁあ!!!」
ネーアからあふれるマ素の源泉となっている腹部。
その中心を、月の光を帯びた勇者の剣が貫いた。
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月明かりが空の中心から降り注ぐようになったころ、その戦いは決した。
軽く命の危機に瀕するような出血をしていたメルオンとネーアの止血は何とか成功し、それなりに重症気味であったアレルの応急処置も含め今夜は穴倉の最深部で野宿という形になった。
「……久方ぶりの穴倉はどうかね、竜雲よ」
一人黄昏ている神官は、横を飛ぶ竜雲にそう問いかける。
彼は今の世において、自分から手を出すことはしないと遥か昔〝死んだとき〟にそう誓った。
そのため今回も特に助けを求められなかったためじっと見学していたのだが、目の前で命がけのやり取りを優々と見ていられるほど肝も座っていなかった神官は、他の5人に気を遣って少しばかり距離を置いていた。
『こここんな広かったんだなーって感じかなー。ねえマスター、そんなに気にすることないんじゃないの?』
「そうじゃの。そうなんじゃがの……殺し合いではなかったとはいえ、やはり目の前であのようなものを見るのはちと心が痛むのだよ。ネーアが元に戻ってくれればよいが…」
ウワサをすれば何とやら。
少し遠くからグルッドが神官の元へ走り寄ってくる。
「神官殿!彼女が目を覚ましましたぞ!ご一緒願えますか」
「そうか。わかった、すぐいこう」
神官はグルッドに連れられて足早に寝ているネーア達の元へ行くと、見た限り外傷以外は異常がなさそうで心底ホッとした。
そのままネーアの隣に座ると、彼女は萎縮気味に神官に言った。
「度々ご迷惑かけてごめんなさい……その、ボク」
「仕方のないことじゃ。ここに連れて来たわしにも責任はある……して、その様子覚えておるのか?ここで何が起きたのか」
その質問にネーアは少し眉を顰め、天を仰ぐ。
「いえ、その……ぼんやりとですけど」
「ぼんやりと、か。しかし不思議じゃの、おぬしなぜあのような暴走を……?見たところマ素に侵され制御が効かなくなっていたようじゃった。一体どこでそんなに溜め込んだのじゃ」
どこで溜め込んだのか。
その言葉に思い当たる節は一つしかなかったネーアは、神官に体調を崩したあとの話をした。
「……なんと、そのようなことが?しかしおぬしは直接世界の果てに触れておらんはず・・・《あの者》と何か関係が?」
「あの者……ですか?」
ネーアがそう聞き返す。
すると神官は「ああ」とそう言えば知らなかったのであったという意の言葉を挟み、謎の人物とのやり取りを話した。
「スマが……爆発……!?」
「ウム、そしてこうも言っておった。〝楔〟が外れたと。おそらくあのスライムはおぬしの体・・・生命とも深く関わっておる」
「そんなことはいいんです!スマは!?スマは無事なんですか!?――痛ッ」
叫び、起き上がろうとして腹部に激痛が走る。
神官はネーアの体を支えながら「わからん」と首を横に振った。
「タブン生きてンよ、そのスライム」
そこに来たのはアレルだった。
応急手当を終えた彼は、ネーアに怪我の仕返しでもしようとしたところにその話を耳にして、神官の隣に座り込む。
「アレル。おぬし何を……」
「ジジイのゆーとーりってンなら、アンタとそのスライムは魂で繋がってるッてこった。アンタの頭ン上……アン時鼻に突いたクセェのがそうなら―――」
アレルはそう言いながらネーアの顔の横で手を広げると、その手の平から黒いモヤが出てくる。
そしてそのモヤは、集まって次第にスライムの形を帯びていった。
「………スマ!?」
「アレルおぬし……」
「ケッ…そンな目で見んじゃねエ。勇者のマ素吸収ってのはよ、一応入れたモンを出すこともできンだヨ。ナンでそのスライムがそンな大事は知らねぇが、ウマそーな顔が台無しなンでな。トクベツだぞ。次はねェ」
「……素直じゃないのう」
寝ているスマをネーアの枕元に置くと、アレルはそのままどこかへ行ってしまった。
ネーアは涙しながらスマを顔に寄せる。
「…よかった……」
そのプニプニした体に触れて改めて安心したのか、ネーアはそのまま眠りに落ちていった。
そして……――
――贄は確かに頂いた――
夢の中、その管理者の言葉がネーアの頭の中に響いた。
つづく




