19話 『其れは驟雨の如く』★
―前回までのあらすじ―
ダリナンダアンダイッダイ!?
「………」
ネーアの形をしたその謎の人物は、グルッド達を見てに不敵な笑みを浮かべている。
「オイ、あいつは休んでるンじゃねーのかヨ」
「あれは……」
「まぁ、普通に見れば……偽者じゃろうな」
一向に動きを見せる気配がない彼女に身構える3人。
にらみ合いが続く中、謎の人物は頭の上に手を伸ばし、透明なものをつまみ上げる。
次第にそれは半透明な青色を帯びていき――戸惑っている様子のスマが姿を現した。
「そのスライムは!………しかし、どうなっておる」
「……クッセェのはアレが正体かァ?」
『ふにゃ!?にゃあはなしてこんなトコいるニャ!!さっきまで外にいたはずにゃあ』
「……ヘェ。面白いね、キミ」
『ニャニャニャ!?お前誰ニャ!!にゃんか変なニオイするニャ!?』
その人物はスマの声も聞こえていたらしく興味深そうに見つめている。
しかし、しばらく見つめた後にスマをポイっと後ろへ放り投げてしまった。
「や……奴は何をしている……」
警戒しているグルッド達をよそに謎の人物は放り投げたスマの方に顔を向けると、顔の左側が黒い炎に包まれる。
「―――でも、こうした方が面白そうだ」
その言葉と同時に左目でスマをにらみつけ、短く呪文の名を口にする。
「《エクスプロージョン.S》」
そして爆発音と共に、スマの体は弾け飛んだ。
「……フふフふフ。マ素蓄積量十分、〝楔〟もなくなった。さあ――楽しませてもらおう」
スマを爆破したあと、すぐに3人へ向かいなおしてそう言う。
その姿を気にくわないアレルは我慢できず突貫していく。
「おいアレル!待て!!」
グルッドが止めるが、既にアレルは相手のすぐ近くまで迫ってしまっている。
素早く腰の剣を抜き、謎の人物の首めがけて目にもとまらぬ速さで一振りを繰り出した。
「―――ンだテメェ!?」
「まだ僕が話してるじゃないか。マ、見ての通りそんな鈍らじゃ傷つかないけどさ」
確かにその首には、アレルが首筋めがけて繰り出した刃が刺さっている。
そう、軽く1センチ程度刺さっているだけで、出血もしなければビクともしない。
謎の人物はそっとその刃に触れ、ゆっくりと抜きながらアレルを見ると言った。
「ほう。君が今の勇者サマか……マ素が吸われるのを感じる。――うん、これはいいぞ」
「何言ってやがる……コのッ!放しやがれ!!!」
剣を戻そうとしてもこれまたビクともしない。
焦ったアレルは片手に拳を作り、謎の人物の顔面めがけて繰り出す。
――が、腰から伸びる尻尾がそれをたやすく防いでいた。
「聞けと言っている。僕は君たちとは戦わない、弱い者いじめは趣味じゃないからね……おや」
「!!?」
ネーアの形をした謎の人物の像が次第に歪んで行く。
「ふむ……そろそろみたいだね。じゃ、僕は見させてもらうとするよ」
「ア!?おい!ふざけンなア!!」
そのアレルの言葉と同時に、謎の人物はゆらゆらと姿を消していった。
===[数分前] 竜の穴倉 入口===
「―――――がはッ!?」
「嬢ちゃん!!??」
「ネーア!!!」
突然血反吐を吐き出すネーア。
本人も訳が分からず自分の口・・・それから腹部から流れる紅い液体を眺めることしかできなかった。
「何が起こってやがる!!とにかく止血だ!!!!このままじゃまずいぞ!」
「あいあいさ!!」
メルオンが応急処置を施そうと動く。
「――……ァ」
ネーアはまともに声もでない。しかし、状況がわからないにも関わらず頭は冴えていた。
この場で、自分がこうなる直前、一つだけ変わっていることに気が付いている。
(スマが……頭からいなくなってる?)
しゃべりこそしなかったものの、ついさっきまで頭にへばりついていた重みが全くなくなっていた。
(一体ボクとスマに何が………―――)プツン。
そこで思考が途切れた。
「あアあァ……アア あ…アアああ」
「嬢ちゃん!今はじっとしてるんだ!!死ぬ――――な!?」
「一体、何が起こってるんだよさ……」
ネーアの体のあちこちから黒いモヤがあふれ出してくる。
そのモヤは次第にドス黒いオーラとなって彼女を覆い、尚もあふれ出てくるモヤは彼女の手や足、顔の一部に集まり装甲のように形造られていく。
……そして
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
その獣のような雄たけびとともにネーアは遥か上空、穴倉の方へ向かって飛び立っていってしまった。
その暴風に揺られ、状況を飲み込めずにいるメルオンとメリィはネーアが飛んで行った空を見る。
「……ネーア、どうしちゃったさ」
「普通じゃないのは間違いない…よな。嫌な予感しかしねえなあクソ!メリィ、オレらも行くぞ!!急げ!!!」
「う、うん!!」
===[現刻]竜の穴倉 最深部===
「一体、何だったのだ」
「さあの……ただ、ややこしいことに巻き込まれたっちゅうのは間違いなさそうじゃな」
「…………クソが!!」
そう言い放ち、アレルは左手に握った剣を投げ捨てる。
そして両の手を血が滲むほど強く握りしめ、歯ぎしりを立てて苛立ちをどうにか抑えようとしていた。
「ともあれ、世界の果てが消えてしまってはこれ以上ここにいる意味もあるまい」
「そう……ですね、もう日が沈みます。心配性のメルオンのことですから、彼女は外に連れ出してるでしょう。出るなら急ぎで」
グルッドはそこまで言いかけて、遥か上空から迫る強大な気配に気が付く。
神官も同じく気が付き空を見上げると、黒いオーラをまとったネーアがアレルの間上から落下してきた。
「ッッッ!!!なんだァ!?――グ!!!」
落下と同時にその怪物じみた黒いツメを振りかざしてきたネーアに対し、アレルは反射的に守りの体制を作って受けた。
が、その威力は砂煙とともに地面をえぐり小さなクレーターができる。
アレルが受け止め切ると、ネーアはすぐに距離を置いた。
「ってェ……が、この匂いはホンモンだなァ…」
「グルルルルル……」
砂煙が収まり、グルッドと神官が改めてネーアの姿を見て驚愕する。
「あれは一体!?マ素、なのか!?」
「ネーアのやつめ…………あの様子、自我を失っておる。さては〝吞み込まれおった〟な」
四肢に纏ったマ素の装甲を見て神官がそう言うと、杖をカンと地面にひと叩きして竜雲を呼び出した。
「竜雲よ。もしもの時はあやつを……おぬしにとっては辛いことかもしれんが、よいか」
『………わかった』
神官のそのささやきに竜雲が眉間にしわを寄せて合意する。
一方ネーアと対峙しているアレルは、先の無念を晴らすチャンスとばかりにその歪んだ笑顔を満面に浮かべていた。
「ク・・ククククク…………!ウマそーな匂いだがァ―――そのカッコはくせぇなア!!オレが全部!チリも残さず喰ってやらアァ!!!!!」
穴倉の最深部、その穴が開いた空に月が顔を出した頃。
――望まぬ戦いの火蓋が切られた。
つづく




