16話 『勇者?』★
―前回までのあらすじ―
ネーアちゃんおいしそう
「ウマそーなやつ、ミィーッケたぁ♪」
「びゃッ!?」
突然現れてネーアの耳元にそう囁いた少年は、そのまま彼女の耳にかぶりついた。
そしてしばらく少年はネーアの耳にしゃぶっていると、少し鼻につく匂いを感じて動きを止める。
「なぁーんか、クッセーのがくっついてんなぁ」
「そこまでにしないか《アレル》彼女は大事な証人だぞ」
ネーアの耳の間にいる透明のソレをクンクンと嗅いでいる少年――アレルにルーダスがそう告げる。
その様子にグルッドは頭を抱えて「全く……」と呟くと、アレルはムスッとグルッドの方を一瞥して離れた。
「うぅ…なんか耳気持ち悪い……」
「へーいへーいわかってンよ。ちィーっと〝喰った〟だけだって」
アレルが両手を上げてそう言うと、ルーダスは彼を睨みつける。
「アレル・・・君には先に説明して現地で待っているよう言ったはずだが、なぜここにいるのかな」
「穴倉の前よォ、とーしてくんなかったンだよ。グルッドさンの部下、ちょっと固すぎねぇ?」
「なッ……!?」
やれやれとグルッドを見ながらアレルが言うと、グルッドは申し訳なさそうに一瞬神官の方にも目をやる。
そんなグルッドを見てルーダスはため息をつくと、ネーア達の方を見直して説明を始めた。
「はあ……すまないな、ここからはわたしが説明しよう。彼はアレル・ソル・ヴァルケリア――今代の〝勇者〟だ」
その紹介に3人は凍り付く。
2人は第一印象最悪なこの少年が勇者だということに。
1人は自分が勇者ポジションに入れなくなってしまったことに。
「でだ、これから君たちには調査のためグレン荒野に現れた世界の果て……竜の穴倉に向かってもらう。それに当たって彼、アレルの力が必要になるかもしれない。見ての通り少々難ありなヤツではあるが気難しいヤツではない。仲よくしてやってくれ」
「おーサマぁそりゃねえよー、愉快なヤツって言ってくれェ」
ルーダスはアレルを再びにらみつけた。
流石に空気を読んだアレルは一歩引きさがるが、ルーダスは神官やグルッドを含めた全員が顔を引きつらせているのを見てやれやれと頭を悩ませる。
「とにかく、番兵にはわたしから通達しておく。メルオン殿とメリィ殿、アレルは爺様………神官殿について先に穴倉に向かってくれ。ネーア殿はグルッドの案内に従ってくれ」
「あー、ちっと待ちなさい」
ルーダスの言葉に神官がそう口を挟む。
「メリィ、おぬしはネーアと離れちゃマズかろう。すまんがグルッドのヤツについて行っとくれ。メルオン、陛下、それでいいかの」
「ええ、問題ありません」
「む……そうなのですか、これは失礼。では、そう言うことだ。各々行動開始!」
「「「はっ!」」」
「はい!」
「あーいよ」
「………ホントに大丈夫かの……?」
===メフィル城内 大国騎士団修練場===
王座の間を出た後、メルオン達を見送ったネーアとメリィは、グルッドに連れられて騎士団が使用している修練場に来ていた。
「あの、グルッドさん……でしたっけ。一体ここで何を………」
ネーアがそう問いかけると、前を行くグルッドが振り返って応える。
「うむ。ここなら有事の際もそう壊れるようなことはないからな……こっちだ」
グルッドが案内した先には鎖で幾重にも厳重に封鎖されている扉。
その扉を開けて2人を中に招き入れる。
その3m四方の小さな部屋の真ん中には、これまた四方を結界のような魔法陣で囲まれた鉄の箱が浮いていた。
「少し待っててくれたまえ」
グルッドがそう言うと彼は魔法陣に手を触れ、目を閉じる。
するとかざした左手が蒼白く光り、四方のうち手を触れている面の魔法陣が音を立てて崩れた。
彼はそのまま鉄の箱に手を付け、ネーアの目の前に差し出す。
「これは……?」
「なんか怖そうな箱さー……」
「今に中身を見せる。きっと見覚えがあるはずだ」
グルッドは鍵を自身の懐から取り出し、鉄箱の上蓋にある鍵穴にはめこむ。
開錠してそっと上蓋を外すと、中からドス黒いモヤがあふれだしてきた。
「すまないがネーア君。これに触れてもらってもいいかな」
「え……?は、はい……」
そう言われてネーアは恐る恐るその黒いモヤの入った箱に手を入れる。
「こ……こうですか?」
「うむ。何か感じるものとか、変わったこととかはあるか?」
「いえ……特には」
グルッドは「やはりか・・」と呟いてから箱の蓋を閉じ直し、結界の中へ戻すと欠けた魔法陣が再生される。
「今のは………?」
ネーアが心配そうにそう投げかける。
「今のは世界の果て……――から採取した靄の一部だ」
「は!?」
「へっ!?」
なんてことをしてくれたんだとネーアとメリィは驚く。
この世界に来たときは名前、前回は元の姿を奪われたネーアは、次に記憶を奪われることをあらかじめ告げられていた。
こうなるとわかっていてやったことなのだとはわかりつつも、心の奥底で彼に対する不信感が少しだけつのる。
「スマンスマン……分かってはいたのだ。ここにあるものは万が一のためのフェイクの様なもの。しかしやはり……渦の中にその〝本質〟があるとみて間違いないようだな」
「な、何の話を……」
「ああ、こっちの話だ。如何せん謎が多いだけに情報が洩れれば狙おうとする賊もいるかと思ってな、試すような真似をしてすまなかった。もうこんなことはしないから、どうか許していただきたい」
グルッドはそう言うが、ネーアは信用できないという視線を膨れっ面で向ける。
次にグルッドはじっとネーアの耳・・・アレルにかぶりつかれた右耳を見ていった。
「あとは少々聞きたいことがあるだけだ……その耳、何か感じることはなかったか?」
「え、感じること………?気持ち悪かったくらいですけど……」
「ぶふっ」
ネーアが答えると、メリィはそのことを思い出して吹き出してしまう。
グルッドも続いて苦笑いしてしまった。
「ん‥ま、まあそうだな。何かこう、心身的に変わったことはないか?」
「うーん……特にはないで……す?」
ネーアは自身の視界に映り込んだものに違和感を覚える。
それは彼女の腰……長い髪の先から生えている尻尾だった。
「何かわかったのか?」
「えっと……・そういえば尻尾が、前より自由に動かせるようになった気がします……多分」
「尻尾が……?不思議なことをいう娘だ。君は人獣族だろう、そのくらい普通ではないのかね」
「いえ…ボクは元の世界では人間でしたから……」
ネーアがそう答えると、グルッドは驚愕する。
「なんと!召喚魔法で種族が変わってしまうなどあるものなのか!?」
「え、えっと……」
グルッドはネーアの肩を鷲掴んで言った。
ネーアが予想以上にがっつくグルッドに戸惑い、視線を外すと、彼もハッとして肩から手を放す。
「すまない、論点がずれたな。これは昔図書室の文献に書いてあったのだが、勇者には渦を構成する《マ素》を吸収できる力があるそうだ。渦から戻った者はその力でマ素を燃やし、異形の力を開花させたらしい。アレルのやつが吸い付いていたのでまさかとは思ったのだが、それが君が得た異形の力……ということになるのか?しかし、それではあまりにも」
しょぼすぎやしないかと口にする前に、グルッドは驚愕の光景を目にする。
ネーアは自由になった尻尾で髪を結んでいるリボンを外して付け直したり、腰に付けた短剣をものに当たらない範囲で振り回してみたり、自身の腕に巻きつけて力を試してみてちょっと痛がっていたり色々と試していた。
「ネーアすごいさ!」
「て、訂正しよう……意外と便利そうだ」
「あ、すみません。ちょっと夢中に」
ネーアは一言誤って尻尾を定位置にぶら下げると、グルッドは咳ばらいをして続ける。
「いや、こちらからは以上だ。我々も穴倉へ向かうとしよう」
===同刻 グレン荒野===
「なーオジさぁーん」
「なんだ急に……」
アレルは腰の片手剣に手を付けて、興味深そうな目でメルオンを覗き込むように見つめながら歩く。
「………目の前でそうされると邪魔なんだが」
「まーまーそー言うなっ……――てェ!」
「うおッ!!? てめえ!何しやがる!!!」
アレルはいきなりメルオンに斬りかかった。
間一髪でこれを避けたメルオンは反撃の手をつけようと大剣の柄に手を伸ばす。
――が、神官がそのメルオンの腕をつかんだ。
「……………」
鋭い眼光をメルオンに向ける神官。
そのままその視線をアレルに向け、こう言った。
「あの若造。どうも信用ならん……じゃが動ける程度にとどめておけ。よいな」
「っ!……了解」
神官が手を放すと同時に、グレン荒野の空に火花が散った。
つづく




