14話 『始まりの始まり』★
===[ルネレディア]王都メフィル===
大国の王都メフィルは、グレン荒野をミネルバの町側から北に40km抜けた先にある緑と砂の町だ。
城下町の中心で土質がくっきりと二分されており、建物は白を基調とした石造り、北半分では木々や作物に富み、南半分では上質な粘土の産地として有名な町である。
「広いなあ……城が遠すぎてよく見えない」
「フォグラードイチの大国ルネレディア。その王都といったら、バカでけえ町とアホみてえな富みで有名だからな。オレも初見の時はメリィと一緒になってビビったもんさ」
「開いた口がふさがらなかったさ」
本当に広い。
町の遥か奥に見える城は、さながら山頂から見る街並みのごとく小さく見えた。
「ま、観光もいいが今日はもう宿探しだな」
早朝一番の馬車でこの町にやってきたが、すでに日が沈みかけている。
3人は早速町に繰り出し、空いている宿を探すことにした。
「この辺は人も多いからな、あんまり離れるんじゃ……どうした嬢ちゃん」
ネーアは街道沿いの掲示板を見ながら眉をひそめ悩みこんでいる。
彼女はメルオンの呼びかけに応えて彼の方に顔を向けるが、同時に掲示板を指さして言った。
「メルオンさん。これ、なんて読むんですか……?」
「ん?………こりゃあ賞金稼ぎ向けの手配書だな。これの何が読めないって………ああそうか、そうだったな」
指さした先には、5,000,000という数字 の隣に書いてある「E」に似た文字。
ネーアはこの世界の文字というのは元の世界で知識・・・というか、たまたま中2の頃に出来心で作ってみた文字がまさかのそのまま流用できちゃった感じで読むことも書くこともできた。
しかしここでは通貨の単位ということまではわかっても、読みと価値がわからなければどうしようもない。
「聖女様の名前が通貨になってるんだよさー」
「そいつはエトナって読む。譲ちゃんもいつ故郷に帰れるかわからん。それまではこっちにいるんだし、金稼ぐ手段も持っとかないといかんな」
メリィに続いてメルオンがネーアの頭をガシガシと撫でてそう言うと、「行くぞ」と言って宿探しを再開する。
「…………ウマそーなやつ、ミィーッケたぁ……」
3人が掲示板を通り過ぎた後……すぐ近くの物陰にいたその人物は、最後尾をいくネーアをじっと見つめて小さくそう呟いた。
===1時間後 宿屋[ステイラ] 中部屋===
「はー疲れた疲れた……すまんな一部屋しか取れなくて」
「とんでもないですよ!居候の身でそんな贅沢!」
なんとか宿を見つけ、部屋の円テーブルに荷物とともに座り込むメルオン。
ネーアはそう返してベッドに座ると、頭の上にいる透明のソレをつつく。
するとプルプルと震えながらスマが姿を現し、膝に広げられたネーアの片手に落下した。
『もう朝かニャー?朝にしてはにゃんか暗いのニャー』
「おいおい寝ぼけてるのか?お願いだから夜中に騒がないでくれよスマ」
そう言ってネーアはスマを窓辺に置くと、そこから見える夜景に再び目を奪われる。
それはまるで向こうの世界……家々やビルから漏れる光が織りなす人工の景色を思わせ、彼女の瞳に一筋涙が伝った。
「メルオンさん……ごめんなさい、お風呂お先してもいいですか」
声が震えるのを必死に抑えてネーアが言う。
「ん……ああ、オレはまだ少し用事があるから全然構わんぞ。疲れてるだろう、ゆっくりするといい」
「ありがとう、ございます……」
短くお礼を済ませると、涙を隠すように足早に浴室へ向かった。
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「………はぁ」
ネーアはシャワーにうたれながら大きなため息をつく。
掲示板でメルオンに言われたことと先ほどの夜景が脳裏に焼き付き、それにつられて彼女のホームシックがこんばんはしていた。
「いつ帰れるかわからない・・・・か・・・・」
そう呟いたあと、うつむくと同時に再び涙がこぼれる。
「会いたいよ……父さん、母さん……成瀬、皆………ボク、やれるのかな……願いを叶えるなんて、大層なこと」
シャワーに打たれながら、人前では見せないようにしていた弱音を吐き出す。
やるしかない。やらなければ帰れない。しかし
―――もしやらずに帰ろうとしたならば……
そこまで考えてから、シャワーを止めて頭を振る。
こういう思考に陥るのは一番よくない。
先の心配ばかりしていてはできるものもできなくなる。
せめて皆のことが判るうちは、まだ帰る先が見えているうちは大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、ネーアは改めて蛇口をひねる。
華奢になってしまった体の汚れを流す度、決意を改めるかのように、その思いを乗せて。
===同時刻 [メフィル城] 王座の間===
「いつもすまんね……今日も頼むよ」
「滅相もない。これもなかなか神経を使いましてね、鍛錬になるものですよ」
国王ルーダス四世に続いてグルッドがそう答える。
冗談顔のグルッドを見るルーダスは、これに微笑を浮かべて返す。
「ハハハ、それは何よりだ。わたしもこれがクセになってしまってね」
「わが剣がお役に立てるのならば本望です。 ―――では」
ルーダスが目を閉じ、少し顔をあげる。
グルッドはそんな彼の目の前に立って剣を構える―――そして
剣を抜くと同時に、伸びかけていたルーダスのヒゲが跡形もなく消え去った。
「………うん、今日も完璧だ、ありがとうグルッド。人前に出る時くらいしっかりしとかないとね」
「お喜びいただけて光栄です。陛下……て、その件ですが」
グルッドが表情を変えてルーダスに向き直る。
ルーダスもグルッドに目を合わせ言う。
「ああ。まさか〝あの人〟が出てくるとは思わなかったけど……問題ない、明日も予定通りだ。君も楽しみだろう?久々に親友に会うのは」
「フフ……ええ、そうですね。楽しみですとも。顔を合わせるのはもう10年ぶりですからな」
「わたしも彼には幼少の頃、一度しか会ったことがない……正確には会ったというほどのものでもないのだが。まあ明日だな、わたしはもう休むとしよう」
「はっ!では、自分もこれにて」
===宿屋[ステイラ] 中部屋===
「あがりました」
「嬢ちゃん早かったな。本当にいいのか?………おお…似合ってるな」
浴衣姿で出てきたネーアにそう返すと、彼女はベッドの上に座る。
宿屋の浴衣が似合うと言われても正直嬉しくもなんともない。
というか女物が似合うと言われても非常に複雑な心情に陥るだけなのだが。
「そ、そうですか……?ところで用事ってなんです?」
「ああそうだ、嬢ちゃんにも言っておかないとな」
そう言われて首をかしげるネーア。
「この町で神官殿と待ち合わせる予定だったんだがどうやら少し事情が変わったようでな。明日の朝、お城に謁見することになった」
「おっ……お城、ですか!?」
城というフレーズに少し興奮するネーア。
遠目で見た限りはまさに中世ヨーロッパ系ファンタジーな城であったメフィル城を思い浮かべ心躍らせる。
「そうだ。予定よりちと出るのも早くなるのでな、オレもざっと体を流して休もうと思う。嬢ちゃんも早く休むといい。オレは下で寝るから、ベッドは使っていいぞ」
「はい!……え?ベッド二人用ですよね、これ」
それを聞いたメルオンは少し顔を赤らめてこう返す。
「いや、そのだな……女の子と二人となり通しで寝るのは………まだ抵抗がだな」
散々一つ屋根の下にいて何をいまさら言い出すのかと思えば、その中身があまりにも意気地なしでネーアは少し呆れ顔になってしまう。
そこで近場にいたメリィの頭を掴み布団の真ん中に押し付けると、むすっとした顔でメルオンに向きなおす。
「じゃあこれならいいですよね!二人じゃないし」
「ネーア……痛いしひどいよさ」
「な……お、おう………なんか、スマン」
「いいですよね?」
「「は、はい!!」」
メルオンとメリィが声を合わせて叫びあげる。
「よろしい」
そうして、メルオンが浴室へ行くのを見送った後、ネーアは眠りにつくのだった。
どこかに行ってしまわないように、メリィの頭はつかんだまま。
「今日のネーア、なんかこわいのさ……ZZzz」
つづく
第2章始まりました。かんむりさんです。
さてさて今回のサブタイトル「災禍の渦と勇者の伝承」ですが、その名の通り勇者が出てきます。
魔王あり勇者ありの世界観だったりします。一体勇者と魔王、そして世界の果て諸々がネーアとどのような関わりを持っていくのか、物語の路線決定をなす章になるのかな?とぼんやり考えております。
それでは第2章、お楽しみいただけるよう張り切ってまいります(`・ω・´)ゞ