番外編 『人獣族 ネコ目 性別:Female』
この世界に来てもうすぐ一週間がたつ。
五日間は寝ていたので主観的には二日程度なのだが・・・・ネーアは今、非常に不味い事態に陥っていた。
「どうしよう………」
「どうしたのさ」
一緒にソファに座っていたメリィが返してくる。
しかしこういう時一番頼りにならないやつなだけに、ちょっと言うのを躊躇ってしまう。
「いやその、あんまり人前で言うもんじゃないんだが……」
「何さーもったいぶらずに言うのさ」
「トイレにいきたいです」
「? 行けばいいのさ、そこにあるさ?」
期待通りの能天気な反応を示すメリィに、もはや反応する気にもならないネーア。
しかし自分の正体を知っているであろうだけに、なぜわからないのだという怒りも多少はわいてくる。
「あのなあ、お前ボクが元々男なの知ってるだろ?勝手が違うだろ勝手が」
催しているのを我慢して能天気なマスコットに説明する。
にもかかわらず、等の本人は無頓着な顔で首をかしげている。
「? そうなのさ?、おいらは人間でいう生理現象はほとんどないからイマイチわからないのさ」
「そ……そうなの?」
ならまあ仕方がない。――なんて納得してる場合ではない!
限界を感じつつあったネーアはトイレへ全力疾走する。
バタンと音を立ててドアを閉めると、大急ぎでベルトを外し、短い腰巻を放り投げ、スカートのホックを外して下に降ろす。
――そして数分後。
ネーアはトイレから出てきて、静かに元いたソファの上に戻ってきた。
「なんかげっそりしたのさ? ふごっ!?」
「うるさい………」
ネーアはメリィのほっぺたをつまんでほんの少しだけ気を紛らわす。
中身が年頃のピュアボーイには、少々刺激が強すぎたらしい。
「…………」 ぐにぐに
「ふお ああ ねえああ ひゃめるさあ」 ぐにぐに
メリィの頬をぐにぐにとしているうちに、意外と気持ちいい気がしてくる。
しばらくぐにぐにして・・・突発的にぱっと手を離す。
「……うん、なんかほっこりした」
「ひ、ひどいのさあ………」
メリィは両手で頬を撫でながら、涙目になってそう言う。
しばらくネーアを見つめながら頬を擦っていると、メリィはハッとして口を開いた。
「そういえばネーア、昨日の夜中一体どうしたさ?」
「ん?昨日?」
「なんだかうなされてたさ?外もうるさくてオイラ寝不足さー」
「な……なんかあったっけかなあ……?」
全く身に覚えがないという反応を示すネーア。
彼女は腕を組んで少し悩みこむしぐさを見せると、窓辺で寝ていたスマが急に目を覚ましいつもの頭の上へとハイジャンプしてきた。
『おはよーニャ。ニャんかあったのニャ?』
「おはよ、スマ。なんかボクが夜中うなされてたとか……全然覚えてないんだけど」
『あー、あれニャー……あれはすごかったニャあ』
「へ!?……な、なに?」
『おみゃあ、昨日の寝てる間に超求婚されてたニャ。にゃあじゃなくておみゃあにニャ。嫉妬するニャ』
「……――はあ!?」
何を言っているのかイマイチ理解できないネーア。
スマと話せないメリィは首をかしげながら彼女に質問する。
「なになに?何かわかったのさ?」
「ボクが求婚されてたとかなんとかって……もうわけがわからない」
「あー……。そういうことだったのさ ぶふふ」
「何!?メリィまで!!どういうことか全然わかんないよ!?」
理解したらしいメリィは、ムフーっと悪戯顔でネーアをじろじろと見つめる。
そしてネーアが使っているベッドに接する壁の窓。メリィはそちらの方へ行きネーアを誘う。
「ほらほらここ、みてみるさ」
ネーアが窓をのぞき込むと、メリィが指さしたガラスの先には無数のひっかき傷が刻まれていた。
「へ!?昨日はこんな傷なかったよな?」
『オスネコ共が夜中ひっかいてたニャ。10匹くらいいたかニャ~……にゃあはすぐ前で見てたけど見向きもされなかったニャ。イケメンぞろいだったのニャ……おみゃあとはしばらく口を利きたくニャいくらい嫉妬してるのニャ』
「おいおいおい……つまりボクは発情したオスネコ共に求婚されてたって!?いくらなんでもそれはどうなんだ!?………ん、ちょっとまて」
『どうかしたニャ?』
「どうしたさ?」
声を合わせてネーアのちょっと待てに応えるスマとメリィ。
「ああスマのほう。その言い方だとお前、まるでメスみたいな言い方だなと思って」
『ニャ?にゃあはメスだニャ?一目見ればわかるニャ』
――わっかんねえよ!!!
そもそも今はスライムであるために、性別があるのかさえ不明なスマだがそんなこと気にしている場合ではない。
「……どうしようか」
「それはネーア次第なのさ。亜人属の中でも、人獣族や獣人族は自分と合った動物なら交配できるって聞いたさ」
「そういうこと言ってるんじゃないだろ!!??ボクはあくまで男だ!同性愛者でもない!ネコに嫁入りとか冗談じゃないぞ!」
ムシャクシャして再びメリィの頬をぐにぐにしだすネーア。
「いーだいのしゃあ 離すさあ」
「じゃあ何か対案だして」
「いやにゃらことわればいいさあ~」
「それはそうなんだが……」
とりあえずメリィから手を放すと、頭の上にいるスマにも助け船を乞う。
「なあー、スマも何か方法ない?お前の方が詳しいだろうし」
『その気がないニャら無視してればいいのニャー。そのうち静かにニャるのニャ』
「う、うーん………」
ピンとくるものがない。
ネーアは向こうの世界でも動物を飼ったこともそこまで触れ合ったこともなかったため、頭を悩ませても中々代案がでてこない。
結局どうしたらいいのかわからないまま時間だけが過ぎ去っていき……
――ガチャ
日も沈みかけた頃、外出していたメルオンが帰ってきた。
「ん……どうしたんだ?二人してそんな悩みこんで」
=====状況説明中====
「なるほどなあ……昨日のアレはそういうことだったのか」
「メルオンさんも気づいてたんですか……?」
自分だけ覚えていないことにかなり罪悪感を覚えているところに、メルオンはパチンと手を鳴らして台所に向かう。
しばらくして手にしてきたのは、コーヒーの出がらしを詰めた匂い袋。
メルオンはそれをネーアのベッドの窓外に弦下げた。
「効果があるかはわからんが、念のためにドアノブにもかけておこう。夜中にああもうるさくされちゃ叶わんのでな」
「そ、そんなにうるさかったんですね……なんか、すみません」
「これで収まってくれればいいさー」
「ま、後は明日になってからだ。メシにしようぜ」
その晩、ラウルスティン家は実に静かな夜であったという。
しかしながら、ネコ混じりであるネーアと元ネコのスマはしばらく寝つきが悪かったとかなんとか……。
余談ではあるが、ネーアは翌日から日中にネコに囲まれることが多くなり、結局全員フッて回ったのであった。
おわり
初めての番外編でした、いかがだったでしょうか。
一応補足説明なんですが、人獣族=人の姿に動物の耳と尻尾、もしくはその他の特徴 獣人族=人型の動物です。
知能はどちらも人間と一緒。