13話 『神官殿の憂鬱』
「……はぁ………」
――もうあれから早数時間……一体なぜこんなことになっとるんじゃ。
神官はひどく項垂れながらため息をこぼす。
「やはりもっと隠密にするべきであったかのう……」
懐にしまっているソレを見て後悔する。
こんなことなら持ってくるべきではなかったと…ただあの場を通りたかっただけなのにと。
ことは数時間前、竜の穴倉入り口での出来事。
===[グレン荒野] 竜の穴倉付近===
グレン荒野はミネルバの町から北東に30kmほど離れた位置にある。
ドラゴンが入れるような巨大な穴倉が2つあるほか、そのまま東に抜ければ大国一の温泉町[スイレン]、北に抜ければ王都[メフィル]の大門が出迎える楕円形の広い荒野だ。
神官は王都に向かうついでとして、その穴倉に現れたという黒い渦の調査に来ていた。
「この近くの穴倉かね、《竜雲》よ」
『そうだぞ!おれっちが住んでたのはこの辺だ!』
神官の近くを飛んでいる小さなドラゴンはそう答える。
この竜雲と名付けられたドラゴンは先日、神官との主従契約によって今はミネルバの町の守護者、もとい神官のペットとして行動を共にしている。ミニオンフォームとでもいおうか、力は落ちるがこのようにして小さな体で外をうろつけるのも特権の一つだ。
『にしてもすげーなあその杖。おれっちと話せるのもそれのおかげか?』
「さよう。引退したとは言え、召喚術士なら召喚獣と会話できなければ不憫で仕方ないからの。流石に野良の魔物と話せるネーアには叶わんが」
言い終わると同時に、穴倉の入り口が見えてくる。
そしてそこには、何人か武装した兵士が立っているようだった。
「フム。あれは封鎖されておるな。大国の連中も気付きおったか、先の情報と関係があるのか……ひとまず竜雲は隠れてなさい」
岩陰に隠れて神官がそう言うと、竜雲は頷いて杖の宝玉へ入っていく。
竜雲がしっかり隠れたのを確認した後、穴倉の入り口へと向かった。
入口の兵士は3人。リーダー格らしきガタイのいい中年男の前に向かっていき、神官は何知らぬ顔で問う。
「兵隊さんや、わしは向こうの町からきた神官なんじゃが、この先何やらあるので?少し前は誰もおらんかったと思うのですが」
退屈そうな顔をして神官を見る中年男は微笑を浮かべながら言う。
「あー、実は俺もよく知らんのですよ。何分、お偉いさん方はずるいもんでしてねェ」
「ホム……ではこれでどうじゃろう」
神官は懐から一つのペンダントを取り出して、その男に見せた。
すると男は度肝を抜かれたように驚き、他の二人を呼び寄せて神官を囲む。
「貴様!!それをどこで手に入れた!!!」
男が神官に剣を向けてそう言うと、残る二人も続いて剣を抜いた。
神官はやれやれ顔でペンダントを懐に戻すと、杖を手放して両手を上げる。
「落ち着かんかい。全く……迂闊に出すべきではなかったかのう」
「な、何を言っている!!質問に答えろ!」
「落ち着けと言っておるのじゃ。わしが盗みを働くように見えるのか、若造め・・・正真正銘、わしのモンじゃよ。ちと年期は入っておるが」
神官が男を睨みつけてそう言うと、少し悩むような表情を見せた後二人に剣を下させる。
最後に男も剣を下し、神官に跪いた。
「もッ……申し訳ございません!!とんだご無礼を!しかし……そのペンダントは〝王族たる証〟です。私共はみな、いえ、おそらく騎士団長殿も貴方様のことをご存じないかと思われます……一体どういうことなのでしょうか」
「フム。肖像画くらいは残っておると思ったのじゃが……まあ、知らぬのも無理はないのう、何せわしは〝とうの昔に死んだ身〟じゃ。御隠居さんがお忍びで来たと思ってくれればよい。通してくれんかね」
「い、いえ……流石にそれは」
「なんじゃ往生際が悪いのう!!そんなに〝世界の果て〟が見られちゃマズイのか!?…………――あ」
大声をあげて、大胆に墓穴を掘る神官にその場が凍り付く。
そしてしまったとその口に手を当てるしぐさと同時に、3人の刃が神官の首元に添えられた。
「全く……どこでそのことを知ったのか知らんが、もう言い逃れは出来んぞ。一緒に来てもらう」
「せ、せめて杖だけでも……」
「問答無用!!」
一人が杖を拾い上げ、もう一人が神官の手を縛ると、縛った縄と杖両方を男に手渡して部下二人は入り口の警備に戻る。
「さてご老人。面倒だがそのペンダントも含めて、しっかりと城で聞かせてもらうぞ」
=========
そうして数時間、その武骨な男と共に馬に揺られながら王都へ向かっている。
「はぁ…王都に向かう予定があったとはいえ……ちとアホだったのう」
隠居が続いて平和ボケした自分を戒めながら、神官たちはひたすら荒野を進んでいく。
そしてようやく、ようやっと王都メフィルの大門が姿を現した。
門番に入国手続きをしている男をよそに、神官はこれからどうしようかとひた考える。
流石に竜雲を呼び出してやるわけにもいかないし、それこそ反逆者扱いで殺されかねない。今はとにかく流れに身を任せるしかないと思うと、自然と深いため息が何度もこぼれ落ちてしまう。
「こっちだ ついてこい」
手続きを終えたらしき男が案内したのは大門の次ぐ隣、何やら頑丈そうで危なっかしい鉄の扉。
男がその扉を開けると、引っ張るように神官を連れて中に入っていく。
「何やら物騒な予感がするのう……大扉じゃダメだったのかね」
神官がそう言うと、男はため息混じりに返す。
「犯罪者予備群を堂々と町にいれられないだろう。頭を使え………」
「ああ、それもそうじゃった。失礼」
今まで犯罪とは無縁だった神官は、半分開き直ったような顔でそう返した。
それからしばらくして、迷路のような通路を抜け粗末な階段を上ると、そこはメフィル城の脇に繋がっていた。
そしてそのまま城門に連れていかれ、それをくぐる。
神官は門をくぐる前に天を仰ぎ、そのあざ笑うかのように見下ろしてくる太陽に向かって、ただ一つ。ただ一つだけ心の中でつぶやくのだった。
(――我らが聖女よ……わしはもう、戦いとうないのです)
それは日差しが強いある日の出来事。
平穏を求める老人を、太陽は許すことを知らない。
第1章 帰路と幻想と理不尽と 完。
第2章につづく




