11話 『こんな怖いペットは嫌だ』
―前回までのあらすじ―
ドラゴン君はホームレス
「変な渦ってまさか……」
『なんだねーちゃん、あの渦が何かしってるのか?知ってるんならけしてくれよー!おれっちあそこ結構きにいってたんだ』
「し、知ってはいるけど……ちょっと消すのは難しいと思うよ・・」
知っている、知っているとも。自身の体験を以てそれは保障する。
しかし、今のままあの渦に再び入れば間違いなく記憶の一部があの正体不明の輩に持っていかれるだろう。
それは絶対に避けなければならないことだった。
『そうなのかー……おれっちこれからどーしよう』
みるからにシュンとするのがわかって少し悪い気がするネーア。
彼女は少し考えると、改めてドラゴンに問いかける。
「ねえ、君は何か理由があってこの町の方向に逃れてきたの?ちょっとそこが気になるんだけど」
よくよく考えてみれば、ネーアはミネルバの町(の一部)以外のことを全く知らない。
ドラゴンがこちらに来たことに意味を見出しているのならば、メルオンなりなんなり土地勘のある者に助けを乞わなければならなかった。
『うん。おれっちこっちの方に飛んでけばまた前住んでたとみたいな荒野があるって、昔じっちゃんに聞いてきたんだ』
「じ、じっちゃん……?それって君のおじいちゃんってことでいいのか?」
『そだよー、もう300年くらい前に死んじゃったけどね』
300年。
確かにこの〝子〟ドラゴンはそう言った。
爺ドラゴンが死んだのが300年前、つまり子ドラゴンがその話を聞いたのは少なくともそれほど昔の話ということ。
あまりの情報の古さにここが本当に昔荒野だったのか、はたまた来る方角を間違えただけなのか、全く持って今のネーアには参考にならなくて困り果てた。
「ぬぬぬ……やっぱりここはメルオンさんに助けを………」
……――どうやって?
ネーアは今になって重大なことを忘れていた事に気が付く。
今のネーアは全身ズタボロで身動き一つとれない。おまけに今いるのはドラゴンの頭。
おろしてもらうことは可能だろう、しかし動けなければどうしようもない。
さっきから自分で言っておいてなぜ気が付かなかったのか!穴があったら隠れたいくらいだった。
「え……ヤバくね?え、どうしよ…あ、思い出したら痛みが……」
そして意識してきたせいか忘れかけていた痛みがまたどんどん強くなってくる。
次第に思考も体の痛みに飲み込まれていき、ドラゴンをどうにかするどころではなくなってきた。
――そんなところに、ネーアの体を蒼白い光が宿り始める。
そして痛みが段々と和らいでいく。
その光はどうやら治癒術のようであった。
『だいじょーぶ?急に痛がり出したから、さっき動けないっていってたの思い出して』
「あ、ありがとう………暖かいな。こんな術使えたのか、ドラゴンって」
『おれっちたちは、500歳になったら自分の力で生きてくのが掟なんだー。だから、こういうのも使えないと困るんだよ』
「ははは……大変なんだな」
自分の力で生きていく。
その言葉を聞くと、何故だか無性に寂しい気持ちになった。
同時に、向こうの世界にいる家族や友人に会いたい。そんな気持ちも一層強くなっていった。
――が、まずは目の前の課題を片づけなければならない。
「うん。もう大丈夫みたいだ……ドラゴン、悪いんだけど降ろしてもらってもいいかな」
ネーアはおろしてもらうと、念のためちゃんと体が動くか確認する。
一通り済んだ後、ドラゴンの方へ向きかえる。
『どうかしたのかー?』
「ああ、ちょっと人を呼んでくる。代わりになる住処が見つかるかは分からないけどさ、ちょっと待ってて」
そう言い残してネーアは町の神殿へ向かっていった。
「退避しているなら、きっと神殿に向かえば……・!」
そしてその頃神殿では――
「ご主人、ドラゴン動かないね」
「ああ、嬢ちゃんがうまくやってくれてるんだろう……しかし」
メルオンは町の・・・スマに溶かされてしまった方を見る。
きれいさっぱり何もなくなってしまった大地を眺め、メルオンはため息をつくしかない。
「居住区でなかったのがせめてもの救い……あの場は主に貿易商が使っておった空き地も多かったしの」
奥から神官が現れてそう言う。
「神官殿……しかし」
「何、ネーアを行かせたのはわしだ。すべての責任はわしが背負おう。それよりも今は怪我人の手当を急ぐのじゃ」
「ご厚意……感謝いたします。先ほどの………地下での御無礼、お許しください」
「面を上げよ、そなたは悪くないだろう」
メルオンがそう深く頭を下げているところに、丁度良くネーアが到着した。
彼女は息を切らしながら二人に言う。
「ハァ、ハァ 丁度良かった!二人とも、ちょっとドラゴンのところまでいいですか!?」
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ドラゴンの元に神官とメルオン、ついでにメリィを連れて来たネーアは、ドラゴンが住処を追われてしまったこと、その原因が世界の果てにあるということ、そして彼がこちらの方角へ来た理由を話した。
「フム……確かに、はるか昔この地はグレン荒野からずっと続く荒野であったと聞く。しかし残念ながら、このあたりにドラゴンが住めるような巨大な穴などそうそう……」
そこまで言いかけて、神官は少し頭を悩ませる。
しばらくすると、彼はドラゴンを指さして悪戯を思いついた子供のようにこう口にした。
「おぬし、わしのペットになる気はないか?」
その言葉を境に、辺りが数秒静寂に包まれる。
「「は!?」」
ほぼ同時に声を上げたのはネーアとメルオン。
メリィは口をあんぐりとさせて動かない。
――そして目を丸くしたドラゴンは、ネーアを呼ぶように見つめる。
「あ…そっか、話通じないんだった」
頭を下げてきたドラゴンの鼻部分に手を触れると、ドラゴンは話し出した。
『どーゆーこと?おれっちにも分かるように説明して欲しいんだけど』
「よく分からないから詳しく説明して欲しいそうです」
好印象と見た神官がヒゲを擦って語りだす。
「ホム。要はこの町の用心棒になってくれということじゃ。如何せん国の境目に位置するのでな、そなたは抑止力にはもってこいなのじゃよ。勿論、普段の自由は保障しよう」
「自由の保障って……そんなことできるんですか?」
「神官殿、一体どうするおつもりか」
「簡単なことじゃよ。神殿に置いてきておるわしの杖にはな、召喚獣用の居住空間を設けておる。今は使っておらんのでおぬしにやろう。おぬしの様な巨体でも軽々入るようなスペースじゃ。その代りに、有事の際はこの町を守ってくれ という話なのじゃが」
『そのスペースって、どんな感じなんだ!?』
「スペースがどうなってるのか知りたいみたいです」
ドラゴンは少し首をかしげてそう言う。
すると神官は手を大に広げて自慢げに話をつづけた。
「なーんでも思いのままじゃ!まあ、最初の空間設定だけだがの。おぬしが思い描く理想の空間が形成されるハズじゃぞ」
神官が話し終わると、ドラゴンは目をキラキラさせてしまっている。
なんでも思いのままとなると、やっぱりかなり好物件ととらえたらしい。
『いいぞ!おれっち、じいさんのペットになってやる!』
「OK……みたいです」
「ウムウム。わしから見てもその気がプンプン伝わってくるわい、決まりじゃな」
そうして神官がポンっと指を鳴らして杖を召喚すると、ドラゴンの前にそれをかざし、何やら契約を始めた。
「汝、我と契約せし者よ。汝、その号を以て 我に示せ」
「ギャオオオオオオウ!!!!」
ドラゴンの咆哮と共に魔法陣が形成されると、それがドラゴンを包み、杖の中へと吸い込まれていく。
その巨体をすべて杖の中に宿し終わると、神官はカンッとその大地を叩き、深いため息をつく。
「ふぅ。………よし、帰るかの。後のことは任せておきなさい」
――こうしてミネルバの町に最強のペット兼用心棒がやってきたのだった。
つづく