10話 『ドラゴン君はおうちに帰れない』
―前回までのあらすじー
親方!空から!空から女の子が!
戦況は未だなんとか拮抗、しかし崩れるのも時間の問題となってきていた。
「うおおおおおお!!!」
「誰か!治癒術を使えるヤツはいねえか!」
「ダメだ!そろそろ圧されるぞ!!!」
「まだだ!!お前ら気合いれろオオオオオオ!!!!」
「……おい!なんだあれ!!」
一人の男が、町の空を指さして言う。
その先からは、何やら綺麗な弧を描いて飛んでくるものが一つ。
それは段々人の形を帯びていき、ドラゴンがいる方へと飛んでいるようだった。
「あの飛んできてるやつ……人間じゃねえか!?」
「「「はあ!?」」」
辺りの空気が凍り付く。
そうこうしているうちに、その人間ロケットはもうすぐそこまで迫ってきていた。
「ああああああああああ!!!」
ネーアはピシッと背筋を伸ばして、その空に涙を散らしている。
その涙は恐怖からくるものではなく、ただ単純に痛かった。
ただでさえ骨が折れているというのに、この人間ロケットで他のところにも二次被害が広がっていき、体中が悲鳴を上げている。
しかしそうこうしているうちに、もうドラゴンが目前に迫ってきているため、もう覚悟を決めるしかなかった。
「くっそ……右手、もってくれよ………オオ!!!」
ネーアは右手を前に突き出し手を開く。
そしてそのまま戦っていた町人たちを追い越し……
――ガシッ!!(ボキッ!!!)
右腕という尊い犠牲を経て、ネーアはドラゴンの頭に乗ることに成功した。
「痛い痛い痛い痛いいぃぃぃ……あぁ………ヤバい、死ぬ。振り下ろされたらアウトだこれ」
なんとか痛みに耐えているネーアだが、その体勢はかなり危うい。
本当にかろうじて上に乗っかっているという状況で、少しでもドラゴンとの交渉に失敗したらあっという間にあの世が見えてきそうであった。
「さて……痛がってる場合じゃない、よなあ」
ネーアは痛みをやせ我慢で乗り越えることにしてドラゴンに意識を集中する。
すると、案外簡単にドラゴンの方もネーアに言葉を向けてきた。
『だ……だいじょーぶ?』
「へっ!?」
思いもよらぬ言葉をドラゴンから聞き、驚きの言葉を隠せない。
もっとこう、『どけ!』とか『気安く触れるな!』とか言われるかと思ってたのに!!
「えっと、大丈夫かと聞かれれば身動き取れないくらい大丈夫じゃないんだけど……怒ってないの?」
『え?なんでー?おれっち、この人たちと遊んでただけだよ?さっきのスライム君はちょっと痛くて手がでちゃったけど』
その出した手でボク体ズタズタなんですけど!?
今までのが全部遊びだったと!?話し方からしても子供みたいだし、ドラゴンの戦闘力どんだけ……。
で、でもさっきめっちゃ怖そうな雄たけびあげて攻撃してきてませんでした!?
「……ねえ、がおーって叫んでみて?」
『え?いいよー がおー!!!』(ネーアとの会話)
「グギャアアアアアア!!!」(実際の声)
実際の声とのギャップ半端なさすぎだろ!!
マジで戯れてただけだと!?まあ、だったら説得するのも楽そうでいいんだけど……。
でも一体……
「もう一つ質問なんだけど、ドラゴン君はどうしてこの町に?」
『な……なんでそんなこと聞くんだよう』
ネーアは、尚も攻撃し続けている町民たちの方へ目を向けて言う。
「ほら、下の人たち。あの人たちは君が町を攻撃しに来たと思って、君を攻撃してるんだ。ボクはその気がないことがわかったけど、あの人たちをちゃんと説得するには君がなんでここにいるのか説明しないといけないでしょ?」
『むう……確かに、おれっちじゃ人間とお話できないもんなー……なんでねーちゃんおれっちと話せるんだ!?』
「それがボクにもわからないんだ。なぜか、直接触ってる間だけ魔物と話が通じるみたいだよ」
『へー!不思議なねーちゃんだなあ!!おれっちは寝床おいだされちまったんだよー』
ドラゴンはかなり明るく答えると、その尻尾をぶんぶんと振る。
「なあ……あの嬢ちゃん、まるでドラゴンと会話してるみてえじゃねえか?」
「何バカ言ってんだ!そんなわけねえだろ!!早く助けるぞ!!」
「でも、言われてみれば確かになんか楽しそうに見えなくもないぞ」
会話しているネーアとドラゴンを見て、いつの間にか攻撃の手も緩んできていた。
ネーアは今なら一時でも引いてくれるかもしれないと、下に向かって思いっきり声を張る。
「みなさん!!!もう大丈夫です!!このドラゴンに敵意はありません!!!」
「そんなこと信じられるか!!証明できんのか!!!」
「そ、それは……」
反発する一人の男に言葉を失うネーア。
さすがにそこまで甘くなかったと悔い改める。
しかしそのまま攻撃を続行しようとする男に対して、周りの男たちは止めに入る。
「おい、とりあえず今は様子を見よう」
「そうだぞ、お前だってさっきの見てただろ」
「だがな………」
反発する男は納得がいかない様で、武器を収める気がない。
「嬢ちゃんが言ってることは本当だ!!おめえら一旦町に戻るぞ!!」
そこに現れたのは、大剣を担いだ大男――メルオンだった。
メルオンは、ここに至るまでのある程度の経緯をその場の男たちに話すと反発していた男も渋々だが納得し、彼らを引き連れて町の方へ向く。
「嬢ちゃん!!」
「!」
「後は任せろ!そっちは頼んだぞ!」
メルオンはそう一言だけのこして前へ進んでいった。
「―……はい!」
『あのおっさんカッコいーねー』
ドラゴンがのんきにメルオンを見て言う。
「そう…だね、ボクもそう思うよ。あの人は格好いい人だ」
『ねーちゃんの彼氏?』
「………―――は!?」
あまりに突然のことに、最初に言葉を聞いた時よりもびっくりしてしまうネーア。
直後、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「そそ そんなわけないだろ!!!ドラゴン君にはわからないかもしれないけど!精神的に絶対ありえないから!!!」
『なんだよう、怒るなよなあ』
「怒ってない……それよりどういうことさ、寝床を追い出されたって」
『人間たちはどっかいっちゃったよ?それでも話さなきゃダメなのー?』
「ダメ。今はそうだけど、このままじゃまた攻撃されるぞ」
ネーアがそう言うと、ドラゴンは眉間にしわを寄せる。
『ぬぬぬぬぬう……寝床にしてた穴倉に〝変な黒い渦〟が急にでてきて、住めなくなっちゃったんだよー』
「黒い渦が……急に!?」
===[グレン荒野] 竜の穴倉===
「ありました!!例の渦です!」
その兵士は渦を視認すると、後ろに続く鎧の男に敬礼して告げた。
「ご苦労、貴様は下がって3番隊の連中に伝えろ!辺りを封鎖する!!」
「はっ!」
命令をすると鎧の男は渦のすぐ近くまで近寄っていき、改めてじっくりと眺めてみる。
その禍々しくも規則正しい動きをする渦に、男は口をすこし緩めて微笑を漏らした。
「よもや本当に存在するとは……ククク。全く、最近は勘が冴え過ぎているな」
そうつぶやくと男は渦から離れ、後ろに残っている1番隊の兵たちにも役割を与え散会させた。
鎧の男も、全員を見送った後にその場を離れる。
男の名はグルッド・プランソン。
大国騎士団長にして、メルオン・ラウルスティンの親友たる男。
つづく