7 作戦会議
長い、長い、沈黙があった。
「家に帰らせてください」
「イヤ」
「両親がお雑煮を作って待っているんです。僕はそれを食べなければならない」
「私を置いて逃げるつもり!? キミがいなくなったら誰があのミドリムシの相手をするの!?」
「自分で召喚したんでしょう? 自分で何とかしてくださいよ!」
僕は、すり寄ってくる女神様を引きはがそうとして――やめた。
現代日本の僕の家へは、女神様にワープしてもらえないと帰れないからだ。無駄な労力は使わないほうが利口というものである。
僕が抵抗しなくなったのに気づいて、女神様は目を輝かせた。
「おっ、分かってくれた? 地球人同士、あのミドリムシを処理ってくれる?」
――ひとを処刑人みたいに言うの、やめてくれませんか。人聞きの悪い。
ちなみにミドリムシ――緑色の服を着たキモい男のことだ――は、女神様に時間停止の魔法をかけてもらってある。
僕は前回、母に怒られた経緯があったので
「地球の時間も止めておいてください」
と頼んだのだが、あっちは管轄外の世界なので大きな力は使えないと断られた。肝心なところで頼れない女神様である。
「参考までに聞きたいんですけど、ミドリムシが転生勇者に選ばれた理由って何ですか? いじめられてたとか?」
「お父さんが金持ちだから、いじめどころか一目置かれてたみたいね」
僕は思わず、ズッコケそうになった。
「ってことは『お年玉10万円ください』って願いは、お小遣い感覚で言ってたのか。じゃあ、お母さんと仲が悪いとか?」
「母親にも溺愛されてたみたいよ」
「じゃあ何が不満なんだよ!?」
僕が叫ぶと、女神様は悲しそうにため息をついた。
「みんなが、そう言ったからよ」
『お前がうらやましい』
『生きてて嫌なことなんて何も無いだろ』
『俺がお前の立場だったら絶対に成功しているハズだ』
空気の読めないミドリムシでも、自分に羨望の視線が向けられていることは流石に気づく。
それは遅効性の毒のように、彼の心を蝕んでいったのだ――
「……悩みは人それぞれですね」
「だからね、彼はこう祈ったの。『神様、俺自身の能力を、違う環境で試させてください』ってね。それで私の召喚が届いたんだけど……」
「あの我がまま三昧に応えないと、転生してくれない訳ですか」
女神様は、ゆっくり頷いてみせた。
「お年玉は宝石でも何でも出してあげられる。後は年下のママを出せって部分だけね」
「うーん……矛盾してるのは年齢の部分ですよね。じゃあ、こういうのはどうです?」
かくして、僕と女神様の作戦会議が始まった。
次回、紹介する予定の料理は「海苔チーズかりかり焼き」です。