6 笑ってはいけない勇者面接
コタツで眠っていた僕が目覚めたのは、朝10時近くなってのことだった。
芸人がケツバットされる番組を見ながら、年越しの瞬間を友達とLINEで祝った。それから「面白い番組がないか」とチャンネルを切り替えているうちに、寝落ちしてしまったらしい。
「んー、体が痛い……変な姿勢で寝たからなぁ」
階下からはお雑煮を煮込む、しょう油の香りが漂ってくる。
僕は背伸びをしながら自室のドアを押し開けて――
「あけましておめでとうございます!」
「……来るところ間違えました」
バタンと音を立てて閉め直した。素早く鍵をかけ、外部からの干渉をシャットアウトする。
案の定「ちょっとー!?いきなり閉めないでよー!?」という女神様の声が聞こえてくる。僕は何も見なかったことにして、コタツにもぐろうとした。
「こらーっ! ちょっとキミ、私をシカトしようたぁいい度胸じゃないの?」
「ぐおっ!?」
突然、背後からチョークスリーパーを受け、僕は意識を失った。
* * *
「私、神様だからね。キミの部屋に直接転移することもできるの。でも万が一、その、かき初めの最中だったら悪いなーと思って、キミが部屋から出てくるのを待ってたのよ。わかる!?」
「はあ。僕、書道やってませんけど」
「黙れ、このニブチンが!」
女神様はスパーンと僕にツッコミを入れてきた。頭上には、相変わらず雲ひとつない青空がある。周囲には草原と、まばらな木立があり、そよ風が気持ち良かった。
雨もふらないで木々が生い茂っているのは、どういう仕組みなんだろう? その辺、気になる。
「あー! キミ、他のこと考えてたでしょ!?」
「はい。この女神様が住んでる場所って雨ふるのかなって」
「だーかーらー、普通に返事してくるんじゃないよ! マジメか!?」
再び女神様はスパーンと突っ込みを入れる。だんだんテンポが良くなってきた。
「おっほん! 今日はね、キミの力を借りたくて来てもらったの」
「えー、また勇者候補生との面接ですかぁ?」
「そうなのよ。コミュニケーションが取れなくてね」
僕はちょっと背伸びして、女神様の背後を見やった。向こうには白い石で出来た、ギリシャ風の神殿がある。その中では黒髪の男が、うつむいて立っていた。
身体的な特徴の乏しい男だった。着ている服が緑一色で、目がやや細い他は、中肉中背の平均的な日本人としか言いようがない。僕は女神様に質問した。
「普通の人っぽいですけど、どこに問題があるんですか?」
「うーん……口じゃ説明しにくいから、じかに会話してみて」
そう言うと女神様は、僕が通れるように一歩どいてくれた。導かれるまま、僕は二段だけの段差を昇って神殿に入った。緑色の服の男――ミドリ男とでも呼ぼう――と向かい合う。
「えーと、初めまして」
「……初めまして」
「あなたも女神様に連れてこられたんですか?」
「……」
「あの、もしもーし?」
声をかけたが反応がない。僕が戸惑っていると、ミドリ男は視線を合わせないまま呟いた。
「あっ、はい。聞こえてます」
なら返事しろよ! 僕は腹の中で毒づいたが、なるべく平静を装ってミドリ男に声をかけた。
「あの、どうして転生したくないんですか?」
「その理由なら、さっき女神様に話しました」
「……あの、僕も聞きたいんですけど」
「でも、俺はもうしゃべったので」
ガクッと力が抜ける。なんだコイツ……消極的なくせに自己主張が激しいっていうか、控えめな外見に騙されないほうが良さそうだ。
僕が次の言葉を探していると、女神様が助け船を出してくれた。
「このミドリ男はね、私が女神様だって信じてないの。信じてほしければ、自分より年下のママを出してくれって無茶苦茶を言うのよ」
「そうじゃないです」
「わっ!?」
いきなりミドリ男が割り込んできた。
「俺が出して欲しいのは、無感情だけど優しくて、処女だけどエッチで愛情あふれて寝込みを襲ってくれる年下の血の繋がったママなんです。あと、お年玉を最低10万円ください」
「ふッ、破ッ!」
「ギャアっ!?」
近接戦では拳を振りかぶって攻撃するよりも、膝蹴りのほうが威力が出る。金的を狙えばなおさらだ。
僕は右手の掌打でミドリムシ野郎の顔面を狙い、野郎が視界をふさがれて防御行動を取れなくなったところに膝蹴りの金的を叩きこんでやった。