5 転生女神のおやつ係
「ど、どうしてそれを……」
「分かるわよ、神様ですもの。やる気になれば少年の記憶ぐらい検索できます」
女神は「えっへん」と胸を張るが、僕は内心ヒヤヒヤしていた。今の言葉は直球すぎて、あやうく少年の心をデッドボールするところだった。
少年の反応をうかがう。大丈夫、僕たちから目をそらしていない。僕は話をまとめに入った。
「つまり、女神様の力を使っても、少年の望むポプテック・ワールドに行くことは不可能だ。だって、それは少年の心の中にしか無いんだから。外側に出したら、それは同じ味付けの違うものになってしまう」
「唐揚げから衣をはがした時みたいに?」
そうだ、と僕はうなずいた。
「でも、ポプテック・ワールドは少年の中に存在する。だから自分に自信を持って、女神様の提案を考えてみたらどうかな?」
「提案って……」
「異世界に転生する話よ。現代日本から離れて暮らすの」
それを聞いた途端、少年は下を向いてしまった。やはり不安なのだろうか?
「僕が聞いた限り、悪い話ではないと思う。ご飯も食べさせてもらえない日本の暮らしより、違う暮らしを選ぶわけだから」
「で、でも待って! ポプテック・ワールドの続きが読めなくなっちゃう!」
「そ、そう来たか……」
「大丈夫! そこは私の出番なのよ。少年には必要なものが手に入る、魔法のカバンを上げちゃうわ」
「え!?」
少年が目を丸くした。
「そんなもの、もらっていいんですか?」
「ただし! 必要なものしか手に入らないからね。いつか小川あぶくが必要なくなったら、別の本を手に取ること。分かった?」
少年は、両手をバタバタさせながら僕たちの周りを走り回った。あまりの好条件に、どうしていいか分からなくなったのだろう。しかし、やがて決心が固まってくると「お願いします」と深く頭を下げた。
転生勇者が一人、誕生した瞬間だった。
「なかなかやるじゃない」
少年が異世界に旅立ったのを見届けると、女神様は関心したようにうなずいた。
「あの説得力、気に入ったわ。キミ、これから定期的に召喚するから」
「え」
僕は思わず顔をしかめる。今日はもうクタクタなのに、また同じような目に遭わされるのは勘弁して欲しかった。
ここで反論しておかないとマズい!
「どうして呼ぶ必要があるんですか。今まで一人でやってきたんでしょ?」
「どうしてぇ? んーと、私のおやつ係とか?」
「は?」
女神様はニヤニヤしながら、僕の肩を叩いた。
「そうね、それがいいわ。ごちそうさま。次もおいしい料理、期待してるわよ」
「ええええええ!?」
「うるさい!」
叫んで起き上がると、見慣れた自宅のキッチンだった。またしてもテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。
目の前にはプリプリ怒った母さんがいた。
「ちょっと! もう真っ暗なのに、夕飯の準備できてないじゃない!」
「あっ」
なんてことだ。時計を見ると、もう19時を回っていた。
母さんは空っぽのご飯茶碗を指して怒鳴りまくる。
「しかも自分だけ、たぬき丼を食べて! 私のご飯は無いってわけ!?」
「えっ!? あっ、これは違うんだ……」
「いいです。母さんは一人で回転ずし行ってくるから、好きなだけ唐揚げの衣を食べててちょうだい」
「違うんだ母さん、これには事情があって! あのアホ女神、おぼえてろよぉ!」
クリスマスの夜に、僕はいい歳こいてマジ泣きした。これが女神様との出会いだった。