1 女神様に呼ばれました
「メリークリスマス! あんどハッピーニューワールド!」
キッチンの扉を開けたら、澄み渡る青空と木々に囲まれた神殿だった。中央には家具と呼んでいいのかどうか、つるつるの石でできた祭壇、机、ベンチが置かれている。
そして祭壇から僕を見下ろしているのは、あえて表現するなら女神様だった。
女神様というのは、彼女の外見から閃いた言葉だ。腰まである金髪にサファイヤのような碧眼をきらめかせ、月桂樹の冠をかぶっている。威厳に満ちたその姿は、まさに絵本に出てくる女神様だった。
ところが次の瞬間、彼女は大理石のベンチにゴロリと寝転んでこう言った。
「あー、最近こういうの流行だから、大体わかるよね?」
「何が!?」
何が起こっているのか、さっぱり分からない。僕が絶句していると彼女は「フー」とため息をつき、ぽりぽり背中をかきながら話し出した。
「説明するの面倒だなぁ。アレよ、異世界転生ってヤツよ。知ってるでしょ?」
「知りません」
「知ってるはずよ。ひとりぼっちの男子が不慮の事故で死んで、私みたいな神様とご対面するの」
「僕は家族も友達もいますし、死んだって記憶もありません」
「えぇ……友達いるの? 面倒くさいなあ。とにかくキミは女神様の眼鏡にかなって、異世界で生まれ変わるチャンスをもらったの。キミぐらいの年頃なら、地球とは違う世界に行ってみたいと思うでしょう?」
「思いません」
すると女神様は、寝返りを打って僕の方を見た。
「いいじゃん、思ってよ! 今ならチート能力あげるからさ」
「ちーと……?」
「ああもう、じれったいなぁ! 夢の無い日本人に、違う世界で活躍する権利をあげるってことよ。何が不満なの!?」
「あいたたたた!」
女神様はむくりと起き上がると、こっちへ来て僕のほっぺたをギューッと引っ張った。僕はそれを振り払うと、キッパリ自分の意見を言った。
「夢ならあります。僕は簿記2級に受かるんです。家に帰らせてください」
「簿記ぃ!? 何そのクッソ地味な資格。するってーとナニかい、キミは反則級の武器も能力も、地位も名誉もいらないってのかい?」
女神様はぐしゃぐしゃっと自分の髪をかきむしると、ドカッとその場にあぐらをかいた。さっきまで僕より上にあった視線が、今度は下から突き刺さる。その迫力に僕は若干のけぞった。
「な、何ですか。睨んだって無駄ですからね」
「面白い」
「は?」
「新鮮だわ、キミの反応。面白いからヒマなときに呼びつけるね」
そう一方的に宣言すると、女神様はノソノソと四つんばいでベンチまで行き、うんしょとよじ登って横向きに寝転がった。
その背中に、おそるおそる声をかける。
「あの……」
「ん、キミまだ居たの? もういいよ帰って」
「いや、帰り方が分からないんですけど」
すると女神様は「くうーっ」と背伸びをして、
「えー、面倒くさい。明日じゃダメ?」
とナメたことをぬかす。だんだん慣れてきた僕は正直な感想を伝えることにした。
「どこに明日にする必要があるんですか」
「いいじゃん、いいじゃん! 神様だって疲れるの!」
「人間はもっと疲れやすいんですよ! ツッコミで過労死する前に帰らせてください!」
僕たちは、そのまま30分ほど怒鳴りあった。これが女神様との出会いだった。