炭鉱生活の終わり 29話~30話・32話
29話~30話・32話
部屋からおっさん達が居なくなると、さっきまでの喧騒が嘘のように静かになった。
「えっと、父上に任命された護衛って事でいいのかな?」
書状をくるくると丸める彼女に念のため確認を取る。
「はい。左様でございます。また、小さな領主殿が月の滴を発掘した場合は、適合者としての手ほどきもして欲しいと申しつけられています。」
しかし気になる所がある。
「その書状を見せてもらってもいいかな?」
そして、文面を再度確認する。
『炭鉱奴隷として働き、いずれ月の滴を発掘もしくは、借金完済する我が息子ダーリヤ・ダニイル・グリエフの護衛として、グリエフまで無事送り届ける事を任命する』
この独特の角ばった文字。僕の名前だけなぜか丸く書く癖。間違いなく父の字だ。
「この文面から察するに、結構前から、父に任命されていた様に読み取れるのは気のせいだろうか?」
そう、最近任命されたのではなく、かなり前から任命されていたと考えた方が良さそうな文面だ。
「ご明察です。小さな領主殿が炭鉱奴隷に身を落とされた1年後に拝命致しました。」
そうなると、不明な点が出てくる。
「その割には今まで一度も会ったことが無いのは何故だ?」
そんな昔から任命されていたのなら、少なくとも1~2度は顔を見ていてもおかしくない筈だ。
「私が普段いる街が魔法の街だからです。」
いや、それは理由にならないだろう。
「それだと、普段僕の護衛として働いていなかったことになると思うが?」
ニコリと微笑み答えた。
「小さな領主殿はユーリーと言う男をご存知ですよね。今回の任務は、彼と私に拝命しています。ユーリーは炭鉱で働いている間が主ですので、こちらは小さな領主殿が炭鉱奴隷に身を落とされてからすぐに任命されたと聞いております。私は炭鉱から出て領主宅にお届けするのが任務でございますので、選定に時間がかかったのではないでしょうか。」
それなら、彼女を見たことがない事について納得がいった。ってか、元髭もじゃは僕の護衛だったのか。確かに何度も助けられたけど、誰にでもあんな感じだから、わざわざ依頼しなくてもよかったんじゃないだろうか。
「何故護衛を分けたか理由は聞いているのか?」
「それは理由など聞かなくても分かります。ユーリーはこの炭鉱の中ではかなり力をもっていますが、そんな彼も元炭鉱奴隷。どんな理由で奴隷に身を落としたかは知りませんが、そう簡単に外には出せないのが現実です。実際にはすでに刑期がだいぶ前に終わったと聞いていますが、彼がここから出ないと言ってここで働き続けているそうです。さらに言うと、この炭鉱は男社会。私が仕事を置いて護衛として入ったとしても、女性が少ない野蛮の楽園です。そんな所に女の私が居れば、暴動が起きる可能性があるからではないでしょうか。」
確かに、この鉱山で働いている女性の数は少ない。看護婦を除くと、食堂のおばちゃんが通いで来てる位だろう。看護婦はいつ何があってもいいようにと住み込みだが、男達に乱暴を受けたという話は聞いたことがない。
「なるほど。しかしその言い分だと、看護婦に多少失礼ではないだろうか。」
まるで、彼女の魅力が足りないかのように聞こえる。
「彼女に乱暴をしようものなら、彼女の服に刺繍されている刻印が発動します。荒くれ者共にはその話が口伝いに広まっているのでしょう。その刺繍も私が施しました。」
あの羽根の刺繍にそんな意味があったのか。それが事実なら確かに安全だ。って、私が施しましただって?
「更に申し上げると、先ほど申し上げた通り、私は普段魔法の街で生活をしています。ささやかではありますが、刻印魔法屋を営ませて頂いてます。そんな人間が常に鉱山に居ると、街の発展に支障が出るためではないかと推測できます。」
確かに刻印屋は数が少ない。街の発展どころか、領地発展の為に街全体で安全を確保して、本人がのびのびと活動できるように日常生活を支援する程だ。
「刻印屋が何故護衛に任命されたんだ?」
希少価値のある刻印屋は街に守られている。守られているものが護衛をするのは些か話に矛盾が生じる。
「それは、刻印屋以外に冒険者としても活動をしているからです。」
刻印屋が・・・冒険者・・・?
「冒険者ランクはSです。そして、小さな領主殿が『月の滴』を発見した時には『適合者』としての手ほどきを追加でお受けしたのは先程申し上げた通りです。」
一度整理しよう。彼女は、護衛であり、刻印屋であり、適合者でもある。冒険者としてはSランクと領地で有名になってもおかしくない。
「たしか、魔法の街から鉱山までは馬車で3週間程かかったと記憶しているが、1週間足らずで良く辿りつけたな。」
「はい。小さな領主殿が発見されてすぐに、ユーリーから領主殿に遠話刻印にて連絡が届きました。同時に私にも遠話刻印にて迎えに来るように連絡が来たのです。たまたま近場で刻印の素材を集めていたのでその足で此方に向かいました。」
「大体理解したよ。最後に1個だけいいかい。」
「はい。小さな領主殿のご威光には極力従う所存です。」
姿勢を崩さず、じっとこちらを見ている。
「その『小さな領主殿』って呼び方止めてもらえないかな。」
さっきから背中がむず痒くって仕方がない。
「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか。」
「ダーシャで良い。あと、敬語も慣れていないから止めてくれ。」
「分かったよ。ダーシャ君。私も慣れない敬語で困ってたから助かるよ。とりあえず、領主宅までよろしくね。」
さっきまでの態度と打って変わって、いきなり軽い感じになった。これが彼女の素だろう。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。
護衛承認の証として、かたい握手を結んだのだった。
「ところでダーシャ君。」
長い黒髪を掻き上げながら話を切り出してきた。
「これからの計画は、何か当てがあるの?」
第一目的は家に帰り、父に報告する事だ。問題は動こうとすると体に激痛が走る事だな。さっきのオッサンに殴られた時も、正直殴られた場所より、ベッドに登る方がよっぽど痛かった。
オッサンのパンチが石を投げた時とした場合に、今襲ってる痛みは、人間くらいの岩が崖の上からダイレクトに俺をめがけて落ちてきた感じだろ。もちろんそんな落石には巻き込まれた事が無いのでどのくらいの痛みかは想像だ。
「正直、体の痛みが酷すぎてまだ満足に動けないからな。もうちょっと療養が必要みたいだ。」
体の痛みを訴えると、怪訝な顔をされた。
「それはおかしいわね。通常の魔素中毒なら、適合するまでどれだけ期間を見ても1週間。それ以上かかる人は時々いるにしても、1週間たって満足に動けない人ってのは聞いたことがないわ。」
貧弱な子を見るように言われ、さすがに俺も不安になった。
「俺も、かれこれ約5年炭鉱に籠っていたから、体力不足ということは無いと信じてるんだけどな。」
約5年間。ほぼ休みなしで働いているのだ。一般的街人よりは体力があると自負している。発掘、運搬、粉砕。どれをとっても体を酷使する。
「ちょっと、調べてみてもいい?」
そう言うと、薄い板俺の上に置いてピッとかペポッとか聞きなれない音を出してる。
ピーピーガー ガ・・・ガガガ・・・ピーザー
聞きなれないというか、原始から続く人の恐怖心を揺さぶり起こす音だ。
「その魔具、大丈夫なのか」
「結構前に作ってから、何度も使ってるから大丈夫よ。」
運用テストもばっちりということだろう。
「そんな魔具を、見たことも聞いたことも無いけど、オリジナル作品なのか?」
「そうよ~。思いついたらすぐ作れる様に素材を大量にストックしてるのよ。」
ピッピコピッピコ音を立ててけたたましい大音量で「ピーーーー!」と鳴った。
「さて、結果が出たわね。ふむふむ・・・え・・・?」
「すっごく嫌な反応な気がするのは気のせいかな・・?」
「うん。キノセイ、キノセイ」
「とりあえず後1週間は安静にしなきゃ駄目ね。」
「仕方がないさ。」
「じゃぁ、ちょくちょく顔出しに来るね。」
―あれから、更に1週間がたった―
「いよいよもって、今日でお別れだな。」
通常の倍も魔素中毒で療養していた理由は単純で、僕の体内にあった魔素が通常よりも多かった。サヤーニャ謹製魔具による測定結果で、本人からも「これは推測になるのですが」と、前置き付きの診断結果は
①この前測定した時に検出された体内魔素濃度は、常人の15倍あった。
②魔素は特定時間で大幅に減少するタイミングがある。
③昨日現在の体内魔素濃度は常人の3倍ある(血統を考えると妥当な数字)。
④この結果から、少なくとも通常の100倍濃度の魔素に侵されていた可能性がある。
それは確かに測定したら固まるな。自分の理解の範疇を超える結果は魔具の不具合を疑いたくなるよな。
あの後数度に渡り測定したが、値の変動は計算通りだったらしく、魔具の不具合ではなく、魔素濃度異常の可能性で決まりだろうって流れになった。
俺としては動ければいいんだけどね。2週間ベットから出れないのは色々と辛かった。
あの後を振り返ると、ツルハシを磨いてるときにサヤーニャが相棒と初遭遇してしばらく見つめ合った後、悲鳴をあげてた。
Sランク冒険者なのにオオカミを怖がるのかと思いきや、愛らしい毛皮の塊に感極まったらしい。
その悲鳴を聞いて、看護婦が「ダーシャ君駄目です!!」って叫びながら部屋に駆けこみ、元髭もじゃを始めとした炭鉱の男衆が部屋に雪崩れこんできた。
何が駄目なのかを聞いたところ「知りません!」って怒られた。おっさん共はニヤニヤ笑いながらこっちを見ていた。今思い出しても理不尽な扱いだ。
重大な方で言うと炭鉱責任者に発掘した『月の滴』も領主に届けて欲しいと依頼された。普通の輸送で盗賊に襲われる可能性を考慮したときに、Sランク冒険者が護衛についてる俺に任せた方が安全らしい。
たしか、Aランク冒険者が軍の1個中隊に相当する火力を持っていると聞いたことがあるので、Sランク冒険者なら単純計算でその数倍の火力。実際に腐ったオッサンの腕を斬り落とした腕前を目の当たりにしてるので、彼女の腕は信用できる。
最初の目的地は鍛冶の街。ここから馬車で約1週間。徒歩なのでその3倍は見ておいた方がいいだろう。食料は途中の農村や狩りをしてすれば何とかなるだろうが水だけは1樽リヤカーに詰め込んだ。
「本当は坊主に馬車を用意してやりたかったんだがな。」
残念ながら、鉱山に1台しかない馬車は残念なオッサンを囚人として輸送するため、あの事件の後に炭鉱を出発している。戻ってくるまで後1週間はかかるだろう。待ち時間を考えると徒歩で着くのと大差ない気がしたので、歩いて行くことにしたのだ。
「いや、大丈夫だよ。せっかくの機会なんだし、自分の見聞を広げてくるよ。」
10歳の頃から炭鉱に引きこもっていたので、世間を良く知らない。否、一般的世間を良く知らない。労働階級や奴隷階級の扱いは5年も受けてきたのでそっちはばっちりだ。父上の視察ではないが、自分の目で見て、肌で感じ、そえを政策に生かすのが大事だ。
「じゃぁ、みんな! 今までお世話になりました。」
炭鉱の門をくぐり抜け、振り返ると最後の挨拶をした。
「おう。今度は上手い物でも持って遊びに来てくれや。」
「病み上がりなので、無理しないでくださいね。」
「ユーリーもミエトスィストラーもお元気で。」
改めて手を振った。
「こんにゃろ、やっと俺の名前を呼びやがったな。次来る時はいい酒も持ってこいよ。」
ガハハと笑いながら手を振りあった。劣悪な環境ではあったが、人間環境は最高だったな。今後領主として引き継いだ場合にどのように環境整備するかは最初の課題にしよう。
こうして、僕の炭鉱生活は終わりを告げたのだった。