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後継者教育 13話~17話

13話~17話

 そんなこんなで、家族が増え、7才の誕生日を迎えていろんな領地を貰った。

 これも帝王学というやつになるのだろうか。基本的な方針を父と話して決め、今後の発展方式を考え、不足しているものを補い、良いところを見つけ、さらに伸ばしていく。


 自分の領地の視察の名目で森や湖に遊びに出かけることが増えた。今日はダーシャの領地が一望できる丘の上にお弁当を持ってきている。 もちろん、バディも一緒だ。


 お目付役という名目で、母とマーシャが一緒についてくるのは、間違いなくバディ狙いだろう。


 父も忙しい合間を縫ってやってくる、そして、領地の心構えや貴族の心構えをしっかりと伝授してくれる。


「ダーシャ。貴族の矜持(プライド)はもう大丈夫だね。」


「はい、父上。一度口にした約束を守るのは貴族として当然の義務であり、その義務を果たさないのは、矜持を持たないオオカミと一緒である。僕はバディの様に気高いオオカミの様になりたいです。」


 その答えに父は満足に頷いた。ダーシャの頭をぐりぐりと撫でまわした。


「イタイイタイ、ちょっと、父上!痛いですってば。」


 文句を言いつつ、どことなくうれしそう。本当に仲の良い親子だ。


「あら、バディちゃん 良かったですね~。」


 2人の会話を聞きつつ、ずっとバディのお腹を撫でている。2年前のあの日宣言したお腹担当は顕在である。


「バディちゃんは気高いもふもふですからね。いつも凛々しく横になっていると、こうして気高いオーラに触れようといろんな人が来るのですよ。」


 自分の事を棚に上げて、さらには正論化しようとする。突っ込み役のマーシャも肉球をこよなく愛しているので、自分が触れている間は一切反論を言わない。


 そんな2人をほっといて、領主と領主の卵は今日も頑張る。


「開発の指示は適切な規模と時間が大事だよ。」


 眼下の領地を指差し続ける。


「あの湖から通じてる川は、普段は領民の生活水路になる。しかし雨季の中ごろで氾濫の危険に見舞われる。それを考慮して、岸辺の補強や、水路を用意したりすることで災害を回避することができるんだ。」


 実際、ダーシャに領地を引き継ぐ前にそのようなことが起きかけた。あわや大氾濫というところで魔導師を投入に成功して、新たな水の逃げ道を作ることで災害を回避した。


「適切な処理には、それに見合った見返りがあるんだよ。」


 あの時は、川辺の村全員に感謝されただけではない。新しく作った水路に水車を作ることで村人の生産性向上にも成功した。


「月が降る前の資料が家の書庫に入ってるよ。ダーシャもそろそろ、そういった知識を覚えていった方がいいかもしれないね。」


 肉球分に満足したマーシャがお弁当を広げ、みんなにお昼を促す。


 バディが家族に加わってから、食事に肉の割合が増えた。今日のお重も当然の様に肉が1段分まるっと占拠している。


「領主様がこの前持って帰ってくださった、この『お重』はかなり便利ですね。それぞれの段にいろんな物を並べれるから彩りも鮮やかになりますし、持ち運びもかさばらなくて便利です。」


 これまでは、バスケットにあれやこれやと詰め込んでいたので、パンがひしゃげる心配といつも戦わなくてはいけなかったが、この『お重』はそれぞれが独立した箱にも関わらず防水性・芸術性に優れ、箱なだけにパンをつぶす心配がない。


「あぁ、その昔東の島国で日本(イポーニヤ)って国があったんだよ。その国で使われていた伝統的なお弁当箱らしい。新年のお祝いに各家庭でそれを突いていたそうだよ。」

 上手に箸をつかって出汁巻き卵を食べる。


「この卵焼きも、その時代のレシピから再現したんだ。マーシャちゃんがそこまで気に居るなら生産販売しても大丈夫みたいだね。新しい特産品としてがんばろうかね。」


 独自で漆塗りの技術まで再現した『お重』はなかなかに好評だった。芸術性はもとより、領民が家族で遊びに行くときにもっていく弁当箱として定着してくれるだろう。


「よし、ダーシャに書庫の鍵をあげよう。この『お重』の様な技術を発掘して生産に成功したら、それだけで特産品になることもある。特産品が増えると行商人の数も増える。そうすれば勿論領内に外貨が入ってくる。領民の生活は潤うし、僕達の税収も増えるって寸法だよ。」


 グリエフ領の税金はそれほど重くない。社交界では「田舎の貧乏領主」と揶揄されている。しかし、民あっての領主と初代からの家訓にそって、まずは民の生活。それが潤えば税収として領主が潤う。

 したがって自分達の生活を潤わせたければ、領地の視察をし、開発をして、領地の発展をさせなければならない。

 この当たり前のことをしている領主は少ないが、そのどれもが伯爵領になるほどの発展を見せている。何気なくあるものをどのように活用し、いかにロスを少なくして利益を出すか考えるのは領主の腕の見せ所なのだ。


「はい。父上。さっそく帰ったら僕も書庫に籠りたいと思います。」


 その答えに気を良くし、ダーシャの頭を撫でまわす父であった。


 父の書庫に通うようになって1年が過ぎた。


 よく読む本は、いわゆる魔法書。曰く、正しい魔力の認識方法、曰く、魔素と有機物の合成方法。

 厚さ20cmは有ろうかという本を、子供ながらに読み、租借し、己の糧としていった。

 ―木工や鍛冶で作る加工品と魔法を合成し、自分の土地の特産品にならないか―と迷走する日々が続いていた。


「ん~。魔素の配合バランスがっていまいちわっかんないなぁ。」


 現在取りかかってるのが、空飛ぶホウキの原理を利用して作る大型搬送具。以前、父が土産話にその存在を教えてくれた魔法具だ。

 あれから3年ちょっと経っているが、一向に能力向上の目途が立たず、開発費の所為で家の台所事情が厳しくなってきている。


「当たれば大きいけど、当たるまでは外れと大差ないなぁ。」


 魔術理論を理解し実践できるということで、工房から白羽の矢が立ったのが僕だった。魔法力学を感覚でこなし、工房の徒弟からも嫌われてなく、何があっても領地を裏切らない人材。


 魔術理論と魔法力学は別の学問になる。


 魔術理論は、解析された魔法を効率よく使う理論であり、これを理解すると魔法具作成に必要な魔素が大幅に減少する。


 対して魔法力学は、魔力の流れによる発生する呪力抵抗や魔素抵抗をいかに最小に抑えて魔法具の性能を引き出すかを考える学問である。


 領主の一人息子ということもあり、将来は自分が発展させる領地の為、作成中の機密を漏えいすることがない。普段なら必要な高い給料も払わなくていいのだ。

 腕のいい魔法技師には高い給金を払わなくてはならない。

 一般の人足代が一月銀貨30枚前後の所を、魔法技師には、金貨3枚も支払う必要がある。

 その点僕なら自分の家の為の開発の為にまさかの無料。まさにコストパフォーマンスの塊だった。


 ―魔素に触れるのも理論を覚えるのも小さい頃が良い―


 世界の常識である。しかしその英才教育を受けれるのは、ごく一部の物に限られている。

 魔素に触れるのが遅ければ遅いほど、魔法を発動させる可能性減っていく。魔法が発動できなければ、それを効率化させる魔術を学んでも実践することができない。机上の空論は誰も信じてくれない。


 幸い、父の影響で子供のころから魔道具が家に転がっていた。一般家庭なら、明りか着火の魔道具があればいいところだろう。ところがこの家には、開発途中の魔道具がごろごろしている。

 明りや着火は勿論、湧水・旋風といった、家庭で使う物から、業務用、防衛用と幅広いものが父の書斎に資料として転がっている。

 魔道具には魔素があり、謀らずともダーシャは魔素まみれの生活をしていたのだった。


 そんな中、ダーシャが着手しているのが「大型搬送具」の開発である。構想自体はかなり昔からあり、多くの先駆者が知恵を出し、周りの開発を出しぬき、今の姿まで納まっている。

 しかし、運用面で考えるとほんの100kmの移動に金貨10枚分の費用がかかる。一般家庭で5年は暮らしていける金額だ。当然現状で運用可能なのは、軍隊が戦争での輜重に使うだけだ。


「この状況を変えたい。もっと輸送費が安くなれば、それだけ領民が潤う。」


 そんな思いを胸にして、今日も模型と戦うダーシャ少年は領主の顔をしていた。


 浮遊魔法・重量感知魔法・バランス制御魔法と問題はだいぶ浮き彫りになってきた。これさえ対応できれば後は何とかなる。


 多くの先駆者は浮遊魔法だけでこの魔法具を設計していた。少し先を進んだ開発陣は重量感知魔法も組み込み、搬送具自体が荷物の重みで沈み込まないように進化させた。


 そして今、ダーシャが目をつけたのがバランス制御である。


 通常の空飛ぶホウキでは乗り手が自転車に乗るようにバランスを取っているので正直術式が存在していない。

 しかし、搬送具では大量に載せた荷物が偏った状態になると、ひっくり返るという現実が待っている。


 これまでの開発陣の発想は、荷物を真ん中に乗せ、外の山から崩すように荷物を下ろしてから真ん中の山を下ろすといった運用側の努力を強いてきた。

 これが馬車なら、重量関係なく下ろす順番やかさばる物、出入りの激しい物など、行商で使う者の経験を生かした並び方になっている。


 従来の馬車と同じように使える。すなわち、ターゲットは商人である。


 商人も開発当初から搬送魔法具に興味を示していた。しかし、現実に運用できるのが軍隊規模の商隊が関の山である。

 コストパフォーマンスと馬車とすぐに入れ替える手軽さ。これがダーシャの最大の壁である。


 必要魔素の軽減は従来の1/100まで理論上可能になっている。魔法具の裏に刻んだ刻印で、魔素の流動速度を飛躍的に向上させた。もっとも、一般人が同じように刻んでも同じ効果が出てしまうの。


 この技術を秘匿するために、魔法具全体に防水加工と称した漆を塗り、5度塗りを実施している。最初の塗りの時に魔法陣を刻み、乾いた後に別の魔法陣を刻む。最後の塗りですべてを闇に隠すかのようにし、丁寧に塗りこまれた漆を塗りあげている。それぞれの刻印が誤動作しないように、濃度や種類を微妙に変えている。


 重量反発も、あらかじめ決められた高度 ―地面から1m― を維持するように、乗せた重量に対応する斥力を発生させる。反重力を制御できるようになったことで、総重量の向上という副産物にも恵まれた。




 最後の難関がバランス制御である。


 重量反発制御ができたことの寄り、大量の荷物を好きなだけ載せれるようになった。すなわち積み込みに偏りが発生してしまうのだ。

 これが荷馬車なら、地面に車輪が付いているので、ある程度は気をつけて進んだら良いという話だったが、搬送魔法具ではそうはいかない。


 偏ったらそのまま横滑りを始める。

 多くの開発陣を泣かせ続けている現象である。


 これほど困る現象は無い。平たい草原などをまっすぐ行くだけなら良いが、森の中や細い崖を通ることもあるだろう。

 そんな場所で横滑りをすると、荷物が森の中や崖下に吸い込まれていく。

 売りつけた魔法具が不良品だったうえに、命の次に大事にしてる行商品(めしのたね)の補償を訴えられた多くの開発陣は、裁判所の命令により散財してきたのだ。


 「これが完成したら、グリエフ家の魔法具評価はうなぎ登りだ。」


 おおよそ10才の少年と思えない発想だが、これまで積み重ねてきた領主の英才教育の賜物だろう。

 自分は天才ではない。過去いろいろな技術を子供の柔軟な発想でつなげているだけだと自覚をしている。ならば、それを武器に過去さまざまん文献を読みあさって1冊に1行でも自分の求めている情報があればよいと、今日もまた父親の書斎を訪ねるのであった。





 探し始めて3時間弱。


「これだ!やっと見つけたぞ。」


 父の書斎にこもり続けて1週間。何気なく目を落とした図鑑「はたらく乗り物」に目的の物を発見した。


「やはり、昔の超科学ではこれがあったんだな。」


 自分が想像していた形状とだいぶ違っていた。


 精巧な肖像にはかなりの人がは乗っている「飛行機(サマリオート)」と呼ばれる旅客機が載っていた。

 説明文にはこう書いてある。


「ひこうきは、たくさんのひとをのせてそらをとびます。くにからくにへ、うみをわたって、たくさんのひとや、おおくのにもつをはこぶのです。」


 明らかに子供向けの本だ。逆を言えば、子供でも知っている乗り物だったことにうすら寒い物を感じた。


 丸太の様な外見に翼という平べったい板が横断している。丸太の後ろの方にも縦横に少し短めの翼が取り付けられている。

 どうやら、この翼が飛行機のバランス制御をする重大な働きをしているみたいだ。


 他にこの飛行機を詳しく載せている本が無いかを、宝探しでもするかのように本探しの旅に戻るのであった。




それから僕は、飛行機(サマリオート)の資料を読みあさった。

 幸い書斎2階部にある縦積みされた資料の中から、飛行機(サマリオート)の設計図が大量に発掘された。


 『こんなに眠らせてもったいない』と思いつつも、大量の資料を用意してくれたご先祖様に感謝をした。


 さすがに前時代の設計図であり、魔法力学には一切触れていない。魔法が忌避されながらも発展した時代なだけはある。その代わり、航空力学とか空気抵抗とか揚力とか、今まで聞いたことが無い言葉がたくさん出てきた。


 普段なら、鍛冶屋の親方や木工屋の親方に相談するところだ。しかし、前時代の物を悪しきものとする輩もいるため、代々集めた資料は極秘書類扱いされる。


 自分で理解し、噛み砕いてから、親方達に伝えて作ってもらう。


 開発工程で自分にできるのはそれだということを理解しているので、どうしようもなく分からない所は父に見てもらうしかない。


 偏った時でもバランスをとれるように2mの垂直尾翼と水平尾翼を取り入れた。それぞれの先端に空間魔法の刻印を掘りこみ、基準となる水平座標を記憶させる。さらに、垂直尾翼は先端と付け根に垂直時の座標も刻みつけた。


 これで傾きが出た事を制御具が判断し、ずれた傾きを反重力魔術で元に戻すことができる。

 今まで失われていた技術に新たな魔法技術を使うことで、いくら荷物を偏りさせて載せても、搬送具自体の傾きが無くなるようにすることに成功した。


 設計上はと但し書きが付くが・・・。


 さっそく親方の所に新たな設計図を持っていき、新たな機構の説明をした。垂直・水平尾翼は熱による伸縮・曲がりが出ないように乾燥した木で作るこを依頼し。また、積荷が偏ることを考慮して、床板を軽めの合金で作るように依頼した。


 それぞれの親方は自分の腕の見せ所と、飲みかけのウォッカを徒弟に渡すと、さっそく材料の選定に移った。


 2週間後、両親方は自分達の仕事を完遂した。


 垂直・水平尾翼は乾いた樫の木を使い、魔素コーティングしているので雨にぬれて湿気を含まないし崩れることがない。


 床板も、特殊な合金を同じく魔素コーディングし、熱伸縮や歪みが発生しないように処理されている。


 それぞれに、新たな刻印をつけ、組み立てる。従来の馬車の同様に幌を付け繋留用の専用錨も標準搭載させた。


 後は、運用テストをするだけだ。


 都合よく、近日中に他の魔具の納品がある。訪問先はここから3日程で到着する港町(ベレズニキ)だ。納品後魚の干物や燻製を買ってきてもらい、馬車としての運用のほかに、添えつけ法具の「冷蔵庫(ハラディーリニク)」の様子を見てみよう。


 さっそく、お抱えの法具行商班を集めると、使い方の説明や注意事項を3時間かけて事細かに説明した。


 全員の顔が新しい法具に対する期待と、僕の説明にうんざりした頃に扉をノックする音が聞こえた。


「ダーシャ様、夕飯の支度が整いました。」


 この数年で一気によそよそしくなったマーシャだった。


「うん、わかったよ。あと、だいぶ前にベレズニキの商人ギルドからもらった葡萄酒(ワイン)があったよね。今日は祝杯だからそれも準備してよ。」


 めでたい日だから、今後の領地繁栄を祈願して、とっておきの葡萄酒(ワイン)を出してもいいよね?駄目だったら、バディの肉球で陥落しよう・


「かしこまりました。」


 扉の向こうで返事をすると、足音だけが遠ざかって行った。


 法具行商班にはここで解散を告げ、親方達と食堂に向かい、いただいた葡萄酒(ワイン)を3本も開けてしまった。といっても、まだ 10才なので飲んだのは1杯だけで、残りは親方達がどんどん呑んでいた。


 僕はまだ葡萄酒(ワイン)の味が分からないけど、この領地が有名になる日は近いと考えながら飲む葡萄酒(ワイン)の味は格別だった。




 僕は今、生まれてこの方一番の窮地に立たされている。


 今立っているのは法廷。理由は『取引失敗による損害賠償』である。





 完成させた大型搬送具は成功と同時に失敗であった。港町(ベレズニキ)までの納品は成功した。従来なら3日かかる工程をわずか1日で到達した。


 荷重のかかった車輪を引く馬車と違い、空中を滑るように浮かぶ筺体は、馬にしてみれば荷馬車を運ぶというよりも、散歩している感覚だった。

 朝一で出発した一行は、行ける所まで行ってみようと、気が付けば夕方には港町(ベレズニキ)についていた。


 日程に予定ができた行商班は、納品を済ませると、予定にない仕事を勝手に受けてしまった。片道1日で7日のスケジュールなら、残り5日で自分達の小遣いを稼ごうって魂胆だった。


 -彼らは、魔法具がまだ運用試験段階ということを失念していた-


 彼らが受けた依頼は、通常なら港町(ベレズニキ)から片道4日かかる山岳地にある小さな集落である。主に豹型の亜人が多く住み、交易品は狩猟で得た肉や毛皮である。


 魔法具に問題はなかった。往復分の魔素は注がれていたし、通常より多くの荷物を運べた。バランス制御や空間制御は問題なく動いていた。繋留も予定通り杭を打ち込み、夜間に風に流されないように気をつけていた。


 問題は、道中の厳しい細道だった。従来の馬車よりも荷物が載せれる分、筺体が幅も長さも大きくなっている。使い慣れていない彼らだが、車輪がないので大丈夫だろうと信じていた。


 しかし、もともとが馬車が離合できないぎりぎりの道幅。すぐ横に落ちれば、崖下まで一直線だ。


 それでも一度受けた、それも雇い主に内緒で受けた依頼を取り消すことはできない。こんなことで子爵家の名前に泥を塗ると、その場で首が胴体と永遠に離れてしまう。


 そして、車体を1/3程道からはみ出して進んだ一行は、強風にあおられた。必死になって支えようとしたが、風の勢いが強く、預かった荷物は魔法具もろとも谷底へと落としてしまった。


 運んでいたのが食料品や日常品であれば、日程的にまだ取り戻せた。しかし、積荷の大半は、村長の家へ運ぶ結納品であり、どれも一級品で同じものを取り戻すのには年単位を必要とした。


 そして彼らは、積荷を落としたことを依頼主に告げ、そのまま僕の領地から家族を置いて逃げ出したのだ。


 僕は『取引失敗による損害賠償』と『管理責任』を問われ、莫大な借金を背負うか、開発した搬送具の技術提供をして金策するかを求められた。


 貴族の矜持(プライド)をもって領民の今後を考えた僕は、取引先に謝罪を入れ、要求された賠償金を全額支払うと約束した。まだ体験していないが、一生に一度の晴れ舞台を邪魔したのだ。その位するのが当然だ。


 両親に頭を下げ、父は何も言わずに僕の提案を受け入れてくれた。



―領主は領民を守るのが勤めである。領民の生活を守るためなら、己の命を惜しむな―



 父に借金をする担保で領地を委譲し、返済の為に鉱山奴隷として行くことにした。


 親方や工房の皆で苦労して作った技術を、身の補償の為に公開するなど、とてもじゃないができなかった。



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