すべての始まり 1話~4話
日刊のほうで要望が出たので、まとめ版として掲載開始しました。
1話~4話始まりまでをまとめています。
西暦の終り
とても綺麗な満月の夜だった。十五夜ということもあり、数多の人がその現象を目撃することとなってしまった。あるものは、恋人と永遠の愛を近い、またあるものは、夢を見ていると現実を認めなかった。西暦2357年、地球は常識という定義を再度決めなおす必要に迫られていた。理由は「月が雨のように降り注いだ」からである。
その日から地球の暦はしばらく凍結されてしまった。ありとあらゆる電子製品は忽然と動かなくなり、高度に発達した社会は情報通信技術が停止したことによりその活動もまた停止してしまった。世界各国との連絡が取れなくなり、国内の地方自治体ですら連絡は現地までの伝令が必要になってしまった。
降り注いだ月の影響で、各地は土砂災害をはじめとした自然災害、津波、活火山の活動など未曾有の被害にあっていた。
宗教家達は、誰しも信仰を信じ、疑う者は教会を後にして、目に見える仲間を信じて1日を生き延びることに必死になった。
混乱に乗じて暴力で縄張りを作り地域を支配した者たちがいた。最初は治安維持部隊につぶされていた者たちも、次第に勢力を伸ばし、互いに牽制しあい、それぞれの縄張りを守り、広げていった。その姿はさながら戦国時代の様相をしていた。
そして時は流れ、月が降り注いだ日から400年とちょっと、地球の文明は中世のレベルまで巻き戻っていた、ただし過去の中世では忌み嫌われていた者が大手を振って町を闊歩する世界になっている。
彼らは実に800年以上血族で逃げ、隠れ住んで今日まで続いてきた系譜。魔法を使える一族であった。
大地にしみ込んだ月は、その身に蓄えた魔素を惜しげもなく大地に分け与えた。これまで枯渇した魔素で使っていた魔法は、ガス欠を気にせず行使しされ、また失われた魔法の再現が行われていた。
魔素を迎え入れたのは人間だけではなかった。犬猫などの身近な動物は勿論、虫や植物、野生動物までもが適応していった。それらは互いの肉体に取り込んだ魔素を奪い合うため、爪や牙を砥ぎ、弱肉強食をより一層激しいものへと激化させていった。一方、自然世界では生きていけないと判断した動物は、人型へと進化をとげた。
亜人と蔑まれながらも、己より生存能力のない人間には温かく受け入れられ、人間社会へと混ざっていった。
こうして、世界は新しい「常識」を受け入れたのだ。
そしてココでは現在進行形で事件が起きていた。
ウゥーーーーーー!!
「ヤバイ!」と本能に直接訴える音が音が坑道中に響き渡る。
「早く逃げろ!!猫耳馬鹿が発破使い損ねて崩落し始めた!!」
同室のおっさんの声がここまで届いた。
「おっさんの担当は4本先だから、早く逃げなきゃヤバイな。」
冷静に自分達への被害範囲を考えていた。
ードゴゴゴゴゴゴー
「誰だ!?。こんなときに発破を仕掛けたバカは!?」
別の坑道から怒鳴り散らすような悲鳴が聞こえてきた。
崩落し坑道の強度が落ちてる今、下手な爆発は命取りになる。それは俺みたいな子供でも分かる理屈だ。しかし、サイレンの前にしかけていた発破を急に止めることはできない。それもまた事実だ。
「やばいぞ!!おい!坊主!おまえも早く逃げろ!!」
おっさんの乱暴だがこっちを気遣う言葉が飛んでくる。しかし無理だ。なぜなら、俺の目の前にも導火線を走っている火花があるからだ。
「おっさん、無理だ!! こっちも発破を仕掛けた後だ!! おっさんだけでも早く逃げてくれ!!」
爆発まで後20秒。導火線の火を消すか逃げるかの判断は今この瞬間に行わなくてはならない。そして、俺は逃げることはしない。「民を守る」事が実の父親に習った唯一の事だからだ。
迷わず発破の根元から導火線を抜き取り、逆方向に投げ飛ばす。この導火線が消えたら急いで出口まで逃げればいい。自分の判断ミスで坑道の仲間が死ぬことは避けられた。
そう思った瞬間、導火線がいきなり爆ぜた。
「おい、嘘だろ・・・?。」
何もなかった空間がいきなり爆発し、唯一の退路が土砂で塞がってしまった。
深い暗闇の中、崩落の音が続いている。失敗したかと今更ながら自分の行動を後悔している。しかし、腕の中で丸まってる相棒を見るとそんな後悔も吹き飛んでしまう。
呼吸は正常。特に痛めている箇所も・・・ない。相棒と自分の簡単な状態チェックをすると、後は助けが来るのを待つだけだ。
「お互い怪我がなくてよかったな。」
相棒はこちらを見上げ「ワン」と鳴いた。
しかし、状況は最悪だ。愛用のツルハシはさっきの崩落に巻き込まれ自力での脱出は不可能にちかい。最初の崩落が4本先の坑道なら直線距離なら20mも離れていない。下手したらこっちの坑道は入り口まですべて塞がっている可能性がある。
「クゥーン?」
相棒の弱気な声が聞こえる。
「大丈夫だよ。幸い今日は夜までこもる予定だったから、水と食料は1日分ある。オッサン達の手を助けを待つだけなのは心持たないけど、あの人たちならすぐに助け出してくれるさ。」
相棒を慰めながら、自分達が助かる可能性が低いことも理解している。1週間前から新しい坑道を掘り始め、現在最深部のここまでは直線距離で100m。入口まで埋まった場合は、最悪同じだけの時間が必要になるのだ。それも正確に同じルートを辿ってこれたらの話だ。分岐3か所を同じように進んで来なければいけない。水と食料も心配だが、それ以上に酸素が無くなったら話にならない。ランプの灯を消し助けが待つ賭けをしなくてはいけない。かけているのは自分と相棒の命だ。自分の命だけなら気にしなくてもいい。しかし、相棒の命はかけることはできない。なんとしてでも此処から脱出しなくてはいけない。
冷たい坑道の中だが、相棒と抱き合うことで寒さはしのげる。幸い空気穴はあるらしくどこからともなく冷たい風が吹き込んでくる。
「なぁ、この風穴を広げていったら外に出れるかな?。」
何の気なしに聞くと「ワン!」と元気な返事が返ってきた。
相棒と一緒に素手で土砂を掘り広げていく。
昔監督のおっさんに「補強がない場所の採掘には十分気をつけるように」と言われたことがあるが、今の状況では補強のしようがないので今回は見逃してもらおう。
10分も掘ると指先の感覚がなくなっていた。きっと爪もボロボロになっているだろう。
相棒の採掘速度は全然変わっていない。普段の採掘もこのくらい手伝ってくれたらどれだけ楽に仕事ができるだろうか?。
暗闇はそれほど苦にはならないのは、ご先祖様から続くありがたい加護のおかげだろう。
視る行為に少し魔力を流せば、太陽の下の明るさ・・・とまではいかないが、困らない程度に閉ざされた空間を視認できる。
小さい頃はこれの使い過ぎで父上に怒られたが、あの頃のおかげでこんな暗闇におびえず作業ができる。人生どう転ぶか本当に分からない。
あれから数時間掘り続けてた。時間を計る道具などないが、俺の腹時計は優秀だ。現在時刻を昼とはっきり告げてきた。
崩落時間が最初の休憩時間の直後だったから、かれこれ2時間は掘り続けている計算だ。
「ちょっと休憩しようか。」
相棒に声をかけ休憩を促す。「わふ」と鳴いて足元にやってくると、水を求めて甘えてくる。
「ほら、待てってば。」
お気に入りの水皿に1/3程水を注ぎ、自分も水筒から一口、二口と喉を湿らせた。先程から掘り進めている穴から、温かい光が見えてきている。
この閉じ込められた状況でも希望を持つことができるのはありがたい。生き残る道が見えるから前に進むことができる。
干し肉とチーズを半分食べ、残りを相棒に与えた。もってきた食料は1日分―と言っても5食分ある―
脱出するまでの貴重な食料なので大事に食べなければいけないところだが、肉体労働は体が資本。体力にも限界があれば、素手でどこまで掘れるかも不明である。
元気がない状態での採掘など自殺行為もいいところだ。夕方まで穴を広げても脱出できなければ、夕飯を食べて睡眠を取ろう。続きは明日の朝からすればいいだろう。
明日の夕方までに脱出できなければ、後はいよいよもって救援を待つしかない。今日、明日で3食使い、残り2食で1週間生き延びれるだろうか。
自分で逃げようとせずに最初から待っていた方が良かった可能性も否定はできない。しかし、閉鎖空間に閉じ込められっぱなしというのも精神衛生上よろしくない。
―だめならその時はその時―
せめて相棒だけは無事に脱出させようと改めて心に誓った。
「よし!続きを掘るか!」
威勢よく相棒に告げ、先程の採掘地点まで向かった。するといきなり足元の地面が揺れ、そして勢いよく土の中に吸い込まれていった。
「あぁぁぁぁーー」
とっさに相棒を抱きしめたがそのまま落下する。
自分の声だけが虚しく響いていた。
慣れない浮遊感は、地面に衝突する恐怖をこれでもかと押しつけてくる。
大鷲に乗って郵便配達する職業ならともかく、何年も炭鉱で生活している自分が自由落下することなど夢にも思っていなかった。
「クゥーン。」
相棒も心細い声をだしてる。せめてこいつだけは何とかして守りたい。改めて心に誓った。
何か柔らかい物にぶつかり、世界は白く反転した。
あぁ、これが死後の世界か・・・。
そう理解し、意識を手放したのであった。