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影操師 ―誰かの記憶の物語―  作者: 伯灼ろこ
第一章 少女が生きた記憶
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 7節 帰ろう

「おはよう、アリア。気分はどう?」

 重い目蓋、重い身体。名前を呼ばれたから、少女は重い頭を持ち上げようとした。

「無理しないで。まだしばらくは横になっていた方がいい」

 開かれた視界いっぱいに、自分と同じ顔をした白髪の少年の顔が広がっていた。彼の名前はリーテ・カズワリヲ。少女ーーアリア・カズワリヲの双子の弟であると言い張る人物だ。アリアはその申請を約2年もの間、棄却し続けている。理由は、アリアの弟リーテは2年前に死亡しているから。

「リーテ……おはよう。なんだか、全身が重いわ……」

 それなのにアリアは、この少年の名前をリーテと認める。

「やっぱり昨晩のことは覚えてないか……」

「? 何かあったかしら?」

 訊ねてみて、アリアは自分が横になっているベッドがぐっしょりと濡れていることに気がつく。いや、ベッドだけではない。部屋全体が濡れているのだ。よく見るとリーテも髪から服に至るまで、びしょびしょである。

 確かここは王都にある研究所で、その宿舎のはずだ。

「ーー??」

 寝ていろと言われても、呑気にいびきなどかいていられない。アリアは重い身体を引きずり、立ち上がった。

「アリア」

「リーテ、昨晩、この部屋で何があったの?」

 リーテは言う。

「洪水……かな」

「は……は?」

「いや、僕もよくわからないんだ。気がついたら宿舎全体がーー正確には研究所敷地内の西側全てに水が侵入していた。今は引いたみたいだけどさ……。目撃者が言うには、研究所の壁を挟んだ西側には水路があるんだけれど、それが夜中に氾濫を引き起こして研究所内に流れ込んだらしいんだ。ほら見てよ、窓が外側から割れてるでしょ? だから宿舎は全部水浸し。身体が水没しそうになった僕は慌てて飛び起きて、君の無事を確認しにきたって流れ」

「そうだったの……。私、気付かなかったわ」

「その通り、爆睡だよ。呑気なもんだよね」

「むっ……つ、疲れていたのよ。肉体的にも精神的にも!」

 おそらく研究所の人間全てが水の侵入を敏感に察知し、昨晩から徐水作業に明け暮れていたのだろう。加えて水が研究施設にまで及ばなかったお陰で被害は最小限に抑えられていた。しかしこの宿舎はしばらくの間、使えそうにないらしい。

 リーテは白い髪を絞り、含んでいた水を流す。アリアも自分の髪で真似をしようとした時、「痛むから」と言ってリーテは乾いたタオルをアリアの頭に被せて止めさせた。

「でも水路が氾濫って、集中豪雨とかあった?」

「なかったと思う」

「じゃあ神様がお怒りなのかも」

「どうしてそう思うの?」

「そんな気がしただけ」

 頭がリーテの手の動きに合わせて揺れる。それが心地よい。起きたばかりなのに、また眠ってしまいそうだ。

「ありがとう」

 眠ってしまう前に、アリアは昨晩からずっと言わなくてはならないと思っていた言葉を口にした。

「急に」

「急に、じゃないわ。知らないとは言わせないわよ。アンタ、ミシェルを助けてくれたでしょ」

 アリアの髪を拭きながら、リーテは重く言葉を落とす。

「……そのミシェルの手術だけど、成功したそうだよ。研究施設に水の被害は無かったから、問題無く作業をできたらしい」

「! 本当?!」

「うん。会いに行きたい?」

「もちろん!」

「でもミシェルは会いたくないって」

 喜んだのも束の間。間を置かずに返されたリーテの言葉が、アリアに呼吸を忘れさせる。

「……。どうして?」

 理由を聞きたい。アリアはリーテに振り返る。しかし白いタオルが視界を覆い隠し、何も見えない。見させない。

「荒れ地に、帰ろう」

 しかしリーテは答えず、ただこれからの予定と願望だけを告げた。

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