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影操師 ―誰かの記憶の物語―  作者: 伯灼ろこ
第一章 少女が生きた記憶
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 4節 キイラ・ドゥリデへ

 リーテがミシェルを運び込んだ場所は病院ではない。センフェロン王都にある民間の研究所ーーキイラ・ドゥリデだ。

 ここはリーテが働き口として候補に上げていた場所に過ぎない。しかし研究所の門を叩いたリーテを迎え入れた研究者の男性は、リーテのことをよく知っているようだった。そしてリーテが抱えるものを一目見て、全てを悟った。


「復讐、とかこつけた悪徳商売の一種だろうなぁ。うんー、最近増えてるんだよ。処刑される罪人の家族を襲撃して奴隷として売り払うケースが。まぁ今回の場合は臓器が目当てだったらしいケド、ううん、いや……」

 男性はアリアに視線を滑らせ、少し言いにくそうに言葉を途切らせる。アリアが「構わず続けて下さい」と言うと、軽く咳払いをして重い口を開いた。

「ミシェルちゃんの容態を見る限り、ミシェルちゃんが死なないように計算して内臓を奪っているんだよ」

「……つまり?」

 話の先を促すアリアの肩をリーテは掴むが、アリアはその手を払った。

 男性はすぅ、と息を吸い込み、なるべく引っ掛かりを少なくして言葉を滑らせた。

「見世物にするつもりだったんじゃないかなぁ」

 アリアの拳が強く握られ、そこに血が集中する様をリーテは見逃さなかった。

「今も昔も、見世物小屋ってのは民衆から貴族、そして王にまで幅広く人気でサ。需要は増えるばかりだから、行方不明になっても誰も気にしないような子ばかりを選んで連れて行くんだ」

 そして、アリアの口元が少し綻んでいることもーーリーテは見逃していなかった。

「んー、だからミシェルちゃんは助かるよ。そこは心配しなくてもイイ。幸いここは研究所だから、合法的に入手した人間の臓器を多く所蔵しているからね。移植手術くらいはなんとかなる。リーテ君もそれをわかってミシェルちゃんをここへ連れて来たんだろうーね」

「目は?」

 アリアはすかさず質問をする。男性は返答に詰まる。

「目か……うーん。目は少し……難しいかもしれない」

「どうして?」

「ミシェルちゃんはもしかしたら、もう何も見たくないと言うかもしれないから」

「…………」

「とりあえず意識が回復して、会話が可能になったら彼女の意思を確認してみよう」

「……はい」

 アリアが頷くと同時に男性は窓の外を見る。外は、闇に塗り潰されていた。

「もうこんな時間かぁ……。君たちサ、夜遅くに国の外を歩くとなにかと危ないから、今晩はここに泊まっていきなさいな」

「え……研究所ここに、ですか」

 眉間に皺を寄せ、誰もが気付かないような一瞬の時間だけ嫌な顔をするアリアだが、ミシェルの近くにいることが出来るという利点を重視し、すぐににこやかな表情に戻して言い直した。

「わかりました」

「うん。では部屋はね、宿舎の方に空いた部屋が幾つかあるから、好きなところを使って頂戴」

 ミシェルのことは全て我々に任せて下さいーーという頼もしい言葉に納得の意を示す他無く、アリアはリーテと共に男性の研究室を出た。アリアはそのとき、研究室の扉にかかっているネームプレートを確認する。

(ベランジェさん……か。覚えておこう)

 癖毛頭の若い研究者で、口調もなんだか軽い。

 思わぬかたちで研究所キイラ・ドゥリデに足を運び入れることとなったアリアは、ミシェルを預けることができた後でもまだまだ疑心を拭い去れない。

「ここは研究所よ。病院じゃない。本当に大丈夫なの? それに手術するって……一介の研究者が? それも無償で?! 怪しすぎるわよ!」

 アリアの声は次第に感情が高ぶり、大きくなる。リーテは片手を上下させて「声を小さく」とジェスチャーだけで伝える。

「実は無償じゃない」

「え?」

 リーテは「怒らないでね」と付け加える。

「ここはアリアが言う通り、そう、研究所なんだ。だからミシェルは彼らの実験体となる」

「!!」

 すぐにベランジェの研究室へ引き返そうと身体を捻るアリアの前へリーテは回り込む。

「そこ、退きなさい。また強硬突破するわよ?」

「僕の話は最後まで聞いた方がいい」

「さぁどうだか」

 リーテの横をすり抜けようとするアリアを素早く捕まえ、リーテは深い息を吐く。

「ここは世界の異変について研究をしている施設だ。異変により生じる被害を食い止める為、それを研究する。つまりはーー多くの臓器を奪われてしまった人間の異変を治す為の研究を惜しまない。彼らは、必ずミシェルをーーアリアの友達を治してくれるよ」

 だから、信じて。

 リーテはいつもそうだ。アリアにとって信じがたい内容ばかりを「信じて」の一言だけで終わらせてしまう。

「……私はまだ、アンタが弟だってことを信じていない……」

 アリアの二の腕を掴むリーテの手が緩み、存在を確かめるような動きでその下にある強張った手のひらへ辿り着く。

「アリア」

 指と指の間を占拠するように絡みつくリーテの手を、アリアは複雑げに握り返す。

「私、信じるわ。だって、それしか出来ないものね」

「アリア……!」

「ただし、研究所をね。アンタは信じてない!」

 パンっと弾かれたリーテの手のひらは、戻る場所を見失った鳥のようにしばらくその場をさまよった。

 つまりアリアはミシェルの生命に対する安全を告知された故に、リーテを責める余裕を心に生んでいたのだ。

「アンタ、今年研究所で働くって予告してたけどさ、もうすでに働いてるんじゃないの?」

 リーテの、研究所内の勝手を知った振る舞いと科学者たちとのやり取りはどう見ても馴染みの域だ。

 アリアからの疑いの視線を、リーテは苦笑しながらすんなりと受け止める。

「だってさ、生きていくには仕事が必要じゃない。君を食べさせてあげる為にもね。研究所は王宮で働くことと同じで給料が出ることがわかったからさ、尚更」

「私を食べさせる? なによその言い方。まるで私がリーテの扶養家族みたいな!」

「違い、ある? 僕は君との生活の為に、家から遠く離れたこの王都で仕事を頑張ってるんだよ」

「私との生活? やっぱりその言い方が気になるわ。まるで私がリーテの妻のような……」

 ただ思っていただけではそうでもなかったのに、いざ言葉に出してみると自分の顔部が予想外に熱くなっていることに困惑する。頬が赤くでもなっていたら、それはそれでリーテの思う壺だ。アリアは背を向け、早足で宿舎を目指す。

「アリア、ホルマリン漬けの死体室に用でもあるの?」

 開こうと手をかけた扉のプレートには、リーテが言った内容と同等のものが短い単語で並べられている。この間違えるわけがない間違いと、動揺するココロは何だろう。

「宿舎はこっち」

 笑いを多分に含んだリーテは気分良くアリアを宿舎へ案内する。

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