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影操師 ―誰かの記憶の物語―  作者: 伯灼ろこ
第一章 少女が生きた記憶
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 2節 2人の出会い

 アリアとリーテが同じ家に住むようになった経緯は、少しばかり不思議な事象を含む。

 ご覧の通りの同じ白い髪に同じ顔ときたら、家族どころか双子を連想する。しかしアリアは違うと言い張り、しかもリーテは自分よりも2つ年下だと付け加える。どうして2つを強調するのかはわからない。ともかくこの辺境の荒れ地に住んでいたアリアの家族は、2年前、アリアを残してある日突然、消失した。アリア曰く、<やつ>に連れて行かれたという話だ。

 誰に助けを求めることも出来なかった。まずその前に信じてもらえるわけがなかった。

 連れ去られた家族は今もどこかで生きているのかと思われたが、アリアが1人で暮らし始めた1ヶ月後、再びやつが現れる。

 やつが現れる周期は定まってはいないが、朝方に出現することが多いという。正体は未だ不明。20メートルくらいの身長のある巨大な生き物であるということは噂で聞いていた。

 1ヶ月前のあの日はベッドの下で怯えていたけれど、今回ばかりはやつの正体を絶対に暴いてやると決め、アリアは外へ出た。

 そして見てしまったのだ。やつの正体ーーそれはーー


 ニンゲンの集合体。


 普通サイズの人間、つまり子供から大人までの人間が集合して、1つの巨大な人間を作り上げていた。いや、人間型と呼んだ方が正しいか。頭から胴体、手足などに普通サイズの人間が複数絡まり、巨人を形成している。それが動いている。足の裏にあたる場所に配置された人間の顔は潰れ、血と肉の塊になっている。

 目を背けずによく観察していれば、人間型の中に自分の両親と、そして双子の弟の姿があったことに気づいたかもしれない。あるいは気づくことを拒否し、アリアは人間型に背を向けたのかもしれない。

 やつに背を向けてはいけないーーそんな両親からの忠告も忘れて。

 しまった、と思ったがもう遅い。アリアも集合体の一部となってしまう。逃げるか、諦めるかーー瞬間的に迷った挙げ句、アリアは逃げることを選択した。

 その直後、やつが転倒した。

 何かに足を引っ掛けたのか、足の部分に組み込まれている人間の何かが欠けたのか、または足払いを食らわされたのかーーともかくやつはバランスを崩し、丘の上から転げ落ちていった。

 まさしく隕石が落下したかの如くの衝撃と轟音が鳴り響く。アリアは自分の意思とは関係なく跳ねる身体を支えられずに家の壁に頭をぶつけ、そのまま意識を失った。


 目が覚めると、揺らめく視界に暖炉の火が映った。近くには、食事の支度を整える弟の姿。

 家族がいなくなってから生活水準が一気に下落したアリアは、真冬であるというのに暖炉の火を焚けないでいた。料理から薪割りまで、なにからなにまでをしたことのないアリアにとって、1ヶ月も1人で暮らせたことは奇跡に近かったし自分で自分を褒めてあげたかった。

 食事は両親が残したお金でなんとか乗り気ってきたが、あと3日分しか残っていない。働きに出なくてはと思うが、センフェロンの王都になど行ったことのないアリアには異界の地も同然であり、怖くて近づけなかった。しかし四の五のなど言っていられない。

(弟が帰ってきてくれたんだから、姉としてはしっかりと家計の切り盛りをーー)

 ここではた、と気がつく。

「やっとお目覚め?」

 白い髪が暖炉の火が反射して紅く染まり、見慣れた顔は自分の顔そのものだ。だから何の疑いももたずに「弟」と表現してきたが、違う。

「ごめんね、家計が厳しくてさ……作れたものが、サラダとクリームスープ、そして町で買ってきたパンだけなんだ。でも並べるとさ、それなりのものに見えない?」

 ほら起きて食べてーーと、手を引っ張って無理やりに立たされ、テーブルまで誘導される。

 味は、美味。粗末な材料からここまでのものを作れたのかと感心をする。

 アリアが食べている様子をにんまりとした表情で眺めていた「弟」は、思い出したように手を叩き、散らかっていた家の中の後片付けをし始める。家の中は、1ヶ月前のあの時から時を止めたように変わっていなかった。そこに変化をつけたのが「弟」だった。

「ねぇ、リーテ」

 アリアは呼んでみた。「弟」の名前を。

「なんだい、アリア」

 すると当たり前のように返事がくる。

「お前は誰だ」

 間髪入れずに、アリアは鋭く「弟」と名乗る男に正体を明かすことを要求した。

「なに言ってるんだ。僕は君の双子の弟のリーテ・カズワリヲだよ」

「嘘を吐きなさい! 私の弟はね、弟はね……!」

 弟は。

 弟は、どうなった。

 それを決定的な証拠として言葉にしようにも、何故か喉に詰まって声が出なくなった。認めたくない証拠だったのかもしれない。

 弟は、アリアが見ている前でどうなったのか。

 ああ、だめだ。言葉にしようとすればするほど胸が苦しくなり、大粒の涙がボロボロと頬を伝って流れる。

 涙を拭うのは、温かくしなやかな指だ。

「1人は、さみしかった?」

 アリアは頷く。何度も何度も。

「ごめんね。でも、帰ってきたから」

 この涙の正体は何だろう。悲しみの涙か、嬉しさの涙か。ーーどっちでもいい。

「もう君を1人にはしないよ」

 アリアは立ち上がる。立ち上がって、「弟」の背中に両手をまわした。しがみついたのだ。

 ずっと言ってほしかった誰かの言葉は、優しくて切なくて、これが例え一時の夢であっても良いとさえ、アリアはこのとき思っていた。

 しかし次の日からも夢は覚めることなく、「弟」は家の中にいた。

 両親のいない、2人だけの生活が始まる。

 そして2年の歳月が流れた。



「お前が私の弟だってことはまだ信じていないからね!」

 ふと思い出したようにアリアは弟の背へ向けて言葉を叩きつける。寝起きにベッドから落ちた状態でのその台詞には、あまり凄みは無かった。

「へぇ。毎晩毎晩、1人で寝るのが怖いからって僕のベッドの中に侵入してくるやつが言う台詞?」

「! バラさないで!」

「誰も聞いてないよ」

「2つも年下のお前がなにを偉そうに!」

「僕はアリアと同い年だよ。ただ生まれるのが僕の方が数分だけ後だっただけで」

「2歳年下! だって私の弟は2年前に死んだもの!」

 アリアが弟の死について口に出して言えるようになったのは、その出来事がすでに過去のこととして消化出来ているのか、このリーテを弟であると信じた故の憎まれ口なのか、はたまた自分の気持ちを誤魔化す為の冗談であるのかーー誰にもわからない。

「はいはい。さぁ顔を洗ってきて。今日は取れ立ての野菜と卵を安価で手に入れられたから、朝食はハムを挟んでサンドイッチにしよう」

「あら豪華!」

 先ほどまでの反抗的な態度はどこかへ消え去り、アリアは台所にて着々と進められる朝食の準備を覗き見て鼻歌を歌いながら外へ出た。

ーー扉を開けると共に目を細める。陽射しが眩しい。汗がじわりと浮かぶ。今は夏だ。

 このセンフェロンの町から離れた荒れ地でも、夏場は緑が所々に顔を出す。名前のわからないが綺麗な花が風に揺れ、鳥のさえずりが耳を掠める。

「よいしょっ、と」

 井戸から水を汲み上げる。ばしゃ、と顔に振りかけた。夏場のひんやりとした井戸の水はとても気持ちが良い。

 カズワリヲ家はここの水を使って日々の生活の糧としているのだ。それは2人だけの生活となった今も変わらず。


 だが知る人は言う。


 荒れ地の井戸の水は、2年前の事件の時にとうに枯れてしまっているはずだ、と。

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