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影操師 ―誰かの記憶の物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 少年が見た記憶
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 2節 荒れ地の訪問者

 リーテがバルバラン帝国へ出掛けた次の日。このセンフェロンの荒れ地に意外な人物が訪れる。

「あ、もしもーし? アリアちゃん、いる?」

 妙なリズムを刻むノックの音は、家の中で怯えていたアリアの警戒心を解くに十分な効果を発揮した。

 幾重にも施された厳重なる鍵を外し、開かれた扉から顔を出したアリアに陽気な声が降る。

「ひさしぶり!」

 寝起きのままの乱れた髪に、澄ましていれば割りと整った顔立ちに見える青年が扉の外に立ち、片手をあげていた。

「いやぁー、君たちの家ってホント遠いんだねぇ。ここまで来るのに軽く3、4時間はかかっちゃったんだけど……そんなもんなの? あ、ちなみに何度か迷ってる」

「ベランジェ……さん?」

 センフェロン王都にある研究所ーーキイラ・ドゥリデという名の研究所で働くこの青年は、アリアの友人ミシェル・カーデルの命を救ってくれた恩人だ。

「ああっ……その節はどうも。お礼も言わずに帰ってしまって、すみませんでした」

 深々と頭を下げるアリア。ベランジェは両手の平をぶんぶんと振る。

「それは別に全然いいんだけどサ。んんー」

 ベランジェは顔をあげたアリアをにんまりと眺め続ける。

「な、なんですか」

「いや、なんだかアリアちゃんって、リーテ君のお姉さんというか……お嫁さんって感じだよね」

「え」

「ほらこうやってリーテ君が帰ってくるのをずっと待ってるわけでしょぉ?」

「ま、待ってるだけです……他にすることがないから! それに、家事が出来るわけでもないしっ……」

「ん? 赤くなってる」

「! ご、ごめんなさい!」

「僕に謝らなくても。あはは、まぁ僕がここへ来た理由はアリアちゃんをからかいにじゃない。ちょっとお仕事を頼めないかと思ってね」

「仕事? もしかして研究所の……?」

「うん!」

「だ、駄目です。リーテが怒る……」

「そのリーテ君がいないから、君に頼みに来たんだよねぇ」

「……え?」

「彼の行方知らない? この家にもいないみたいだし」

「……バルバラン帝国へ……研究に使うサンプルを受け取りに行ったんじゃ……ないんですか?」

「へ??」

 ベランジェは乱れた髪を引っ掻き回し、長く唸る。

「……あ、そうだったカモー。ごめん、忘れてたよ」

「ベランジェさん……」

「あはは、ごめんごめん。最近物忘れがひどくてさ。でも、それなら尚更好都合だよね。バルバラン帝国なら往復するだけでも4、5日はかかるし、アリアちゃんもリーテ君に見つかる心配もなく仕事ができる」

「仕事をすること前提ですか」

「あはは」

 ベランジェは小声で囁く。

「この仕事が成功すれば、<やつ>の正体がわかるかも?」

「!」

「うん。リーテ君から話は聞いてる。大変だったみたいだね、君たちも」

「…………」

 見渡せば、荒れ果てた大地が広がる。かつてここも緑に溢れていたというが、それは想像をすることが馬鹿らしくなるほど大昔の話だろう。だが<やつ>は一体いつ頃から出現し、なぜ人をさらうのか。これは、解き明かさなくてはならない問題だ。

 アリアには、その義務がある。

 絶対的な使命感ーーその意味すら、知らないまま。

「わかりました」

 アリアは着替えると、簡単な荷物だけを持ってベランジェが待つ家の裏手へ回る。ベランジェは頭を掻き回しながら、井戸の中を不思議そうに覗き込んでいた。

「どうしたんですか?」

「ん、いやー……不思議なこともあるもんだなと思って」

「なにがです?」

「ここの井戸水ってさ、確か2年前に枯れたはずだよね?」

「ーー……そうなんですか?」

「なのに普通に水がある。リーテくんが頑張って掘ったのかなぁ。でもそう簡単には掘り当てられないはずなんだけど」

「…………」

「ま、いいか。行こう、アリアちゃん」

 荒れ地からセンフェロンの王都までは、言うなれば1本道である。障害物も無く、ただ真っ直ぐに進めば辿り着く。アリアにとって迷うことのない道だが、慣れない者にとっては果ての無い空間を永遠と歩き続けているようで、不安に陥るらしい。

「あ、ベランジェさん。そっちじゃないです」

 果てなく広い1本道は、人間に迷いを生むらしい。

「え? あれー? ここ、さっきも通らなかったぁ?」

「いいえ。似ていますが、そこの大地の窪み方が違います」

「そうかなぁ……」

「そうなんです」

 研究者として腕は良いのに、ベランジェはそれ以外のことはてんで不得意のようだ。

「あの、これから研究所キイラ・ドゥリデへ行くんですよね」

「そう言ったよねぇ」

「……ミシェルは、元気にしてますか」

「うんっ、目が見えないことをカバーするように色々手伝ってくれてる。あの子、なかなか研究者としての見込みがあるかもしれない」

「そうですか」

「友達だもんねぇ。会いたいでしょー?」

 口をつぐみ、表情に陰を落とすアリアをベランジェは不思議そうに見下ろす。

「本当は研究所へ行くこと、憂鬱なんです。リーテに怒られることよりも、ミシェルに会うことが……」

「どうして? 君たち友達なんでしょ?」

「ミシェル、私に会いたくないみたいなんです」

「へ?」

「理由はリーテが教えてくれないからわからないんですけど、きっとミシェルは私のこと嫌いになったんだわ」

 ずっと考えないようにしてきたことは、言葉にすると想像以上に落ち込む。

 俯くアリアを、ベランジェは笑い飛ばす。

「あはははははは!」

「……なにが可笑しいんです」

 アリアは咄嗟に顔をあげ、ベランジェを睨む。

「いやいやいや、ゴメンネ。そういうことじゃないんだ。リーテくんも詰めが甘いなぁと思って」

「?」

「あの子もまだまだ子供だってコトだね」

「ベランジェさん……あの、何をおっしゃってるのか」

「とにかくミシェルちゃんに一度会ってみなよォ。元通りの、仲良しな2人に戻れるはずさっ」

「そうでしょうか……」

 道を徹底的に間違い続けるベランジェをセンフェロンの町まで案内し、入国許可証を見せて国門をくぐると同時に鼻を掠めた鉄臭いニオイに、アリアは顔をしかめた。

 ニオイは町の広場から流れてきているらしい。複数の人間の歓声らしきものも聞こえる。

「あ、またやってる」

 ニオイと歓声を感じとり、ベランジェは独り言のように呟いた。

「やってるって……」

「公開処刑。如何に残酷なやり方で処刑するかーーが処刑人の間で競われてんだよね。ちなみに王様の意向で」

「……そう」

「この前ウチ(研究所)にも王宮の騎士がやってきてさぁ……人体をどう傷つければ一番苦しみ、そして長く生き続けるかを聞かれちゃった」

「答えてないですよね?」

「安楽死の方法を伝授してあげようと思ったけど、それが処刑時にバレたら僕ら研究所の存続が危うくなるから正直に教えました」

「…………」

 今、聞こえている受刑者の悲鳴は、もしかしたらベランジェから伝授された処刑法によるものかもしれない。

「そんな目で見ないでおくれよぉ。王の命令は絶対なんだからサ。アリアちゃんも処刑されるのはイヤでしょ? しかも最大限の苦痛を味わう方法で」

「……難しい問題ですね」

「ウン。いつの世もネー」

 町を抜け、王都へ入る。小高い丘を登れば、そこがキイラ・ドゥリデだ。ついこの間訪れたばかりの場所だが、ひどく懐かしく感じる。

「あっ、リーテくん?」

 歓喜に満ちた声を掛けられ、振り向くとそこには見知らぬ研究員の女の子が立っていた。女の子はアリアの姿を見て、狐に包まれたように不思議そうな首を傾けた。

「リーテくん……じゃない?」

 リーテと同じ白い髪に同じ顔。しかし丸みを帯びた体型が女性を示している。女の子は傍らに立つベランジェに答えを求めた。

「リーテ君の双子のお姉さんだよ、コルネリア」

 コルネリアと呼ばれた少女は口元を押さえ、顔を赤くしてアリアに謝った。妙に引っ掛かる反応である。

「あははー、あの子、リーテ君のことが好きなんだよねぇ。なにかとリーテ君の仕事を手伝おうとするんだ」

 コルネリアが逃げるように去った後で、ベランジェは実に可笑しそうに笑う。

「でもリーテ君にはアリアちゃんがいるしね。コルネリアには悪いけれど、リーテ君のことは諦めてもらおう」

 さきほどから声の聞こえないアリアに振り返り、ベランジェは気分が悪いのかと訊ねた。

「処刑のこと、やっぱり怒ってるとかぁ?」

「いえ、そういうことじゃないんです。リーテが王都で何をやっているのか……私が把握していない知り合いとかたくさんいて、なんだか……私、リーテのこと何も知らないんだなって……そう感じてショックを受けていたんです」

 ベランジェは話を聞きながら何度も頷き、やはりにっぱりと笑う。

「これから知っていけばいいじゃない!」

「これから……ですか」

「若い2人を僕は応援するよ! その為にはアリアちゃんにも研究所の仕事に慣れてもらわなくちゃねー」

「……はい! なにをすればいいですか?」

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