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影操師 ―誰かの記憶の物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 少年が見た記憶
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 1節 2年前の真実

 白髪頭の少年の名前を天羽亞也という。これは加齢によるものではなく、生まれつき髪が白いらしい。一人っ子であり、両親からの愛情をあまり受けることなく育った。

 性格は誠実で正直とは言い難く、どちらかというとひねくれている。いつも人を小馬鹿にしたり、からかったり、本気なのか冗談なのかわからないヒヤリとさせられる発言を繰り返す。

 しかしそれが彼本来の姿なのかどうかは、誰も知らない。

「こっちの世界に長居しても大丈夫なの?」

 シスターのような格好をしている少女マリーは、腕に巻き付いた時計を数回見ては心配そうに亞也に訴える。

「あー……アリアには出張って言ってあるからさ。4、5日帰らなくても問題無し」

「つまり4、5時間は大丈夫ってことね」

 薄暗い地下室で、亞也は冷たいカフェオレを噛み締めるように飲んでいる。

「やっぱり現代の飲み物はいいなぁ……恋しかったから、余計に美味しく感じる」

「あっちの世界の飲み物や食べ物って、どんなものがあるの?」

「基本的には現代のものと大差は無いけど……ボクらが当たり前のように食べたり飲んだりしているものが、センフェロンじゃ馬鹿みたいに高いんだよねー。選ばれし貴族の食事ってやつ? だからいつも安いパンと水ばっかり。たまに玉子やハムも買えるけど」

「栄養が偏るわよ……」

「仕方ないじゃん。カズワリヲ家は貧しいんだから。これでも頑張ってメニューを豊富にしてる方だよ? ボク、料理を始めとして家事は全般得意なんだよねぇ。両親がボクの世話をしなかったから、自然と身に付いたスキルです。えっへん!」

「なら……残してきたアリアが心配じゃない? あの子、家事とか全く出来ないらしいじゃない?」

 亞也は片手を顎にあて、「うーん」と唸る。

「別に? 死にはしないだろうしぃ」

「冷たいわね……仮にも、前世で姉だった人でしょ?」

「それはあそこのベッドで寝ている女が勝手に喚いていただけだろ? ボクの前世がアリアの双子の弟とさか、どこにそんな確証があんのさ」

「でも亞也を記憶の世界へ送る時に、姿を天羽亞也のまんまプログラミングしてみたらさぁ……アリアの食いつきが半端なかったんでしょ? 弟だと信じて疑わなかったんでしょ?」

「いや、しょっちゅう弟じゃないって否定され続けてた」

「あれっ? バレてたの?」

「バレてるというか、信じたいけど信じられないというか、深層心理下では多分ーーボクがリーテではないと知っている」

「ふうん……」

「ま、そりゃそうだよね。本当のリーテは、影人かげびとの集合型に殺されてんだから。アリアは、それを見てるんだから」

 センフェロンの荒れ地に、たまに現れる<やつ>こと影人の集合型は、おそらく何らかの条件に当てはまった人間を吸収する能力を持っている。それがアリアの家族が言っていた「やつに背を向けるな」かもしれないし、全く別の条件かもしれない。

「やつが現れた2年前のあの日、君は本当は家の外には出ていなくて、ベッドの下に隠れて怯えていたーーだからリーテだけが助かったところを目撃していないんだ。……とアリアには言い聞かせてるよ。一応ね」

「かなり苦しまぎれの言い訳ね」

「でもそれが成功したんじゃないかなって……最近、感じる」

「何か決定的なことでもあったの?」

「うん。お前がーーいや、ミシェルが教えてくれたんだよね。アリアが、弟が帰ってきて嬉しい……って言ってるって」

「わぉ。作戦成功じゃない」

「ずばり<弟に恋愛感情を持たせる作戦>ね。こんなの絶対に成功するわけないって思ってたけど、最近のアリアの動向を観察すると、作戦は成功の兆しを見せてるね」

「いやあたしは成功するって思ってたわよ? だってーー」

 不自然に言葉を途切らせたマリーはおもむろに立ち上がると、寝ている少女に繋がれたコンピュータの様子をチェックしに行く。

「……どうしたんだよ?」

 真剣な表情でコンピュータを操作をするマリー。亞也はカフェオレを喉に通しながら少しだけ声を張り上げる。

「ちょっと気になっただけ。問題は無いわよ?」

「そ」

「あれれぇー? なに心配しちゃってんのぉ亞也クン? まさかアリアへの気持ちは演技じゃなくなったとか……?」

 戻ったマリーは意地悪く亞也の顔を覗き込む。

「馬鹿女が……。どこの世界に実の姉を好きになっちゃうやつがいるんだよ。あ、実の姉ではないか……」

 自分が口にした言葉の矛盾に自分だけで悩み、しかしすぐに「どうでもいい」と考えることを放棄する。

「そういや、センフェロン王都の水路が氾濫してさ、キイラ・ドゥリデが洪水の被害に遭った」

「え!!」

 マリーは勢いよく立ち上がり、両手をテーブルの上に叩きつける。

「かっ、<観測室>は無事なの?!」

「うん。真っ先に確かめたからそれは大丈夫。アリアの無事を確認するより先にね」

「ほーっ。良かったわ。観測室のなくなった研究所に存在意義なんて無いし。しかし水路の氾濫なんて、そんなの記録に残ってないわよぉ……」

 マリーはぶつぶつと文句を言いながら、ポケットから取り出した小型端末を操作する。何かを調べているようだ。

「歴史が変わったんじゃない? だってさ、本来ならーーアリア・カズワリヲはとっくに死んでいるはずだし。2年前の、あの時に」

「? アリアが生き延びたことと、水路の氾濫は関係あるわけ?」

「あるに決まってんじゃん。だって、<水>だぞ?」

「……そっか」

「それに、水路に水死体もあったし」

「氾濫に巻き込まれた哀れな国民?」

「ベランジェと同じこと言うな。……水死体は2体あった。どちらも内臓を全て抜かれたことによる強制的な死だ」

「うっ、グロ……」

 口元を手で押さえ、顔を青くするマリーを見て亞也は嘲笑う。

「かつてのお前とお前の両親がやられたことじゃん」

「言わないで! 今のあたしはミシェルじゃないの。もう生まれ変わったの! 過去のことなの!」

「まぁそれはいいさ。とにかく2体の水死体を作り上げたのもアリアだとーーそう確信している」

「アリア……そいつらの腹をかっ捌いたわけ?」

 亞也は首を振る。

「身体に切り傷はなかった。おそらく胎内の水分を増幅させて許容をオーバーさせ、内臓を口などのありとあらゆる穴から押し出したんだ。ったく、死体の始末と国への報告の誤魔化し方に頭を痛めたよ」

「……残酷な殺し方をしたもんだわね」

「? お前の為だろ?」

「え?」

「あの2体の水死体は、ミシェルから眼球と臓器を奪ったやつらだよ」

「…………」

「良い友達を持ったもんだねぇ、マリーちゃん」

「なによ……他人事ひとごとね」

「他人だし」

 亞也は肩を震わせて笑った。

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