ホットリップス
「ねーねー、聞いてー!!」
と、誰が見ても可愛いと言うであろう女の子が私に抱き付きながら言う。
私は慣れているので、いつものように「うん」と答えた。
「あのね、私思い出したの!」
「何を?」
彼女は、楽しそうに笑いながら言った。
「この世界が、乙女ゲームの世界だってことに」
「……」
私が黙っていると、彼女は私の顔を覗き込んできた。
「聞いてるー?ゆなー?」
「聞いてるよ。ゆうなは、寝ぼけてるのかな?」
「寝ぼけてないよ!ちゃんと聞いてよ!!」
と、怒っている姿も可愛らしい女の子、成瀬優菜は私、山川柚那に説明を始めた。
ここは、乙女ゲームの世界で、タイトルは覚えていないらしい。
なんか長ったらしいタイトルだったとか。
それを思い出したのが、昨日の夜。
夢をみたらしい。
所謂、前世の夢というやつ。
前世のゆうなは、ゲーマーというやつで、特に乙女ゲームが大好きだった。
そして、この世界はゆうながプレイした乙女ゲームということに気付いたらしい。
「本当に、びっくりしちゃったよー、生まれ変わってもやってることは変わらないっていうのも悲しいだけどね」
と、ゆうなは笑いながら言ったが。
そう、ゆうなは、乙女ゲームが趣味だ。
同じく私もで、それが私達の仲良くなるきっかけなんだけどね。
「えっとねー、攻略対象は5人なの。朝田響、谷山裕、川田晃平、紺野翠、大野翔。
ね、これが何よりの証拠でしょ?」
それにしても、馴染みのある名前ばかりだ。
でも、それだけで信じろというのは無理な話だ。
ゆうなはこの世界をゲームの世界だというけれど、実際に私もゆうなも今挙げられた名前の人物もみんな生きている。
彼らと、私たちの間に画面などないし、実際に触れる。
「あれー、まだ信じてないのー?じゃあ、最後に、ヒロインの名前は、成瀬優菜」
まだ、信じていない。
でも、ゆうなは、凄く自信満々に自分が主人公だと言い切った。
とりあえず、落ち着いて、考えよう。
「ここは、乙女ゲームの世界で、 みんな は攻略対象。で、ゆうなが主人公ってことでいいの?」
「うん。やーっと信じてくれたんだー」
「信じてないよー。でも…嘘だとも思えないんだよね」
ゆうなはとても可愛い容姿をしている。
それに、少しわがままで、気が強くて、でもどこか脆い、それがこの世界のヒロインゆえだということなら納得できる、と思った。
少し考えながら、ソファの背に寄りかかっている私。
そんな私の態度が気に入らないのか、ゆうなは、私の膝に乗っかかりながら、
「もう本当なんだから!今思い出してみたら私、 みんな と初めてみて目があった瞬間から、何かしらの接点ができたんだもん!」
と言った。
うーん、ありえない、ありえないとしか言えない。
でも、本当のような気がしてきた。
輪廻転生を信じているわけではないが、ゆうなの前世の話はとてもリアリティーがあった。
今もある、とある二次元グッズがたくさん売っているお店で、予約特典を気にしながら、乙女ゲームを予約したり、ドラマCDを大量購入したりなど…今とやっていることはあまり変わりがないようだ。
お気づきかと思われるが、ゆうなは残念な美少女だ。
それを隠すための演技力も、腹黒さも持っているのだから、ゆうなは、 みんな に、そのことがバレていない。
「まぁいいや、とりあえず、信じるよ。でさ、私が信じたとして、ゆうなはどうしたいの?」
私の言葉に満面の笑顔を浮かべたゆうなは言った。
「逆ハーレムを作りたいの!」
私は思わず吹き出した。
お腹を抱えて笑う。
ダメだ、笑いが止まらない。
「なんで笑うの!?」
と、ゆうなは不満顔。
「だってさ、…う、ははっ、あははっ」
ーガラ
誰かがドアを開いた。
「何やら楽しげな声が聞こえると思ったら、二人とももういたんだ」
と、一人の男子生徒が入ってきた。
着崩されることなく、第一ボタンまでしっかりと止められたYシャツに、真面目そうというイメージの、とても整った顔立ちをしている。
「響くん」
ゆうながさっきより少し高い、甘い声で彼の名前を呼んだ。朝田響ー、それが、彼の名前。
「お前、そういうときはな、「消毒だよ」とか言って、舐めるのが普通だろ」
「ばっか、お前! 絆創膏持ってるのに渡さないとかおかしいだろ」
と、ドアの外からアホらしい会話が聞こえてくる。
ーガラ
と、当然のようにドアは開かれ、今度は二人の男子が入ってきた。
「あっれー、俺らが最後だと思ったらまだ、こーへいも翠も来てねーじゃん」
「本当だね。まー、こーへいは忙しいからさ。翠は、教室で寝てるんじゃね?」
先に言ったのは、響とは、正反対で、制服がセンスよく着崩されていて、首にはシルバーネックレス、チャラそうだが、イケメン、彼が谷山裕。
後に言ったのが、面倒見が良いと言えば聞こえは良いが、私には少しお節介な、幼なじみ、大野翔。
「遅いよー、二人ともー」
またもや、甘い声で二人に声をかけるゆうな。
二人は、「ごめんごめん」といいながら、私達が座っている、ソファーの向かい側に座った。
ーガラ
「俺らが最後だな、おまたせ」
と、言いながら入ってきたのは、川田晃平。
走ってきたのか、額には少し汗が浮かんでいる。
Yシャツで汗を拭っている姿まで爽やかなのは、イケメンだからなのかな?
そして、彼の後ろから顔を出したのが、紺野翠。
眠たそうにしているから、晃平に起こされて連れて来られたのだろう。
「俺らも今来たとこだけどな」
と、裕が言い、全員がソファーに座ったところで、パンッと、ゆうなが手を叩いた。
「じゃ、はじめよっか」
と。
私は、仕方なく、腰を上げ、台所まで行く。
「私ー、カフェオレ」
と、ゆうな。
「俺は、コーヒーで」
と、響。
「俺、コーラでいいやー」
と、裕。
「俺もコーラ」
と、翔。
「僕は、アイスココアで」
と、翠。
「俺も手伝うよ」
と言ってくれたのは、晃平。
本当に、顔だけじゃなくて、いい奴だよね。
「ありがとう」
と言い、私は、 みんな の注文通りの飲み物を入れる。
そう、みんな。
さっき、ゆうなが言っていた攻略対象はみんな。
裕も、響も、翔も、翠も、晃平も。
「今日はね、隣の駅のケーキ屋さんのシュークリームにしたんだ!」
と、私が机に飲み物を運び終わった後くらいで、裕が冷蔵庫から物をだした。
「わー!ありがとう!私が昨日シュークリーム食べたいって言ったからだよね?」
と、ゆうなは甘えたように、裕に抱き付いた。
「まあな」
と、裕はゆうなの頭を撫でながら言う。
その姿に少しだけ、心臓がチクリとした。
今日は、私の誕生日だったのになー、なんて。
思っちゃったり。
ゆうなは、裕と、翔の真ん中に座った。
私は、飲み物を置き終えて、お盆を抱えて、立っている。
ゆうなは、確かにヒロインだよ。
ゆうながお姫様で、みんなが王子様。
私は、…侍女?
意外とうまい例えができてしまった。
みんな がゆうなを中心にして笑っている。
「逆ハーレムを作りたいの!」
なんて、ゆうなは言ったけど、もう出来てるじゃん。
この部屋だって、ゆうながみんなでゆっくり出来る部屋が欲しいって言うから、先生からの信頼が厚い、響が建前上の「天文学部」を作って、同じく、信頼が厚い、晃平が部室を獲得したのだ。
少し暗い気持ちに、なってきた。
「こらこら、裕。それ以上意地悪しないの!」
と、晃平が突然大きな声で言った。
裕は、私の方を見て、ニヤニヤと笑った。
へ!?なに?
裕だけじゃない。みんなだ。
ゆうなだけは、私と同じで何が起きてんのか分かっていないようだったけど。
裕はまた立ち上がり、冷蔵庫からけっこう大きい四角の箱を出してきた。
「ジャジャーン」
と、翔が言うと。
「いっくよー」
と、言いながら裕が箱を開けた。
入っていたのは、大きなホールケーキ。
しかも、私の好きなショートケーキ。
「え!!」
私はすごく間抜けな顔をしているだろう。
でも、すごーく、すごーく、嬉しい。
「私、ショートケーキ食べれない」
無表情で言ったゆうな。
怒っているようだ。
そうなのだ、ゆうなはチョコレートケーキが好き。
ゆうなはいちごが嫌いなので、ショートケーキが食べられないのだ。
「だから、ゆうなには、シュークリーム、な」
と、翔がゆうなをなだめるように言った。
ゆうなはまだ納得のいかないような顔をしていたが、翔に頭を撫でられ、仕方なさそうに頷いた。
ゆうなには悪いが私は、ゆうなを優先させないで、ショートケーキを買ってくれたこと、なにより、私の誕生日を覚えていてくれたことが凄く嬉しくて、涙が出そうだった。
「ほら、ゆな、早く座って」
と、翠が自分の隣を指さして言う。
「うん」
と、私は頷いて、翠の横に座ると、私を真ん中にして晃平が隣に座ってきた。
翔がろうそくをさして、裕がカーテンを締め電気を消す。
ろうそくに火を付けて、 みんな がバースデーソングを歌ってくれた。
ゆうなは相変わらず、ふてくされた顔をしていたが、一緒に歌ってくれた。
ろうそくを消した、瞬間、抑えきれずに泣いてしまった。
「ちょっと煙たいけど、大丈夫かね?」
と、裕は手で煙を払いながら言う。
「大丈夫だよ。もう火は消したし」
「そういう問題じゃないよ」
と、翔の言葉に翠が突っ込みを入れる。
私が泣いていることに最初に気付いたのは、晃平だった。
「十六才、おめでとう」
と、私にだけ聞こえるように言った。
次に気付いた響は、
「なんだよ、泣いてんのかよ。去年だって、一昨年だって、みんなでお祝いしてたじゃねーか」
と、呆れたように、それでいて、優しさのこもった声で言った。
「えへへ」
と、私は笑ってごまかした。
今年は違うんだよ。
と、私は心の中でつぶやいた。
私達は、中高一貫校で、一昨年から、こんな風に一緒にいるようになった。
でも、今年からそこにゆうなが加わった。
なんだかんだ、でみんなはゆうなのことを優先した。
それが少し寂しかったのだ。
だから今日は改めて、みんなの大切さを知ったよ。
「感謝してるんだよ、俺達が一緒にいれるのは、ゆながこいつら集めてくれたおかげ、だから。ありがとう」
裕が照れたように言うと、みんなが笑った。
そして、誰からとでもなく、私に抱き付いてきた。
こいつら、私のこと一ミリも女として見ていないからこその行いなのだろう。
でも、恋愛感情を持ち込んだら、男女間の友情なんて成立しないんだから、当たり前か。
みんなにもみくちゃにされながら、私は幸せを感じていた。
「逆ハーレムを作りたいのよ」
一人蚊帳の外だった、美少女は言った。
「今のままでも十分逆ハーレムなんだけどね、」
彼女はシュークリームは一口食べて、またつぶやいた。
「逆ハーレムは、一人の女の子がたくさんのイケメンを囲うんでしょ?一人の女の子が…」
シュークリームをまた一口かじる。
「ヒロインは、私だよ。ヒロインは二人もいらないんだよ」
綺麗な唇が、歪につり上がった。
これは、いつか連載にしたいと思いました、書いてて笑
楽しかったです。
最後まで読んで下さった方ありがとうございました。