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9.転機

「え……と。姉…さん。

 僕がやってもあの人は死ぬ事になりそうですが、それでも良いですか?」


 ぶっきらぼうに言うリオンに、アリシアがにこやかに答える。


「ええ。かまわないわよ?

 子供のあなたに負けるような男、生きてる価値も無いもの」


 ちょ……何勝手なこと言ってるんだッ!!


 椅子から立ち上がりかけた俺に、アリシアはニコッと笑いながら手で制した。

 どうやら何か考えがあるらしい。


「でもリオン、食堂で剣を振り回すのは無粋だし、……アレは使わないでね。

 そのぐらいのハンデ、あなたにはなんでもないでしょ?」


 そう言いながら、今度はリオンに目配せする。

 ちなみに『アレ』とは魔剣の事だ。

 

 なるほど。素手での喧嘩なら、命には別状無いか。


 そして魔剣。

 俺もアリシアほど詳しくないのだが……今の時代、諸々の理由で戦闘的魔道士はほとんど居ない。

 魔剣職人も『匠』と呼ばれるほどの人は、皆無になってしまった。


 そのため、秀逸な古代魔剣や魔道具は目の玉が300メルトル飛び出すほどのプレミアが付いているらしい。

 

 そしてリオンの所持する魔剣は、目玉が1キイロメルトル飛び出してもおかしくないぐらいの値段がするだろうとの事だった。


 特にここ10年は魔剣の値段が高騰していて、うっかりに人に見られようものなら死ぬまでヤバイ人に付け狙われるという、恐ろしい事態になっているらしい。


 魔剣商人のバックにはどこかのタチの悪い組織でもついているらしく、どんな方法で手に入れたモノであろうと超高額で買い取ってくれるという話だ。

 おかげで魔剣強盗が跋扈し、世界各地から魔剣が奪われていっている。


 ……それはまあともかく、アリシアに子供をあてがわれた事に驚いたのか、リオンを見つめたまま呆然としていた男がハッと我に返って怒り始めた。


「くそ。舐めるなッ!!」


 そう言って男はリオンに殴りかかった。


 大人げない。

 超・大人げない。


 リオンの反射速度から言って、素人臭いあの男に殴られるなんてことはないと思うが、やはりハラハラ……してしまう間も無く、決着は付いた。


 リオンはひょいと身を沈めて男の拳をかわした。

 勢い余って体勢を崩す男に、今度は低い位置から足を払う。

 男が派手に転び、振り向いた時にはもう、喉元にリオンの皿にあったナイフが突きつけられていた。


 予想は出来たが、魔剣が無くともリオンは鬼のような強さだった。


「……では、死んで下さい」

 

 リオンが無表情で呟く。

 

 このままでは男の命はないだろう。

 剣無しでも、ここまでの事態になるのか。

 止めなくては……。


「待って!!」


 アリシアが、俺が叫ぶより早くリオンを止めた。


「まあ、殺しちゃってもいいんだけど、私たちこの町の中、不案内なの。

 だからこの町の実力者のところに連れて行ってくれないかしら?

 出来たら『ガルーダ』という組織に入りたいの。

 ここはガルーダ領域だから、あなただって知っているでしょ?」


 男はしばらくためらっていたが、今にも首をかき切りそうなリオンの冷たいナイフの刃先にごくりと喉を鳴らした。


「……わかった。『ガルーダ』ならツテがある。それにあんたらぐらい強ければ、あそこのボスも喜んで迎えるさ。ついてきな?」


「やだ」


 男がへ? と目を丸くした。


「まだご飯食べ終わってないもの。

 私に誘いをかけたのだから、当然ここの食事も彼氏と弟たちの分も込みでおごって下さるわよねぇぇぇえ?」


 にっこりと微笑むアリシアに、男がコクコクと首を縦に振った。


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