6.転機
どくんと心臓の音が響く。
とうとうバレてしまったのだろうか?
しかし男たちの視線は俺にではなく、リオンに向かっていた。
「金髪に金眼、おまけにすげぇ美形……条件にピッタリだ。
でも惜しいな、どう見ても13才には見えねえし、少年にも見えねえなぁ……」
男は舌打ちをした。
リオンは「アレ」って顔をしてたけど、手は出さなかった。
ほっ……。良かった。
相変わらずリオンは誰の目にも『女の子』に見えてるようだが、俺たちに対する疑いは晴れたようだ。
「じゃあ、そっちの兄貴の方を金髪に染めて、王子として奴隷商人に売るってのはどうだ?
瞳の色は金だし、とんでもねぇ美形だし。
こっちはたとえ違ったって13才で通るだろう。
売りさばいた後は、金持ってもっとマシな所に逃げりゃいい。
あとの二人も王族か貴族ってことにして売ればガッポリだ!
何、喉を潰しときゃすぐにはバレねえよ?」
男たちはとんでもない事を言い出し、もう金を手に入れたかのようにゲラゲラと笑い出した。
悔しい。
奴隷として捕まった時の悲しみと屈辱を思い出し、一瞬殺意が走る。
……でも、我慢だ。
宿のおばさんの時、それで失敗した。
生まれながらの悪党なんて何処にも居はしない。
どんな奴であろうと殺してはいけない。
後で悔やんだところで、命ばかりはもう、取り返しはつかないのだ。
しかし、男たちの口から今は亡き故国エルシオンの事が出た事に動揺し、手がカタカタと震えてしまう。
普段はあえて考えないようにしていたが、俺はあの国を滅ぼしてしまった張本人。
そしてあの国の王子でもあるのだ。
黙ってうつむいていたら、男たちはますます調子に乗って喋り始めた。
「そうだ、エルシオンの王妃ってすっげー美人だったって聞いたけど、塔から飛び降りて無残な姿になったんだって?
もったいないよなァ。生きていたら俺たちが可愛がってやったのに」
「いいねぇ。絶世の美女の奴隷王妃!」
男がそう嗤った瞬間、頭が真っ白になった。
気がつくと、目の前の男が血を流して倒れていた。
最初はあざけるように見ていた、他の男たちの顔色が変わる。
向かってくる男たちを反射的に切り伏せ、数秒後には全ての男たちが血まみれになって息絶えた。
「あら~? 思った以上の腕ねぇ♪」
少し後ろに下がっていたアリシアが、その場にそぐわない明るさではしゃいでいる。
事はすぐに終わった。
俺はまた人を殺してしまった。
いつから俺は、こんなに簡単に人を殺せるようになってしまったのだろう?
魔道士アースラ。あの亡霊は俺に不死の呪いをかけた。
魔獣ヴァティール。あいつは呪いのかかった俺を見て言った。
アースラのかけた『不死の呪い』によって、俺たちは狂うことすら許されずに生かされ続けられるだろうと。
しかし俺はもう、狂ってしまっているのかもしれない。
人を殺すことが『いけないこと』だと頭ではわかるのに、目の前の死体を見ても、悲しくもなんともない。
ただ一線を踏み越えてなお、こうして平気で生きていられる自分が哀れに思えて仕方がないだけだ。
リオンの事をとやかく言う資格なんて、そもそも俺にありはしなかった。
自分の気持ちさえままならない、人殺しの俺。
なのに高みに立ってリオンをコントロールなんて……出来る訳がなかったのだ。
うなだれる俺に向かってアリシアは、
「こういう奴が隠してるお金の場所なんか、ワンパターンだからすぐわかるのよねっ♪」
なんて言いながら、ご機嫌で食事処のレジや戸棚を物色し始めた。
鬼だ! 本物の鬼がここにいる!!
何だか、押し込み強盗にでもなったような複雑な気分だ。
元王子が押し込み強盗……俺は更に落ち込んだ。
「あら?」
大きな戸棚を開けたアリシアが、怪訝そうに呟く。