5.暗転
俺とリオンは夜の闇に紛れて歩き、元居た安宿にたどり着いた。
町の中心から少し外れたところにある奴隷収監所は、今頃火の海だろう。
宿の裏口の鍵を魔剣で壊し、そっと忍び入る。
従業員は、夜間すべて帰っているし、泊り客も普通は寝入っている。
建物の構造はこの2週間で知り尽くしているから、上手くやれば誰も気づきはしない。
気配を消してそっと女主人ミランダの部屋の前に行き、所々ゆがんだ木のドアに耳を押し当て、中の様子を探る。
ちゃりんという音が響き、小さな押し殺したような笑い声が聞こえた。
「ふふ……金貨がとうとう45枚貯まったよ。ああ、嬉しいねえ……」
陶酔したような声だった。
「……リオン。あのお金は子供たちを売って手に入れたお金だ。あんな女の手元に有っていいものじゃない」
俺は小声で弟に言った。
「はい。僕もそう思います。それに兄様を売り飛ばすなんて、生きてる資格さえありません」
無表情でそう吐く弟に、安堵する。
一度はリオンを取られたかのように感じていたほど、あの女に懐いていたのだから。
「何だ。お前もそう思うのか? じゃあ決まったな。
書類は焼いたが、俺とお前の顔を見ているあの女は絶対に生かしてはおけない。
それにあいつはこれからだって、親の無い子供を騙して売り飛ばすだろう。
ここで始末しておかないと……」
リオンが俺の言葉にうなずく。
俺たちがこれからやろうとしているのは法律にのっとった刑ではなく、私刑だ。
それはよくわかっている。
でも強いものが弱いものを虐げる事がこの国の真理というのなら、俺だってこの国流にやるまでだ。
あの悪魔のような女主人は俺たちより弱いのだから、自らが選んだそのルールに従い、俺たちに裁かれて死んでいけばよいのだ。
ドアを開けて踏み込むと、俺たちを騙した女は目を見開いた。
「あ……あんたたち何で……」
ミランダは呻くように呟いた。
「何で? ここにずっといればいいと言ってくれたのはおばさんでしたよね。
ここに居たら何か不都合でもあるのですか?」
俺はミランダを見据え、口の端で嗤った。
「ああ、おばさん。心配はいりませんよ。ここは合わないので俺たちは出て行くことにしました。
その前に忘れ物が二つあったのを思い出して、取りに戻ってきたのです」
言葉は穏やかだが長剣を掲げ、看守を殺した時の返り血をつけたままの俺たちにミランダは怯えの色を見せた。
「忘れものだったら勝手に持って行くといいさ!!
荷物も服もあのまま屋根裏部屋に置いてある。だから…………」
「残念だけど忘れ物はそれじゃあないんです。一つは子供たちを売った代価。もう一つはあんたの命」
そう言うとおばさんはヒィと、小さく叫んだ。
「や、やめておくれ、このお金だけは!! せっかくここまで貯めたんだッ!!」
見苦しく金壷を抱えるミランダおばさんを俺は切り殺した。
硬く握り締めた指を古びた金壷から引きはがし、中身を取り出すとポケットに分けて収めた。
これだけあれば、当分暮らしには困らない。死んだ悪党にお金なんか必要ない。
俺たちが有効に使ったほうが、余程マシというものだ。
その時、宿のドアをノックする音が聞こえた。
こんな夜中にいったい誰が?
あまりドアを叩かれて、ほかの客たちが起きだすとマズイ。
ミランダの部屋から流れ出している血を見られないよう、側にあったケープを床に投げてから外に出てみる。
そこには、両手に金属の戒めをつけられた美しい女性が人買いらしき男と立っていた。