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5.シリウスという国

 リオンがおばさんにどんどん懐いていく様子に悶々としながら、また1週間が過ぎた。


 ……ひょっとしたらリオンは、俺じゃなくても『自分に優しくしてくれる人』なら誰でもいいのかもしれない。

 里にいた頃だって、リオンに優しくしてくれる人たちにはそれなりに懐いていたじゃないか。


 花屋のお姉さんに、肉屋や雑貨店のおばさん。優しげな女性には特に懐いていたように思う。それはリオンに『母』という人が存在していなかったせいかもしれない。


 きっとその欠落を埋めるように、母性を感じさせる女性を求めてしまうのだろう。


 当時はそれを微笑ましく見ていた。

 でも、俺はもう気がついてしまった。


 俺の全てを知ってもそばにいてくれるのは、どこを探しても、もう『リオンだけ』なのだと。


 おばさんの存在が急に疎ましく思えた。

 この人がいたら、いずれ俺はリオンを取られるかもしれない。


 俺はエルシオンの王子。こんな近くの国にいつまでも居たら、いつかアレス帝国に見つかってしまうだろう。


 でもリオンは国民にも、アレス帝国にも存在を知られていない。


 顔だって、父方に似た俺とは違い、おそらくは母親似。

 こんなふうに裏方としてこそこそ働かなくたって、おばさんの養子となって、堂々と表で働いても大丈夫なのだ。


 そう、今はまだそのことに本人は気づいてはいない。

 けれど、リオンだっていずれ気が付く。


 リオンにだけは『ここに残っておばさんと暮らす』という選択が許されている事を。


 おばさんには昔、子供がいたようだ。

 そのせいか、子供の扱いがとても上手い。


 まるで本当の母親のような顔をして、母のいなかったリオンの心を俺以上に捉えてしまうかもしれない。


 そうしたら、俺は一人で出ていかなくてはならなくなる。

 最後の身内すら失って、一人ぼっちになってしまうだろう。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、リオンが話すのは今日もおばさんの事ばかり。


「あのね、兄様。おばさんがね、宿の『はんぼうき』が過ぎたら皆で『ぴくにっく』に行こうっておっしゃっていました。

『ぴくにっく』って何なのでしょう?

 でもおばさんが楽しそうに話していたから、きっと楽しい事なのでしょうね?」


 幸せそうな顔で話しかけてくるリオンの顔を見ていられなくて、目を伏せた。


 そのとき、不意にノックの音が聞こえた。


「あたしだよ。開けておくれ」


 心臓がどくんと跳ねる。


 兄弟二人きりで過ごせるこの場所にまで、おばさんに入り込んできて欲しくない。


 それが正直な気持ちだった。


 でも、俺たちはおばさんにお世話になっている身だ。

 何とか笑顔をとりつくろってドアを開けた。


 おばさんは、手に2つの包を抱えていた。


「あんたたち、着替えが1着しかないって言ってたろ?

 ずっと気になっていたんだよ。

 さ、おばさんからのプレゼントだ。受け取っておくれ」


 おばさんが包を俺たちに差し出した。


 確かに俺達は着替えを一着しか持っておらず、雨が続くとずっと同じ服を着なければならない。

 その服だって過酷な逃亡生活により、すっかりみすぼらしくなっている。


 おばさんはそれを可哀想に思ってくれたのかもしれない。


 養子になるのは断ったのに……。

 働かせてくれただけでありがたいのに……。


 こういう人も他国にいるのかと思ったら、胸が熱くなった。

 リオンを取られたように感じてモヤモヤしていた自分が恥ずかしい。

 たとえ『善の結界』がなくとも、人はこのように善良でいることが出来るのだ。


 いつか俺たちの素性を話す日が来たとしても、きっと、このおばさんならわかってくれる。素直にそう思えた。


「ああ、子供が遠慮なんかするんじゃないよ。お給金も無いのに良く働いてくれたからね。

 おばさんからの、ほんの気持ちだよ」


 手渡された新品の服は、高級とまではいかないが、手触りの良い中々の質のものだった。


 もしかしたら、ひと目で安物とわかるおばさんの服より高価なんじゃないだろうか……?


 無理をしてまで買ってくれたのがわかったので心苦しかったけど、言われるままに着替えると、おばさんはとても喜んでくれた。


「ああ、思ったとおりよく似合うね!

 ここに来た当事は二人とも痩せこけてて可哀想だったけど、もうすっかり健康そうだ。

 兄ちゃんの方は、痣も取れて男前になったじゃないか」


 目を細め、おばさんが嬉しそうに笑う。


 顔立ちも体型も全く似ていないのに、思わず母を思い出して目元が潤む。


「おばさんが、おいしい料理を俺とリオンに食べさせてくれたからです。

 本当にありがとうございました!!」


 頭を下げてお礼を言うと、おばさんは「いいんだよ」と優しく笑い、良い匂いのする焼き菓子を一つずつ、俺とリオンに握らせてくれた。


 こんなに幸せな気持ちになったのは久しぶりだった。

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