7.エドガー
「……兄様に害なそうとする者たちのために、そこまでなさる気持ちが僕にはわかりませんが、僕にとって大切なのは兄様だけです。
貧しさなど恐れはしません。
砂金を渡す事で兄様のお気が済まれるのなら、おおせの通りに致します。
すぐに戻りますから、ここで待っていてくださいね」
リオンは渡された砂金を持って元来た夜道を駆けていった。
俺はたいまつをかかげ、その姿が見えなくなるまで見送った。
程なくしてリオンが戻ってきた。
手には、焚き火の側に置きっぱなしにしていた俺たちの荷物があった。
ああ、荷物の存在さえすっかり忘れていた。
世にも賢い王子だと言われていたのに、そんな事にすら気がつかなかったことに愕然とした。
荷の中にはリオンが大切にしていた、あのぬいぐるみも入っていたというのに。
「砂金は確かに渡してきました。とても感謝していましたよ。
でもあの人たちだって、いつエドガーさんのように豹変するともしれません。
さあ、早く行きましょう。夜が明けてしまいます」
リオンは俺の手を取ると、深い闇に向かって歩き始めた。
2時間ほど歩いたろうか。
空に薄明かりが差してきた。
どんな時でもやはり、夜明けはほっとするものだ。
今頃逃げてきた民たちも起きてきて砂金を分け合い、出発の準備を整えているだろうか?
ふとリオンが足を止め、目を閉じた。
そして今来た道を振り返って、しばらく見つめた。
「どうした、リオン?」
俺の言葉に弟は、いつものように可愛らしく微笑んだ。
その笑顔にふと違和感を覚えたが、リオンはそのまま言葉を続けた。
「いえ、なんでも無いのです。それより先を急ぎましょう」
……?
何だったんだ、さっきの違和感は。
でも改めて見ると、リオンはいつも通りのリオンだ。
「……ではリオン、進むのはこちらだ。ほら、アルテナ山が見えるだろ?
その山麓を右手に見ながら進むと、わが国と交易があったシリウス王国に着く。
シリウス王国は小さいが交易が盛んで、多民族が混合して住んでいる比較的豊かな国だ。
治安はわが国に比べて良いとは言えないが、それでも豊かなだけ他国よりはずいぶんましなはず。
俺にだって、きっと働き口があるはずだ。
なあリオン。
そこで2人でやり直そう」
そう言うと、リオンが嬉しそうに笑った。
とても綺麗な笑顔だった。
「はい。僕も働きます。いろいろ教えてくださいね、兄様」
……ああ、俺にはもうリオンしかいない。
たとえリオンの中に魔物の狂気が潜んでいたとしても、俺のすべてを知っていてこうして寄り添ってくれるのは、この弟しかいない。
親も、妹も、国も、友も失った。
これ以上失えない。




