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4.エドガー

「俺たち、信じていたんだ。

 武道の誉れ高い王子が、きっと兵たちを率いてアレス帝国の奴らをやっつけてくれるって。

 でも、あんたは来なかった」


 エドガーが、俺を悲しそうに見つめる。


「どうして……。

 父さんはただの町の鍛冶屋だったけど、勇敢に戦って死んだ。

 母さんは弟をかばって殺された。

 俺は腕の立つ町の者たちと一緒に最後まで戦った。

 でも、弟や生き残った町の子供たちを人質にとられて投降した。

 殴られて、蹴り飛ばされて、靴で顔を踏みつけられて、鞭で打たれて奴隷に堕とされた。

 ここにいる生き残った民たちだって、程度の多少はあれ、俺と同じような目にあってきたやつらばかりだ。

 それなのに……」


 エドガーの瞳に、悔し涙が浮かぶ。


「どうして、もっと早く来てくれなかったんだ……!!」


 俺は、その問いに答える事が出来なかった。


 人目を忍ぶために選んだ家は、俗世とはあまり接触がなく、政治的な情報は何も入ってこなかった。


 リオンと畑を作り、自然を楽しんでいたあの間にも、わが国とアレス帝国との間には争いの火種が広がり、そしてとうとう取り返しのつかない事態にまでなってしまっていたのに。


「……なんだ。答えられないのかよ。何とか言ってくれよ。

 俺は信じていたんだ。町のみんなが『王子は腰抜けだ。戦が怖くて病気と偽って逃げたんだ』と言っても、俺は王子を信じていた。

 ここに来ないのは、絶対何かわけがあるからだって。なあ。わけがあるんだろ?

 信じるから……!!

 俺は信じるから、本当のことを言ってくれ!!」


 エドガーは俺の襟首を掴むと、悲壮な顔をしてそう言った。


「……わかった。でもここでは困る。誰に聞かれているかわからないからな。

 こちらへ……」


 俺は上着を脱いで小さくたたむと、ひざの上で眠っているリオンの頭をそっと持ち上げ、その下に差し入れた。

 そして、悪いとは思ったが、近くで眠っていた婦人を起こして火の番を代わってもらった。



 小さなたいまつを持って人気のない茂みまでエドガーを連れて行くと、俺はこれまでの事を包み隠さず話した。

 それを聞く、エドガーの顔色が見る見る間に変っていく。


「じゃあ、この事態はお前のせいじゃないか!!

 お前が結界を壊しさえしなかったら、アレス帝国はうちの領土にまではきっと攻め込めなかった。父さんも母さんも死ななかった!!

 町の人たちだって、弟だって、あんな目には……」


「……すまない……」


 うなだれる俺に、エドガーが掴みかかった。


「すまないだと!?

 俺たち国民は、次の王であるお前を信じていた!!

 次代もきっと立派に国を治めて、更に豊かなすばらしい国にしてくれるって!!

 確かにお前の弟は可愛いさ! お人形か天使みたいだもんな。

 でも王族のくせに、たった一人の子供と国のみんなを計りにかけて、こんな風に裏切るなんて!!

 ……畜生!! 畜生!! 畜生ー!!!!」


 エドガーは絶叫しながら俺を殴り続けた。

 手加減無しのその拳に俺が倒れても、馬乗りになって更に殴り続けた。


 このままでは殴り殺されるかもしれない……そう思ったが、抵抗する気にはなれなかった。


 馬乗りになったエドガーの瞳から、絶え間なく涙があふれている。

 その雫がポトポトと顔にかかる。

 俺を殺して気が済むなら、そうすればいい。


 俺が弟を可愛いと思ったように、エドガーだって口ではなんと言おうと弟が可愛かったはずだ。

 母を、父を愛していたはずだ。


 なのに俺のせいで。


 これはきっと、俺がしたことの報い。

 目をつぶり、あるがままを受け入れる。


 さあ、憎い裏切り者の王子を殺すがいい。


 覚悟を決めたその時、突然俺を殴る手が止まった。


「……僕の兄様に、何をなさってるんでしょうかねぇ」


 傍らから見下ろす形で、リオンが立っていた。

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