4.奴隷奪還
ヴァティールは、待っても待っても帰って来なかった。
そうだ……奴は力の9割以上を縛られたと言っていた。
でも、リオンの技量では、全てを魔縛しきれてはいないとも言っていたじゃないか。
契約があるので俺に危害は加えられないようだが、そもそもこの契約は、どこまで有効なのだろう?
主人を主人とも思わないあの口の利き方から考えても、俺の言うことを100%聞くというわけではなさそうだ。
この場所を提案したのは、奴の方だった。
もしかしたら、木々にまぎれて逃げたのでは……。
つう、と冷や汗が流れた。
ヴァティールは、始祖王の『最大の協力者』だった魔道士アースラをとても憎んでいる。
また、建国が成功して再び結界を敷くとなれば、奴は再びその身を捧げねばならない。
あの時はそこまで頭が回らなかったが、契約に縛られた身とはいえ、ヴァティールにとって『国を再び興す』なんて悪夢でしかないだろう。
俺はヴァティールを探すことにした。
相手は魔獣。
人間の俺が探し出せるとは思えなかったが、慎重に気配を絶ち、足音をさせぬよう気をつけながら、奴が消えたほうに向かって進んでいった。
意外なことに、奴はすぐ見つかった。
ヴァティールは、木にもたれかかるようにしてぼんやりと空を見上げている。
俺は気配を消したまま、そっと様子を伺った。
ヴァティールの赤い瞳には、涙が浮かんでいた。
いつもとは全く違う雰囲気。
奴の様子に俺は驚いた。
もしかして、リオンの意識が戻ったのか?
儚い雰囲気に、俺はそんな事を思った。
でも、すぐにそれは間違いだと思い直した。
奴の口から漏れてくる細い声は、王家を呪う言葉だった。
「憎い……憎い……憎い……。王家の奴らはみんな死ね……。どうしてワタシはこんな所にいるのだ。
ワタシは……あの子に会いたかっただけなのに……」
大きな赤い瞳から、幾すじもの涙が零れ落ちた。
リオンではないとわかっているのに、その姿はどうしようもなくリオンを思い出させた。