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4.呪い

 リオンが生きていることを知った俺は、ほんの少しだけど、落ち着いて考えるだけの冷静さを取り戻した。


 とりあえず里を調べて回ったが、息のあるものは誰一人いない。

 襲撃を生き延びたわずかな里人たちも、すべて逃げ出した後なのだろう。


 まず早急にしなければならないのは、アレス帝国に奴隷として連行される事となっているであろう我が国の民をを助け出すことだ。


 今の時代、敗国の民は大抵奴隷として遇される。


「なあヴァティール。お前『魔獣』なんだろう? 空とか飛べないのか?」


 そう聞くと、魔獣はムッとした。


「無茶を言うなッ!!

 魔力のほとんどを縛られた状態で、どうやって飛べというのだ!!

 ワタシに出来るのは少量の炎を操ったり、この体を使って戦ったりするぐらいだ。

 飛んで欲しけりゃ魔縛を解きやがれ!! 

 この、クソ餓鬼がッ!!」


 ……駄目か。

 この口の悪い短気な魔獣は、あまりアテになりそうに無い。

 空が飛べれば、奇襲にも情報集めにも便利なんだが。



 夜になり、疲れ果てて我が家に帰ると、魔獣は遠慮もせず、ずかずかと中に踏み込んだ。


「へえ。王子の住まいなのに、これはまたずいぶんしみったれているなァ?」


 入るなり、魔獣は暴言を吐いた。

 リオンは質素でも喜んでくれたのに、大違いだ。


 そりゃまぁ、城に比べれば格段に貧相だろうさ。

 けど、俺とリオンの思い出が詰まった住まいなのに、それはあんまりだろう。


 リオン……本当に可哀想な事をしてしまった。

 あんなに優しい弟なのに、俺はなんてことを…………。


 思い出して落ち込む俺に、魔獣は声をかけた。


「お茶!! この家は、客に茶も出てこないのかッ!?」


「そんなものは出てこないっ!!」


 疲れも忘れ、思わず怒鳴り返してしまう。


 本当は弟と飲むはずだった『とっておきのお茶』があったのだが、こんな奴に飲ませてたまるかっ!!


 だいたい客じゃないし。


「ふ~ん。粗茶でも我慢してやろうと思ってたのに、やっぱり嫌な奴だなァ。

 あのクソ偉そうなアースラにそっくりだ」


 言いながら奴は、キッチンに入っていく。


「あるじゃないか。粗茶だがこれでいい」


 手にしているのは棚の奥にあるはずの、とっておきのお茶。


 えっ!! 

 と思っている間に奴は水差しの冷たい水を魔力で沸かし、勝手に入れ始めた。


「ブレード地方の茶ならもっと質が良くなければならないのに、ワタシが眠っている間にずいぶん下がったなァ。匂いも悪い」


 パッケージを見ながらぶつぶつ文句を言う割に、奴はおかわりまでしている。

 しかも立ったまま。リオンなら、絶対ありえない。


「やめろ。行儀が悪い」


「うるさいな、糞ガキ。

 顔はシヴァ王に似ているのに、こうるさいところは糞アースラそっくりだッ!」


 魔獣は暴言を吐いたが、その後すこし困った顔をした。

 そしてカップを二つ持ってくる。


「座って飲めばいいのだろう?

 そんなことぐらいで泣くな。お前も飲め。慣れればこれも中々の味だ」


 知らぬ間に、涙が伝っていたらしい。

 それを袖で拭く。俺の行儀もあまり褒められたものではない。


「……いただきます」


 これじゃどっちが客かわからない。それにこのお茶は、リオンと飲もうと思っていたのに。

 何だか益々泣けてくる。


「さて、ワタシは何をすれば良いのかなァ?」


 さっきとは打って変わった優雅な手つきで、魔獣はお茶を飲んでいる。


 やりゃ出来るんだ……。

 なら、最初からすればいいのに。


「領民を……救いたい。

 お前が『伝説の魔獣』だというのなら、少しは何か出来るだろう?」


「ん~? どうかなァ?

 魔縛のせいで、ワタシは術を発動させることがほとんど出来ない。

 そしてオマエは『ワタシの力』を引き出すための訓練を全く受けていない。

 お湯を沸かす手伝いぐらいなら出来るが、『領民を救う』などは到底無理だな。

 ……とはいえ、魔縛さえ解ければワタシは強い。

 そのぐらいの事は、たやすくやってみせるのだがなァ?」


 そう言って魔獣は、俺を横目でチラリと見た。


 ……嘘をつけ。

 嫌々従っているだけのお前なら、魔縛が解けたとたん、即逃げるくせに。


「そうだ。とりあえず死体を片付ける手伝いぐらいは出来るかな?

 昼間チマチマやっていたけど、明日もやるつもりなのかァ?」


「当たり前だ」


 本当は全員埋めてやりたかったけれど、十人程で力尽きた。


 これから領民を助け出さねばならないし、それでなくても弟を失った衝撃・お世話になった里の人たちの死・城や両親、臣民たちのこと……それらが頭の中をぐるぐる回って、もう力が出なかった。


 いくら鍛えていたと言っても、13才の力なんてこんなものだ。


「このままじゃ蛆がわいて大変な事になる。いや、その前に獣に食い散らかされる。可哀想だろう?」


 少し前まで生きていた人たちの、哀れな様を考えてうなだれていたら、ヴァティールが言った。


「燃やしたほうが、早いんじゃないかァ?」


「出来るのか?」


「さすがにそれぐらいは簡単だ。では明日、里の人々の死体を焼いて回るとしよう」


 ヴァティールは、リオンの顔でうなずいた。


 そうか。良かった。そうしてもらえるなら、そのほうが良いだろう。

 地方は土葬が多いが、中央では元々火葬が一般的だ。


「……アレス兵も……火葬してやってくれ」


 俺はぽつりと付け足した。

 

「敵兵まで? そりゃまたとんだ甘ちゃんだなァ」


 奴はあきれたように言う。


「別にいいだろ。敵兵だって人間だ」


「まぁ……別によかろう。シヴァにもコッソリ頼まれたことがあるしな。

 ……後でアースラにばれて『見せしめにならない』って激怒されたがなァ」


「そんなことがあったのか」


「あったとも。アースラは本当に嫌な奴だった。でもシヴァは優しかった」


 懐かしむように言う魔獣の表情は意外と優しげで、そうしていると、リオンがそこにいるかのような錯覚におちいる。


「お、おい泣くな!! 泣くなってばッ!!」


 そう言われても、涙が止まらないのだから仕方が無い。




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