1.呪い★(完結後挿絵追加)
死の世界は、現実にとてもよく似ていた。
再び目を開けた俺は、まだ自分が死んだ場所に留まっていることを知った。
腕の中には事切れた弟。
死の瞬間と、何ら変わっていない。
ああそうか。確か『地魍霊』とか言ったっけ?
昇天できずに、その場所で苦しみながら縛られる霊魂の事を。
きっと俺は『それ』になってしまったのだ。
国を滅ぼし、弟を殺し……自分の責任さえ放棄して自刃した俺。
見送ってくれる人も、昇天を司る神官もここには居ず、罪深い俺の魂が天に召される日など、きっと来ない。
ただ、王子である俺が地魍霊になるなんて、数ヶ月前には思いもしなかった。
ため息をついていると、腕の中の弟がぱちりと赤い瞳を開いた。
「お前も地魍霊になってしまったのか。可哀相に」
ぎゅっと抱きしめると、その体は、まるで生きてるかのように温かい。
「離せ、人間」
突然、冷たい声がリオンの口から漏れた。そして俺の腕を払いのけると立ち上がった。
「……リオン?」
恐る恐る呼びかけると、リオンは不遜な口調で俺に怒鳴った。
「誰が地魍霊だ。失敬なッ!!!
我が名は『魔獣ヴァティール』 強く気高い上級魔族だッ!!」
「魔、獣……?」
わけもわからず、俺はその言葉を繰り返した。
「そうだ。大昔、腐れ魔道士のアースラに卑怯な手段で捕らえられ、以後300年、魔力を搾り取られてきた悲遇の魔獣が、このワタシだ。
本来なら、クロスⅧであるリオンとやらに魔縛されたまま受け継がれ支配されるはずだったが、仮の継承式しかしていないコイツに、私を縛りきる力など無い。
おまけに死んだ。
ワタシは自由だ。この体は綺麗な上、中々使い勝手がいいので貰っておく。
国も滅んだことだし、オマエにだって異存は無いだろう?
せっかく生き返ったのだ。今度は民の事など考えず、オマエの好きに生きていくがいい」
魔獣は、リオンの顔でニッと哂った。
最初はわけがわからなかった俺にも、やっと事情が飲み込めてきた。
まず、俺は死んだわけではないようだ。
大魔道士アースラは、俺に『永遠の生き地獄の中を這いずり回れ』と言っていた。
信じられないことだが、何らかの術をかけられて回復してしまったのだろう。
そして、魔獣を引き継いだリオンが死んでしまったことで、魔獣に対する封印は解けたらしい。
だから、今この体を動かしているのはリオンではなく、伝承にあった、あの凶悪な『魔獣』ということになる。
「待て!
……その体を持っていかないでくれ!! お願いだ!!」
去って行こうとするその体に俺は必死で取りすがった。
中身が魔獣に掏り替わったとはいえ、体はリオンなのだ。
「ふふん。300年間もワタシを王家のためにタダ働きさせておいて、その上こんなちっぽけな体さえよこさない気かァ?
人間というものは、信じられないごうつくばりだ」
魔獣ヴァティールは、益々俺をあざけった。
「それは謝る。俺の先祖がしたこととはいえ、申し訳なかった。
では……代わりに俺の体をやるから、リオンを返してくれ。せめて人間として死なせてやりたいんだ!!」
「……ほぉう。中々殊勝な奴だ。
ワタシに体を差し出せば、当然オマエの魂は無くなり、転生もできなくなる。
それでも良いのだな?」
魔獣は赤い瞳を眇めた。
「……もちろんだ。リオンの体を返してくれるなら、俺の命などいらない」
俺は、魔獣を真っ向から見つめ返した。
「ふん。人間にしては珍しい。
それによく見ると、オマエは始祖王シヴァに似ているなァ?
ワタシは糞ヤローのアースラは大っっっ嫌いだったが、シヴァは結構好きだったんだ。
そこまで言うのなら、オマエの望み通りにしてやろう。
さァ、その体をよこすがいい」