2.異変
俺は持っていた護身用の短剣を抜いた。
そして、老女に切りつけようとしていた兵士に、夢中で剣を振るった。
相手は長剣。
しかし怯みはしない。
俺は弟を守れる強い男となれるよう、毎日厳しい訓練を受けてきた。
大人が上段から体重をかけて振り下ろす剣圧は相当なものだが、短剣でも受け流せないわけではない。
バランスを崩させてから相手の利き手を蹴り上げて剣を弾き飛ばし、今度は俺の方から切りつけた。
別に命まで奪う必要は無い。利き手さえ使えないようにすれば良い。
俺の短剣は目論見どおり、男の腕に食い込んだ。
肉と腱の切れる、嫌な感触とともに血が飛び散る。
「ぐあああああ!!!」
敵兵が叫び声を上げた。
その声と感触に、思わず怯んだ。
王宮では毎日剣の稽古をしていた。
リオンに出会ってからは、益々稽古に熱を入れ、ついに『始祖王』の再来かと言われるようにまでなった。
しかし俺は、勇猛果敢だったという始祖王と違って、戦に出た事は無い。
人を傷つけた事も無い。
当たり前だ。その必要が無かったのだから。
他国では、王族や貴族が試し切りと称して、何の咎も無い奴隷を切り殺すことも稀ではないという。
だが、先進国であるエルシオン王国に、そんな野蛮な風習は無い。
痛みに叫び声を上げてうずくまる兵士に気を取られた隙に、後ろから別の兵士が襲い掛かってきた。
しまったと思ったが、もう避けられる距離ではない。そのはずだった。
……しかしその兵士は、剣を振り上げたまま動かなくなった。
兵士には首が無かった。
吹き上がる血飛沫の向こうに、魔剣エラジーを構えたリオンが居た。
凄惨な光景に口も利けずに固まっている間にも、リオンはエラジーを見事に使いこなし、いつか見たあのときのような迷いの無い動きで訓練の的を突くかのように、数秒で6人の兵士を殺してしまった。
それを見た他の兵士達が数十人、剣を振り上げリオンに迫る。
助けなきゃ……そう思うのに、体は凍りついたように動かない。
一方リオンはスッと背筋を伸ばし、冷たい冬の月のような輝きを瞳に宿らせ、構えを取った。
それからは、記憶が定かではない。
なぜこうなったのかも、わからない。
覚えているのは、血飛沫と断末魔の悲鳴。そして悪夢のような光景。
およそ人間とは思われぬような鋭い動きで、少女のような優しい容姿のリオンが、返り血で真っ赤に濡れながら敵を切り捨てていく。
それは、地獄に住むという魔物のようで、目を疑った。
最後の一人の心臓をいとも簡単に刺し貫いて、リオンは俺を振り返った。
両眼が、真っ赤に染まっていた。
まるで始祖王の友、『魔道士アースラ』が捕らえたという、例の『魔獣』の瞳のように。




