8.外の世界★
ほとぼりが冷めて、国境の警備が緩んだらすぐにここも後にして国外に行くつもりだった。
けれど弟と楽しく暮らすうちに、その気持ちは揺らいでいった。
里のみんなは、身分を隠している俺たちにもとても優しい。
それにここならば、豆粒のようにだけど城も見える。
生まれ育った愛する城や家族を完全に断ち切ることは、いくら今が幸せでも出来がたかった。
あの事件があるまでは、離れるなんて想像も出来ない、理想的な家族だったのだ。
1日の仕事を終えると、俺とリオンは庭に出て、城にかかる夕日をよく見に行った。
茜色の空に小さく浮かぶ城は、とても幻想的で美しい。
たとえ、豆粒ほどにしか見えなかったとしても。
「追っ手も来ないようだし、このままここで二人で暮らせたらいいんだけどな……」
ついつい、本音が零れ落ちる。
早めに国外に出なければ危ないのに、どうしても踏ん切りがつかない。
「僕もそう思っています。
でも、もし追っ手が来たら……その時は僕が兄様を守ります。
僕は、兄様を守るために生まれてきたのですから……」
「そんな事を言うなっ!」
突然怒鳴りつける形となってしまい、リオンは身をすくめた。
「ご、ごめん、驚かして。
でも、違うんだ。リオンは『幸せになるため』に生まれてきたんだよ?
それから、『守る』のは兄である俺の役目なんだから、お前が戦う必要はないんだ」
そう言うと、リオンは不思議そうに首を傾げた。
「でも、クロス神官の役目は『王』、それに次いで『民』の守護です。
僕の『王』は兄様ただ一人ですから、僕が命に代えてもお守りいたします。
今はまだ半人前ですけど、いずれ僕も20才になりますし、そうしたら始祖であるアースラ様の能力を全て受け継いで――」
「だから、お前はもうクロス神官じゃないんだって!!
俺も王子じゃなくて、お前の兄。
ただそれだけ」
一生懸命説明してみたが、リオンは不思議そうな顔をするばかりだった。
さすがに、
『クロス神官なんてこの世には必要ない。
感謝する人も、その存在を知ってる国民も、エルシオン王国には一人も居ない』
……なんて事実を突きつけたら、リオンが泣いちゃいそうなので言えないが。
リオンは閉じた世界に暮らし、師につまんない使命を言い聞かされて育ってきた。
これから普通の暮らしを続け、おいおい『普通の幸せ』についてわかっていけばいいのかも。
きっと、俺があせりすぎなのだ。
この地はとても平和だ。
クロス神官が、地下に篭って祈りを捧げなくとも。
陽は変わらず登り、そしてまた沈む。
人々は『善の結界』が無くなっても皆優しく、穏やかに日々を過ごしている。
リオンにも、そのうちわかるだろう。
クロス神官なんか、この世に必要ないのだということが。
どうして代々の王は、あんな悪習をかたくなに維持してきたのだろう?
考えても、考えても……わからない。