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王子と魔獣・if(外伝)3

 僕は言葉を続けた。

 知るのは恐ろしかったけど、知らなくてはならない。


 僕がした、非道な行いの結末を。


「アリシアさんは、あの後…………どうなったのですか?」


 初期の夢が現実なら、僕はアリシアさんを殺しているはずだ。

 あの時、お腹からかすかに聞こえていた小さな心音……後にあれは『赤ちゃん』だと思い当たったあの命も。


 彼女は色々な術を施されて育った僕とは違う。

 わずかな魔力はありそうだったが、基本、普通の人間だ。


 あの出血量では助かるわけがない。


 でも、助かっていて欲しい。

 アリシアさんも。お腹の子供も。


 祈るような気持ちで兄様を見つめる。


「彼女は……助かったよ。ヴァティールが助けた。

 そうして子供を生み、天寿を全うして幸せな生涯を閉じた。

 嘘だと思うなら、大都市に行ってブルボアの歴史書を調べてみるといいよ?」


 兄様の言葉にホッとする。


「お、おいっ! 大丈夫か!?」


 安心しすぎたみたい。

 放心したようにベッドに崩れた僕を兄様は抱きしめてくれた。


 二人とも、助かっていたんだ。


 良かった。

 本当に良かった。


 そんな風に心から思う自分が少し不思議だった。

 昔なら仕留め損ねた事が悔しくて、怒りに我を忘れていただろう。


 兄様は『僕だけのもの』でなくてはなくては許せなかったのだ。


 この村で目覚めて以来ずっと「あれはただの夢」と言い続けてくれていた兄様。

 僕は最初、それを信じていた。


 信じていなければ、生きていけなかった。

 正気を保てなかった。


 あの夢の中で、僕は最愛の兄様に殺され、捨てられたのだから。


 でも、この村に来てもう5年。

 本屋さんもないような田舎だけれど、人々は皆優しくて、僕はそれなりに人付き合いもしてきた。たくましくもなった。


 段々と兄様の言葉の矛盾にも気づき、夢で見た場面の解釈も変わってきた。


 まずアリシアさん。

 彼女は、たとえ兄様が「あげる」と言ったとしても、あのぬいぐるみを自分のモノにしたりはしない。


 あんな古いぬいぐるみをわざわざ欲しがる理由も無いし、むしろ彼女はいつも僕らに『くれたがる』人だった。


 僕はいつもこっそりと捨てていたけれど、誕生日のプレゼントを毎年持ってきてくれたのもあの人だった。

 話題のお菓子を楽しげに差し入れてくれたのも。


 昔は兄様の悪口ばかり言う嫌な人だと思っていた。

 でも今持ち合わせている常識に照らし合わせてみると、おかしいのはむしろ、僕と兄様のほうだ。


 彼女は悪口ではなく『事実』を言っていたのに過ぎない。

 それも、おそらくは僕たちの事をとても心配して。


 アリシアさんのお母さんの件だって、僕の考え方の方がおかしい。

 全ては僕の経験の浅さから来る、誤解に過ぎなかったのだ。


 あのぬいぐるみはきっと、僕の代わりに結婚式に連れて来ていただけなのだろう。

 彼女ならきっとそうする。


 そう思い当たったとき、夢はその内容を変えた。










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