葬送(ヴァティール視点外伝)8
そんな日々は、唐突に終わった。
エルはとうとう歩けなくなった。
もう、廟に来ることは出来ない。命の火が尽きていく様子がワタシにも見えるようだった。
「アリシア……行かないと……もう、会えなくなるから……」
うわごとを繰り返すエルに、親族も困り果てている。
そりゃそうだ。
アリシアの所に連れて行ってやりたい気持ちはあるのだろうが、息をするのも苦しそうな、しわくちゃの老人を連れて寒々とした廟になど行けはしない。
かといって、遺体を置いてある廟をぬくぬくと暖めるのも難しそうだ。
ワタシに治癒の力があれば、エルの願いをかなえてやることも出来たのだろう。 でも残念ながら、その力だけは持ち合わせていない。
そうしてエルが廟に来なくなって数日。
いよいよ最後の時が訪れようとしていた。
「アリシア……会いたい……最後に、一目……だけでも……」
どんだけ会いたいんだよ。
昔は喧嘩ばっかりしていたじゃないか。
それにな、お前には『不死の術』がかかっている。
死ねば若々しい体に戻れるのだ。
どうしてさっさとその老いた体を捨てないのだ。
ワタシは知っている。
ジジイになったオマエは、極端なほど健康に気を配っていた。
そんなにまでして、老いさらばえた不自由な体で生きていたいものなのだろうか?
それとも一時的にとはいえ、死の状態に至るのが恐ろしいのだろうか……。
ワタシにはさっぱりわからんよ。
「アリシア……、アリシア…………」
ああもう、うるさいな。
会わせてやれば良いのだろう?
何でワタシがこんなことをしてやらねばならぬのだ。
ワタシはアリシアの体に戻って氷結を解き、ゆっくりと棺から起き上がった。
そうして考える。
この廟は地下にあるが、エルの部屋は一階のすみ。
真上と言って良い位置だ。
きっとエルの強い望みでそこに住んでいるのだろう。
転移魔法は、耐魔性の高いリオンのときと違って、それなりにアリシアの体の負担にはなる。
でも、この距離なら流石に何とかなるはずだ。
起き上がったワタシは慎重に術を使いながら、エルの横たわる部屋の物陰に転移した。
いきなり目の前に転移したら、ビックリしてそのままあの世に行きそうだったからな。
部屋に居るエル以外の者を静かに眠らせ、室内を霧で満たす。
そうして夢のように思わせたまま、エルに向かって微笑みながら歩み寄る。
かつてアリシアが浮かべていた、その表情を模して。




